蹂躙であった。
事情わからずに集められ、それでいきなり強盗をやれ、そう言われてはいそうですか、となれるものは、少なくともここにはいなかった。
そんな連中を前に、匕首の男は続ける。
「これから花嫁衣裳の代金を頂く! 相手には護衛が付いてるが心配いらねぇ! こっちは数集めてんだ! ここだけじゃねぇあっちこっちにお前らみたいなのがもうおっぱじめてる! 相手の数はこっちの三分の一もいねぇんんだ! それで手に入んのは千両箱だ! 報酬は一人一掴み! そんだけでも当分遊べるぜ!」
熱弁、けれども反応は鈍い。
「断りたいってんなら好きにしな。せいぜい臆病風に吹かれて元のみじめな暮らしに戻ればいいさ。そんでみっともなく哀れな人生を送るがいい。だがな、今ここで踏み出せば全部が変わる。例えヘマして取っ捕まっても、ぶっ殺されてもだ。俺は違うって言えるだぜ。腐り続けるお前らとは違う。俺は変わろうとしてもがいて戦った。戦って死んだんだってなぁ。それだけでもう、お前らはあいつらとは違うんだ」
怒鳴るではなく煽る、お世辞にも上手くはない口上に、けれどこの場に集められたもの達には刺さるものがある様子、熱くなっていった。
「さぁ野郎ども! 成り上がりたけりゃその竹槍を使え! その手を血に染めつかみ取れ! 邪魔する奴はこいつみたいにやっちまえばいいんだよ!」
そう言って匕首の男、手の匕首を両手で握り、高さはヘソの位置、そして刃とは反対の柄頭部分を自身のヘソに押し当てて三点で固定する構えは武術ではなく、ヤクザ者の技、体ごと鴨兵衛へとぶち当たった。
「ッ!」
声にならない悲鳴、悲痛に歪むウンコの表情、けれど当の鴨兵衛は平然とした顔、その腹からは血の一滴もこぼれ出なかった。
「は?」
驚く匕首の男、目を限界まで見開いてよく見れば、突き刺してたその匕首、刃に鞘が戻っていた。
これは、おネギの仕業であった。
怒鳴ってる最中、こっそり拾ってこっそり差し戻していた。
それでも痛いものは痛い鴨兵衛、やや涙目、別に避けることも防ぐこともできたのだが、あえてここまでやられたのは、鴨兵衛の甘さであった。
この連中同様、事情を知らずに巻き込まれたとするならば、引き換える機会を与えよう、そういった甘さ優しさを無視して匕首の男、鞘を抜き捨て再度鴨兵衛へと突っ込んだ。
二度目はなかった。
ボグゥ!
内より外、無造作に右手で払う形の平手打ち、その一撃で匕首の男の手から匕首がこぼれ、残る体が吹き飛んだ。
ドサリ、落ちて、動かない男を前にして、静まり返る一同、ただ一人、ウンコだけがその表情をやわらげた。
「うぎゃあああああ!!」
そこへ響くのはここからではない悲鳴であった。
道の先、大通り、行列が来るはずの道から絶え間なく響く悲鳴、そして逃げ込んでくる見物人たち、その向こうでは蹂躙が繰り広げられていた。
……竹槍は、確かに危険な得物であった。
硬い竹を斜めに切っただけとは言え、その硬度と鋭さは人の肉を容易に貫通し、死に至らしめる。時に竹やぶで転んで命を落とす事故も起こるほどで、戦場では束ねて簡易の壁として用いることもあった。
しかしそんな竹槍が、普通の槍や刀の違って得物として普段より用いられない理由、単純に弱いからであった。
特に硬度、確かに人を殺せるほどには硬いがしかしそれでも鋼の剣や槍には劣り、正面よりぶつかり合えば当然ながら竹の方が負けた。
そうでなくとも竹は脆く、人を二度か三度差せば先端が丸くなって鈍くなり、骨にでも当たったらならば縦に割けて使えなくなった。
その様なもので武装した、それも素人を、いくら数を集めたところで鋼の武具に本業で固めた護衛達、敵うはずがなかった。
その証拠と言わんばかり、建物の角と角の間に男が一人、現れる。
身だしなみはこちらと同じ粗末なもの、その手にあるのも同じく竹槍、ただ表情だけが違って青白かった。
その後を追って現れたのは町方の
与力は、下級ながら立派な武士であり、町の治安を維持する戦闘集団、太平の世に置いて公然と活躍できる軍としての色合いも持っていた。
その身なりは派手さはないが上質、青色の着物の上に黒色の羽織を着て、腰には大小二本、鞘には艶のある黒の漆塗り、遠くからでも見栄えが良かった。
そんな与力が振り回すは
形状は、槍の穂先に刃物の代わりとして左右に飛び出た短い枝、その表層に細かな鉄の棘が生えていた。目的は相手を抑え込み、動きを封じる捕具なのだが、与力はそいつを真上に振り上げていた。
これに振り返る竹槍の男、咄嗟に手の竹槍掲げてこれを受けた。
バキャ!
