またもや元気よく響き渡ったのであった。

 関は、元より時間がかかるのは周知の事実、だから徹夜で列に並ぶもの、並んで譲って金銭を得るもの、潜りなれたものたちによってまだ朝早いというに、三つの列ができていた。その先には三つ並ぶ門、それぞれにはどこへ通じるか描かれた文字が掲げられており、その中の真ん中、最も長い『通商手形』への列を境に、鴨兵衛とおネギ、平四郎と平一、両者はわかれることとなった。


「私らはこちらからなんで、短い間でしたがお世話になりました」


 ペコリを頭を下げる平四郎に、二人も下げて応じた。


「敵討ちの成功を祈っている」


「え、えぇありがとうございます。こんな二人ですが、やれるとこまでやろうかとは。それよりお二人も旅のご無事を、お気をつけて」


 笑顔のまま平四郎、列の右側の『役人手形』の列へと入り、その後に無言で平一が続いて並んでいった。


 ……敵討ちとは、公務であった。


 本来ならば統一幕府が行うべき罪人の捕縛だが、その罪人が行方知れずとなった時、そのお役目を代行として行うのが敵討ちであった。


 似たようなものに賞金稼ぎも存在するが、ともかく公務であれば扱いは役人、それも所属する国からの使者との扱いとなり、ともなれば関を抜けるための『役人手形』も当然発行されていた。


 これ一つあれば長い列に並ぶ必要もなく、改めも簡素、さっさと通れる代物であったが、その代価が殺された母親、目的がその敵討ちともなれば、少なくとも鴨兵衛にうらやむ気は起こらなかった。


 この先やっていけるのかという心配と、いつか感じた違和感を思い起こしながら鴨兵衛、手を振り終えたおネギと共に左側の『旅芸人』の門への列に並んだ。


 関は、大事なものを持ち出さないようにというのと、大変なものを持ち込ませないようにというのと合わせ、潜る際に出る側と入る側、両方合わせて二度の手続きが必要であった。


 それは手形も、荷車や身体の改めも、そして旅芸人の芸も同様であった。


 出る側と入る側、それぞれで芸を披露する。それも両者それぞれの顔を立てて同じ芸を寸分たがわず繰り返さなければならないと、話好きの芸人が話していた。例え一度通った後であっても、関を潜り終わるまでは呼び戻すことが可能で、あれこれ不備があったと後出しで戻されることも無くはないとのことであった。


 だが違いが判るということはつまり、出る側と入る側、両者ともそれぞれ二回とも見ているとを意味していた。


 「だったら一度で済ませろよ」との愚痴をみな飲み込んで列に並び続けるもこれが遅々として進まなかった。


 二度の芸のため体力温存、みな短くまとめて披露しているはずだが、悪すぎるとやり直しを言われ、良すぎてももう一度と言われて時間がかかる。


 その点、手形や改めは流れ作業、見て、確認して、質問して、終わり、手軽であった。なのであれだけ並んでいた真ん中の列がするすると潜っていく。


 そうした差により、元居た真ん中がほぼ抜けて、今いるのは新たに並んだものばかりになったこと、もう昼に入ろうかとの時間になって、ようやっと鴨兵衛とおネギの番がやってきた。


 門番に言われるがままに通され、男女別れて役人に風呂敷荷物と身体を改められて、そこで「刀無しか」と嘲られながらすぐ合流、そして通されたのは白い石が敷き詰められた白洲しらすの庭であった。


 その上に敷かれたござの上、指示されるまま、二人正座する。


 その正面には座敷の縁側、そちらが劇場に見える上には偉そうな、実際に偉いであろう役人が、その左右にも役人が、縁側左右にも役人揃って、さほど広くない白洲は密であった。


 加えて背後の垣根より視線、あちら側が次だと感じとれた。


「堅苦しい挨拶はぬきじゃ。さっさと始めよ」


「はい。それでは」


 言われ頭を下げ、さっそく二人、芸を始める。


 先ず鴨兵衛、白洲の上にドしりと立って、腰はやや下げ、両手は上に、掌を天向けて突き上げた。


 そこへおネギ、地を、膝を蹴って軽やかに、そして突き上げた腕に太い腕に細腕を絡ませ回りながら駆けあがって、そして右手左手に右足左足乗せてスタリと着地した。


 そしてその上でのお手玉、帯の後ろに失くしていた枝を引き抜き次々に空へ天へ、右へ左へ自在に巡らせて見せた。


 これが、二人ができる中で最大の芸であった。


 小さいとはいえ人一人を掌に乗せて立たせて維持できる鴨兵衛の剛腕、それでもなお不安定な足場にて華麗に巡らすお手玉、どちらも集中力が続かないために短時間に限られるが、その間ならばそこらの旅芸人には決して負けない最上位に芸であった。


