第11話 魔王城の地下でとんでもないものを見つけました②
それからわたしたちは、コンビニでお買い物をして帰りました。
久しぶりのコンビニにちょっとワクワクしたので、お菓子とかアイスとかいっぱい買っています。
わたしたちは現金を持っていなかったのですが、サカハギさんが「しんめつとう」というアイテムを店員さんに渡したら、無期限買い放題券をもらえました。
きっとすごいアイテムだったんだと思います。
しかもサカハギさんってばポイントカードを持っていて、レシートでポイントが増えているのを見て感動していました。
「期限、切れてなかった。向こうの世界では全然時間が経ってないみたいだ」
時間が経っていないとはどういうことでしょう?
たしかサカハギさんは何千年も異世界を巡っているという話だったはずです。
ひょっとしたら嘘だったんでしょうか。
ああ、いけない、ルール3。疑っちゃダメなんでした。
きっとポイントカードを大切に保管していて、わたしには理解できないなんやかんやがあって、なぜか使えたのでしょう。そうに違いないです。
「地図はまた今度探そう。転移ポイント作ったから、結界の外にすぐ出られるしな」
そういうサカハギさんが買ったものは、フライドチキンと調整豆乳だけでした。
その二種類だけを、大量に買い込んだのです。
お店の在庫と材料まで全部買い占めるつもりだったみたいですが、店員のおじさんが説得して止めました。
店員のおじさん……実は店長だった田中次郎さんが、また明日くればいいですよと言うとサカハギさんは何度も頷いて、また握手していました。
どんな人の言うことも聞かないサカハギさんですが、田中さんの言うことだけは素直に聞くようです。
帰ってからは、もっとびっくりしました。
「うめぇ……うめぇよ、フェアチキ」
サカハギさんが涙声でフライドチキンをむさぼるように食べています。
コンビニのフライドチキンは確かにおいしいと思いますが、泣くほど感動する人は初めて見ました。
サカハギさんにこんなかわいらしい一面があったことに驚きです。
他のお嫁さんが見たことないであろう姿を、わたしだけが見られたことにもちょっぴり優越感。
「そうなんだ~。わたしもちょっと食べていい?」
今思えば、かなり迂闊な行動でした。
大人しいサカハギさんを見て、わたしはすっかり気が緩んでいたのです。
「…………あぁん?」
サカハギさんの目を見ました。
そのときサカハギさんはとてもおそろしい、人間ではない何かでした。
死んだ……殺される……それどころか魂まで微塵に砕かれる。
そう思い、自分はなんてバカなことをしたんだろうと後悔しました。
「ご、ごめんなさい。おねがい、ゆるして」
それが言えただけでも奇跡です。
体が震えて、涙が流れて、声が枯れて、血の気が引いて、周囲が自分の作ったプラズマで明滅して。
実を言うと、ちょっぴり漏らしてもいました。
「あ、悪ぃ……つい。ほら、やるよ。いっぱいあるしな」
いつの間にか目の前に、優しい、人間のサカハギさんが戻っていました。
そのときはわけもわからず、素直にチキンと豆乳の紙パックを受け取ってしまいましたが、その後の記憶がぽっかり抜けています。
気が付いたら夜、宿の天井が見えました。
もちろんチキンの味とかも、ぜんぜん覚えていません。
この日、わたしは誓いを立てました。
絶対にサカハギさんを怒らせない。
絶対にサカハギさんのフライドチキンをねだったりしない。
そのふたつを、魂の奥底にまで刻み込みました。
それからしばらく、コンビニ通いが続きました。
わたしも一緒に行きましたが、ときどきサカハギさんがひとりで行くこともありました。
この頃になるとサカハギさんのコンビニ愛も充分に把握したので、わたしも目くじらを立てたりしません。
サカハギさんが毎日上機嫌だし、わたしもいっぱいなでなでしてもらえるので嬉しいです。
あの恐ろしい体験は不思議とすぐに忘れてサカハギさんに甘えたりできましたが、誓いだけは固く守り通していました。
この異世界でのノウハウもわかり、宿屋暮らしも慣れて、いつしかコンビニのある異世界生活が当たり前になっていました。
そうやって、おおよそ一ヶ月が過ぎた頃でしょうか。
「あ、地図ってこれじゃ……」
誓約について、サカハギさんは全然必死になっていませんでした。
それどころか、この異世界で暮らすとまで言い始めていて。
それでも、わたしはひとりで地下を調べ続けて……ついに地図を見つけてしまいました。
「どうしよう」
これだけ広いのだから、どうせ見つかりっこないだろうと、正直タカを括っている部分もありました。
あるいは地図なんてないんじゃないかと笑っていたとき、ふと足元を見たら石板が転がっていたのです。
トレジャーハンターさんが言っていたデザインに酷似していたので、間違いないと思いました。
サカハギさんを召喚したトレジャーハンターさんは、この地図を待っています。
お嫁さんとしての正解がサカハギさんに相談することなのは間違いありません。
ルール2にあるように、誓約を果たすためならサカハギさんは何でもやります。
しかし、今のサカハギさんはどうなのでしょう?