一撃、その重さに竹槍は耐え切れず、真っ二つにへし折られた。
これを受けて男、見るからに戦意を失ったように見えたがしかし、その手から竹槍の残骸が零れ落ちるより先、襲い掛かったのは暴力であった。
捕具とはいえ殴れば鈍器、棘も合わさり男はみるみる内に血だらけとなっていく。
正しくこれは、蹂躙であった。
「鴨兵衛様」
おネギに言われてこの状況、やばいことに鴨兵衛気が付く。
竹槍もって襲って来た強盗の横で、竹槍乗せた荷車の横に集まる集団、誰がどう見ても飛び出る度胸のなかった共犯であった。
ならばすぐに立ち去るべき、思うも荷物が多すぎた。
まずこの連中、それとウンコ、この場に残せば間違いなく共犯とされる。ならばこのものらを連れてと思うがそれでも竹槍が残った。この得物と共にいる場面を、先ほどから逃げてきている数々のものに目撃されている。加えてひときわ目立つ鴨兵衛は記憶に残りやすく、合わせて後に通報されれば厄介ごとはついて回るのであった。
これら一切、どうするか、逡巡するところで裏口の木戸の軋む音がした。
「こちらへ。早く!」
呼び入れたのは清氷であった。
これに鴨兵衛、返事する前にたむろってた連中、我先にと殺到する。
その中に紛れられないのが一人、ウンコだけが立ち止まっていた。
眼は確かに勝手口を見ている。けれどその足は、未だに蹂躙の方へと向かっていた。
そこに漂うは迷い、未だにあきらめきれていない未練であった。
「すまないがウンコ、この荷車も中に入れて隠す。手伝ってくれ」
止めるには頼るのが一番と珍しく頭を使った鴨兵衛の言葉は、狙い通りにウンコはへと届いた。
「お、おう。任せとけ」
前で引く鴨兵衛にウンコが後ろについて、二人が秋葉屋の敷地内、便所前の裏庭に入ると先に入ってた連中がごねていた。
「だめです! 今出ていったら巻き込まれます!」
必死になだめるおネギの前で、連中は言葉にならない不平不満並べてさらに逃げようとしていた。
出ていったら巻き込まれて斬られるのはほぼ間違いない。だがここにとどまっていても何れはしょっ引かれる。入るところは間違いなくみられたし、そうでなくとも残党狩りにしらみつぶしに探して回るは当然の事、見つかるのは時間の問題であった。
そして共犯とされる物的証拠が荷車に一杯、積まれている竹槍がこの上なく邪魔であった。
これを何とかしなければ、言い逃れができない。逆になんとかできれば、言い逃れのしようもあった。
しかし竹槍、処分は簡単ではなかった。
長いし量があるから全てを隠すのは無理、焼けば煙でばれる。割ったところで形が変わっただけで言い逃れが難しく、穴掘って埋めるのも現実的ではなかった。
そのことに気が付いてか焦りに汗をかくウンコ、オロオロしてる清氷、わかってないで騒ぐだけの連中、そいつらなだめるので精いっぱいなおネギ、ただ一人鴨兵衛だけが何とかする手立てを思いついた。
パン!
手と手を打ち合わせる拍手一回、それでも暴力を想起させるからか、一発でおとなしくなる。
「この状況、何とかするため手伝ってほしい。ウンコ、竹槍の束を解くのを手伝ってくれ。清氷、空の葛籠をいくつか、できるだけ大きのを用意してくれ。おネギ」
「はい」
「すまないが、何か良い口裏合わせを考えてくれ」
それぞれ指示を飛ばしながら鴨兵衛、着物の袖より両腕を抜いて懐開き、上半身裸となった。
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