 短い時間で納得させるだけの芸、となればこれぐらいはやらねば、と二人は意気込んでいた。


 そうして最後、しゅるり鴨兵衛の前に着地するおネギ、その周囲をトトトンと枝が落ち刺さり、二人をぐるりと囲った。


「以上になります。お粗末さまでしたー」


 おネギの挨拶、無言の鴨兵衛、二人そろって頭を垂れて芸の締めとした。


 体力温存の短い芸、だといってもそれ相応に疲れてしまった二人に、役人たちが下した評価は「見たくもない男ばかりが目にいった」「むしろ可愛い幼女を見たいのに高くてよく見えなかった」「なのでもっと近くでやって見せろ」との身もふたもないものであった。


 それに応じておネギ、一人お手玉、前に比べてお粗末な芸ではあったが評価は「可愛い」「可愛い」「可愛い」と、関の通過が認められた。


 そして、これをもう一度繰り返す。


 荷物や体が改められるのも、二人の芸を見せるのも、そして「男は見たくない」と鴨兵衛が外され、二度目に「可愛い」「可愛い」「可愛いペロペロしたい」と評価されるのも一緒であった。


 こうして、当初の予定の倍の芸して関を抜けれた二人であったが、おネギはもうくたくたであった。


 当然腕は上がらず、それどころかただ歩くのさえも危なっかしく、普段なら恥ずかしがるところを今回ばかりは素直に、鴨兵衛に背負われ運ばれる始末であった。


「……また茶屋で休むとするか」


 両脇にそれぞれの風呂敷荷物を挟みながらえっちら進む鴨兵衛の提案にコクリ、背中越しにおネギが頷いたのが感じられた。


 そうやって降り立った関の墨虎側、少し移動しただけだというのに風景ががらりと変わっていた。


 向こう側は賑やかなお祭り騒ぎといった様相だったのに比べ、こちらは閑散としていた。


 関を出たばかりの一等地だというのに建物はボロボロ、人の姿もまばらでその多くは仕事している男ばかり、それを相手とする店も限られて、かなり寂しい有様であった。


 関とは国と国との境、それを潜ればそこは隣の国、細かな法律や税収も変わるし、土地の豊かさや鉱物資源で貧富の差も産まれるものとは言え、この差はあまりにも露骨であった。


 その理由、皆目見当がつかない二人であったが、それらしい理由がそれぞれの軒先にぶら下がっていた。


 尾が二股に別れた蛇が書かれた木の札に紐を通して吊るしてあるものが、各家々に、目立つ場所に吊るしてあった。


 その意味、解らないまでも良くないものだろうとは察しがついた。ならば早々、立ち去るべきだど鴨兵衛、ともかく目についた大通りに足を運んでいった。


「見つけたぞ母の仇ぃ!」


 そんな大通りに踏み込むや否や聞き覚えのある声、平一の声が、またもや元気よく響き渡ったのであった。


 いることに不思議はなかった。


 手形のあるなしだけで通る関は同じ、ならば潜った先にいてもおかしくはない話、ただその時間差から向こうが既に先に出立した後だろうとの予測、覆しての再度の声に、鴨兵衛は驚き半分、あきれが半分でおネギを背負いなおした。


 また、やらかしてる。


 今度は誰が相手か、しかし芸の疲れのあるおネギ背負う鴨兵衛には進んで二人に絡みに行くつもりはなかった。あの父親の平四郎ならばまたうまくとりなすであろうと、楽な方へと思考を下ろした。


 そこへ、次なる声が元気よく響き渡った。


「左様! 我こそは鐘田菊吉かねだきくきち! 我こそがお主の母を殺した仇なるぞ!」


 マジでいたのか。


 驚きのあまりに鴨兵衛、これまでの色々が吹き飛び、無意識のうち、ふらふらと声のする方へと引き寄せられていったのであった。

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