旅の青年 2

 白海と海の共通点は、共に船で航行できる事だ。そして、砂漠との共通点は、砂丘が多く、水平線がみえない所だ。

 一見、同じ地表に見えても、徒歩で歩けるような硬い所と、歩けるが雪道のように歩き辛い柔らかい所、船でなければ進めない流砂のような所の、三つの地質に分かれている。

 地質の硬さの違いは、本物の砂が混じっているかどうかによるという。

 砂丘になっている所は、内側に本物の砂が多く堆積し、やや赤みをおびている。


 目では流れる景色を物珍しく眺め、耳では酔っ払いの言葉を聞き流していた青年は、ふと妙なものに気がついた。

 白海の丘の向こう側。まるで船と並走するように、何かの陰が見え隠れしている。


「お、砂の連中だ」


 男も気づいたのか、陰に向かって手を振った。

 陰の方で砂煙が立ち上がり、妙なものが出ててきた。船と同じ速度で並走するそれは、一瞬、馬のように見えた。が、よく見れば、全く似ても似つかない生き物である事は明白だ。

 イグアナに似た頭。鎌首を持ち上げる蛇のように長い首を進行方向に突き出している。その身体は馬体ばたいに似ているが、足の形も動きも爬虫類はちゅうるいそのものだ。

 水かきのある足をペタリペタリと砂の上に付きながら、まるで水面を駆けるかのように進んでいる。

 くらを置かれた背中には、砂避けの防護服と、ゴーグル付きの仮面を付けた人間が騎乗している。


 十二の支族がいるという、この白海で暮らす砂の民だ。

 こちらに気付いたトカゲ乗りは、手を振り返した。


「ありゃ、ドフィリー族だ。ほれ、あの足のはえートカゲ、あれがドフィリーって名の種類でな、それに乗ってるからドフィリー族だ。はは、奴らは乗りもんの名前で種族名作ってやがんだ」


 トカゲ乗りは次第に船との距離を詰めると、船首の方に向かって身振り手振りで合図した。


「おーい、案内人が来たぜ〜!」


 酔っ払い男も、船員に知らせる。

 帆柱の近くで働いていた船員が気づき、甲板から身を乗り出した。そして、砂の民の姿を認めると、


「船長!砂が来てますぜ!」


 船首の方に報告する。

 だが、船長から返ってきたのは、ほっとけという、つれないジェスチャーだけだった。


「お〜い!船長さん、いいのかい!?」


 酔っ払いの大きい声に、船首の方からも負けずに大声が返ってきた。


タコは上げてねえんだ!必要ねえ!」


 船長の言葉は、青年には意味が分からなかったが、酔っ払いには理解できたらしく、


「なんだ、押し売りかよ」


 き捨ててて、また甲板の上にあぐらをかきはじめた。そして、かたわらの青年が不思議がっている事に気付いた訳でもないのに、めんどうくさそうに説明を始めた。


「昔と違って砂の奴らも貪欲でな、タコ上げてねえ時でも、銭欲しさに勝手に道案内にきやがるんだ。……は?凧を知らねえって?ひもつないだ布切れを、空に上げるやつさ。そうそう、ガキが遊びでつかう奴な。白海じゃあ、砂の奴らに道案内頼む時に上げるのさ。凧の数や形で謝礼の額表してな」


 トカゲ乗りは、何か懸命に合図していたが、わざと無視されている事に気付くと、諦めて離れて行った。離れぎわは、何か慌てて逃げるようにも見えたが。

 酔っ払いは、もう一度水筒の中を確かめてから、リュクの中を探り出した。


「そういや、白海の連中も女王復権派と宰相派に分かれて争ってるんだとよ。通商が解禁されたお陰で、復権派の連中も、宰相の恩恵おんけい受けてんのにな。まあ、そのせいで、さっきみたいな貪欲どんよくな奴が増えちまったが」


 リュクの中から果実を二つばかり取り出すと、一つを青年に差し出した。


「兄ちゃんは、間違っても砂の争いに参加するんじゃねえぞ。白海の戦いじゃあ、砂トカゲなり、砂虫なり操れなきゃ、話にならねえからな。馬も、バルサルクが乗ってる怖え騎獣すら、ここじゃ走ることもできねえ」