この頃のわたしは薄々勘付いていたのですが。
サカハギさんが何千年も旅を続け、ときに諦めそうになりながらも元の世界へ帰ろうとしていた理由。
それって……フェアリーマートだったんじゃないでしょうか?
もっと言うと、フェアリーチキンのためだったんじゃないでしょうか?
自分でもわけのわからないことを言っている自覚はあります。
でも、今のサカハギさんを見る限りそうだとしか思えないのです。
サカハギさんが初めてコンビニに入ったとき、「帰ってきた」と言っていました。
そして未だにフェアリーチキンと豆乳以外の商品を買っている姿を見たことがありません。
きっと、あの組み合わせが大好物だったのでしょう。
すべてを駆逐し、逆らうものや気に入らないものを問答無用で薙ぎ払える力を持っているサカハギさんが、何千年旅しても手に入れられなかったもの。
それがフェアリーチキンだったとすれば、私に向けた怒りにも辻褄が合うのです。
「ダメだ。絶対サカハギさんにこれを見つけさせちゃいけない」
今のサカハギさんがこの石板を見つけたら、絶対に破壊して、地図を亡きものにするでしょう。
あの人はフェアリーチキンと豆乳のためなら世界を滅ぼすどころか、神様だって殺すはず。
こうしてわたしは一旦、地図をそっとしておくことにしたのです……。
そうやって少しでも時間を稼ごうと思っていたのですが。
その日の来店で、田中さんがすごく言いづらそうに口を開きました。
「ご愛顧いただいて大変嬉しいんですが……実は私も異世界トリッパーでして。ここでの出店は今日までなんですよ」
なんということでしょう。思いもしなかった展開です。
「嘘でしょう、田中さん! 嘘だって言ってください!」
当然、サカハギさんがこの世の終わりのような叫びをあげます。
「いやぁ……申し訳ない。せっかく常連さんになってもらったのに」
田中さんは語ってくれました。
雇われ店長としてフェアリーマートで働いていたある日、いきなり異世界へ召喚されたそうです。
しかもフェアリーマートごと。
最初のうちは困惑していたけれど、何故か商品が異空間から届くことに気づき、暮らしていくために異世界で営業を始めることにしたとのこと。
結界と非暴力領域のチートを備えていた店舗のおかげでモンスター溢れる異世界でも普通に営業ができたんですって。
チート能力って人間だけじゃなくて、お店や物に宿ることもあるんですね。
不思議!