 酔っ払いは笑いながら果実に皮ごとかじりついた。青年も、衣のすそで少しいてから、同じくかぶりつく。そして、何とも言えぬ渋い顔をした。

 また酔っ払いは笑った。


「白海特産、クジャ株の実だ。へへ、シラフにはキツイ味だろ。でもな、こんなもんでも、少し前まではご馳走ちそうだったんだ。砂のガキどもに投げたら、喜んで跳び付いたもんさ」


 無理に食べようとする青年に、捨ててもいいぜと告げた時、見張り台の船員が声を上げた。


「群だ!群が来たぞ〜!」


 ほどなくして、船尾の方から砂煙が上がった。


「兄ちゃん、屈みな!」


 酔っ払いの言葉に、青年は慌てて膝をついた。船尾に続いて、船縁の周囲からも砂煙が舞った。砂飛沫しぶきの音とともに、バタバタという、うるさい無数の音が船内に飛び込んできた。

 船縁の向こうで跳ね、誤って甲板に落下した幾匹かのそれは、板の上でもビチビチと跳ねていた。


 白海には、砂漠との違いがもう一つある。それは、船しか航行できない地表……純粋な砂をほとんどふくまず、代わりに湿気を蓄える地表には、魚類が住んでいるという点だ。

 ここではプルコと総称され、海魚や川魚とは形状が異なっていた。

 魚群の通り道と重なったのだろう。船の周りに無数の飛び跳ねるプルコたちの姿が見えた。


「兄ちゃん、その顔見ると、生きたプルコは初めてかい」


 酔っ払いは一匹のプルコを捕まえると、拳でコツコツとたたいてみせた。とても魚類とは思えない、甲殻類のような音がする。


「へえ、これが甲殻鎧の材料か」


 青年は感心した様子で、プルコを小突いた。手の指輪が外骨格に当たり、金属に似た音が響く。


「こいつはヒゲに毒があるから気をつけな。え、刺されたって?どれ、見せてみな。ああ、刺されてるのは俺の手か……」


 酔っ払いは、プルコを投げ捨てると、しびれだした手をプルプルと振りながら苦笑した。


「甲殻鎧に使えるのは、もっとでっけえ奴だ。こいつは身も少ねえが、料理屋に持ってって50エンプも出しゃ、酒のツマミぐらいにはならあ」


 また数匹のプルコが甲板に落ちた。


「はは、こいつは、景気がいいぜ。全部拾いや、いい小遣に……」


 刺された事に懲りずに、酔っ払いはまた手を伸ばした。と、砂飛沫が踊り、また数匹、また数匹、次々とプルコが落ちてきた。


「なんだ?」


 酔っ払の手が止まった。多すぎるプルコの数に怪訝けげんな表情を見せた。その刹那せつな、まるでひょうが降り注ぐかのごとく、プルコの群れが甲板を叩いた。


「なんだ、なんだ?!」


 あちこちから船客たちの叫び声が上がった。跳ね上がるプルコの群れは留まる事を知らず、甲板を打ち続けている。

 青年はプルコの雨に堪え兼ね、フードをかぶり直した。酔っ払いも手で顔を守ったが、


「やべえ……やべえ……」


 ブツブツとつぶやきだしたその赤ら顔は、青くなっていた。


「砂の奴は、これを知らせに来てたんだ……」


 震え出した声に、青年は聞き返した。


「どうしたんだ?魚群の通り道に入っただけじゃないのか?」


 すっかり酔いが覚めた男は、ブルブルとかぶりを振った。


「そうじゃねえ。こいつらは、追われてきたんだ」

「追われるって、何に?」


 船の警鐘がなった。けたたましい鐘の音に混じって、船員の大声が続く。


「中に隠れろ!」


 甲板の扉を開き、船員たちが客を慌てて誘導し始めた。

 男も、あたふたといずりながら、扉に向かったが、その背中を青年はつかみとめた。


「おい、どうしたんだ!?何が起きてるんだ!?」

「群れを追って、奴が来ちまったんだ!」

「奴って何が!?」


 青年の手を払いのけて、男は叫んだ。


「竜だ!」

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