「だったら……だったら俺をここで雇ってください! アルバイトで!」
「うーん、申し訳ないけど現地で雇ったアルバイトさんとかは、私と店舗の転移には付いてこられないようなんですよ」
がっくりと項垂れるサカハギさん。
田中さんがやさしく、その肩を叩きます。
「あなた方はここの世界で唯一のお客さんでした。きっと私がここに呼ばれ、あなた方が来たことにも意味があるのでしょう」
さらに田中さんは、包み込むようにサカハギさんを抱きしめました。
フェアリーマートの緑のエプロンが、サカハギさんの涙と鼻水で汚れましたが、優しい田中さんは気にしません。
「私とお店が異世界に呼ばれるのは、きっと誰かが必要としてくれるからだと思っています。あなたと同じようにね」
田中さんの言葉に、サカハギさんがハッと顔を上げました。
リピーターになっていたサカハギさんは誓約についても話していたのでしょう。
「さあ、今日はお店の商品を全部持って行ってください。お代は初日にすごいものを頂いていますからね」
「田中さん……俺は、俺は……」
サカハギさんが立ち上がり、くわっと目を見開きました。
「俺は絶対、この店に戻ってきますよ!」
とても澄んだ瞳でした。
普段の汚れ濁ったサカハギさんの瞳とは比べ物になりません。
きょとんとしていた田中さんも、笑顔で頷きます。
「ええ。そのときはまた、ご愛顧のほどを」
なんだかなーと思いつつも、わたしはその光景を眺めていました。
なにしろわたしは異世界を旅するようになって、そんなに経ってはいないのです。
わたしももっと長く異世界を旅したら、サカハギさんみたくコンビニが恋しくなったりするのでしょうか?
それから買い物を済ませて退店すると、それを待っていたかのようにフェアリーマートは消えてしまいました。
それを見てもサカハギさんは何も言いませんでした。
逆にわたしには、今すぐ言わなければならないことがあります。
「そういえば、さっき地図見つけたよ」
「おう、そうか。じゃあ荷物と一緒に持って帰るぞ」
「うん」
すごく、さっぱりとしたやり取りでした。
あんなに悩んだのは何だったのでしょう。
ため息を吐くと同時に、心のどこかでコンビニが消えたことに安心している自分を見つけました。
もしあのコンビニがずっとこの世界で営業していたら、わたしはどうすればよかったのでしょう。
何が一番、サカハギさんのためになったのでしょうか。
いくら考えても、答えは出ませんでした。
そのあとのことを、ちょっとだけ。
トレジャーハンターさんに地図を渡し、わたしたちは新しい異世界へと召喚されました。
誓約の確認を終えてすぐに、サカハギさんはアイテムボックスから緑のエプロンを取り出します。
フェアリーマートのエプロンです。ですが、よく見ると細かい意匠が田中さんのものと違っており、気合いの入った自作であることが
「イツナ。俺は異世界に召喚されてからずっと、研究してたことがある」
「研究?」
「フェアリーチキンのレシピだ」
もはや言葉もありません。
ただ帰る努力を続けるだけではなく、自力で味を再現しようとしていたというのです。
その執念には戦慄せざるを得ませんが、同時に納得もしました。
「代わりにドラゴンの肉を使ったり、ロック鳥を調理したり……肉は割と近いモノができたんだけど。でも、どうしてもスパイスの調合だけはうまくいかなかったんだ」
スパイス、調味料だけはどうしても同じものを手に入れることができなかったと、サカハギさんは歯噛みします。
「田中さんも雇われ店長で社外機密だから知らないんだそうだ……だけど俺はオリジナルサンプルを手に入れた! 調理機材も予備の奴を借りて『クラフトチート』で再現できた!!」
うわあー、とドン引きしつつも、できるオンナのイツナは笑顔を作ります。
「これだけあれば、しばらくは自分で作って食べられるね」
するとサカハギさんは不思議そうな顔をしました。
「何言ってるんだ。全部研究用だから、食べる分なんてあるわけないだろう!」
おおっと、これは下手に口出ししないほうがいい気がします。
もう誰にもサカハギさんを止めることはできません。
ああ、今のわたしはうまく笑顔を作れているでしょうか。
「ああ、そうだ! 時間を巻き戻して鶏の原型を再生すれば、遺伝子解析してクローン鶏を量産できるかもしれん! スパイスも鑑定眼で成分分析さえできれば……クククククク!」
何かとてもおそろしいことを考えている気がしますが、わたしも命は惜しいので黙っています。
とにかくフェアリーチキンを再現する過程で、異世界や神様が滅ぼされたりしないことを、切に願うばかりです。
ああ、田中さん……イツナにもフェアチキください。できれば作り方といっしょに。
そしたらわたしが、サカハギさんのためにチキンを作ってあげられるのにな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます