前途多難であった。
お千と弦五郎、二人の朝は他の村人同様に早かった。
夜明け前に起き出して、人目のつかぬうちに水瓶の水で水を浴び、身を清め、それから家の
それから雑務をこなして家を出て店に向かうのは昼飯時より少し前だった。
まずは店の点検と掃除、終わったら沢で手を清めて水を運び入れ、前掛け付けるや弦五郎はうどんを打ち、お千は竈に火を入れ湯を沸かす。
そうして用意した小麦の半分がうどんに化けたころ、茶屋の『ドクダミ屋』は暖簾を掲げた。
最初の客はたいていの場合は飛脚たちで、それも一度にまとめてが常だった。
そんな飛脚に限らず、長椅子に座した客にはもれなくお千が店名にもあるドクダミ茶を出して、一息ついたとろを見計らって注文を聞いていく。
この茶屋で出すのは全てうどんだった。
店を始めたばかりは団子などの甘味も出していたが、この街道を通るのは男ばかりですこぶる売れ行きが悪く、それよりも腹に溜まる塩味の物をとの要望に、いつの間にかうどん一色になっていた。
その代わりに乗せる具材は豊富にあった。
夏の人気はやはりワサビ、おろしたものに茎のしょうゆ漬け、どちらも飛脚たちの好物だった。それらに次いでキュウリの輪切りに味噌、シソにおくら、キノコやフキの佃煮に刻みミョウガ、少し前は山菜を出し、もう少し過ぎれば枝豆を潰したずんだを出す予定であった。
それら具材を一つないし複数注文し、出てくるまでぬるめのドクダミ茶を飲みながら長椅子で足を伸ばして休め、うどんが来たら一気に掻きこみ、食い終わったら銭を置いてさっさと立ち去る。それがここに限らず、茶屋での作法だった。
戻ったどんぶりを洗って使いまわし、ひっきりなしに次々とうどんを出し続ける。店は大繁盛だった。ただ、それも昼時過ぎまで、腹を満たした飛脚がみな出て行った後は嘘のように暇となった。
来るとしたら不定期に訪れる商人に修行僧、それもまばらに多くて四人、その程度の相手なら店番も一人で十分なので、その間にお千と弦五郎は交代で遅い昼食の賄を頂き、その後は弦五郎を茶店に残してお千は先に家へと戻った。
そして休むことなく掃除、洗濯、うどんの具の用意に畑仕事の続き、余裕があれば山に入って薪拾い、ひと段落したらまた店に戻って、腹が減ってたなら更に賄を、客足が途絶えたら火を落とし後片付けを、のんびりしながら村の男らが来るのを待った。
これが茶屋の、おおよその一日だった。
一日の儲けは多くはないが赤字も少なく、最悪売れ残っても自分らで食べてしまうので損はなかった。
ここにおネギと鴨兵衛の二人が入ると、その働きぶりは大方の予想通りだった。
先ずおネギ、前評判以上にに良く働いた。
誰よりも早くに目を覚まし、お千が手伝うまでもなく水浴びを済ませ、弦五郎に付き従って野菜の収穫を手伝った。
店の掃除も細かく手伝い、店にも付いて行くと言われるまでもなく進んで接客に出ていた。
小さいながらも利発で明るく、一度教えればきっちり覚え、気の短い飛脚たちにも臆せず対応しては湯飲みを届け、正しく注文を弦五郎へ持ち帰るのが自然と仕事となっていた。
そこで発揮される、細かな気配り、絶えない笑顔、達者な話術、子供と侮る客たちは、おネギに褒められ煽てられ、正に手の上で転がすようにいいように操られ、普段なら頼まない具材を一つないし二つ、余計に買い求めた。
そんなおネギの唯一の欠点は非力すぎて一人ではどんぶりを運べないこと、だがその点をお千に任せることでこれまでになく店はうまく回った。
まるで看板娘に妹ができたようだとなじみの客は笑った。
昼時が過ぎて賄を食べた後には村の子供らと沢へ、山へ、子供同士でも当然のようにすぐに仲良くなって、笑いながら遊ぶ仲となった。
そうして夕暮れ前に店に帰って来る時にはちゃっかりと食べられるキノコを土産にするしたたかさもあった。
対して鴨兵衛、前評判以上に使えなかった。
先ず朝、おネギに起こされながらも寝起きは良かった。
しかしその後の水くみで桶を壊した。
往復の距離を削ろうと一度に運ぶ量を増やした水の量に耐えきれず、さして頑丈でなかった木の持ち手がめきりと折れたのだった。
お千に叱られた後、代わりの桶もないのでそいつを抱えて水運び、終わったころには麦飯が炊けていた。
慌てて水浴びした後に朝食、食べ終わった後に雑務として薪割りをさせたところ、どうやったのか、鉈は無事だったが薪が粉々の粉となっていた。
これじゃあ使えないとお千が起こり、弦五郎が納めながら店の準備へ、こちらでも鴨兵衛は使えなかった。
先ずは手を清めようと沢に入ったら足を滑らせ全身びしょ濡れに、着物を絞っている間に掃除は終わり、湿った体を乾かすついでに竈の火を任せようと、中の炎へ息を吹き込む火吹竹を渡して任せる。そして少し目を放したら、鍋の不意より派手に炎が舞い上がっていた。
小さな店の天井に届かんばかりの紅蓮の炎、幸い火事にこそならなかったが、手加減無しに吹き込んだ息が招いた大火に、手加減もできないのかとお千にまた叱られた。
暖簾が掲げ、鴨兵衛の仕事に弦五郎とお千は頭を悩ませた。
接客、などという考えは端から捨てていた。
ならば店に籠って料理作り、ともなるが、技術の必要なうどんは論外、椀にドクダミ茶を注ぐのだって半分は零して見せる。ならば初級の、子供にでもでいるワサビのすりおろしをやらせて見せたが、最初の一すりでワサビ本体をべキリと折って見せた。
だったら残る仕事は水くみだけだった。どんぶり洗いにうどんのぬめりとり、冷たい水は絶えず必要で、そのための水を目の前の沢から何度も汲みに行く必要があった。これには、いちいち街道を横切る姿は暑苦しかったが、それを除けば他と違ってまともにやれていた。
しかし、ほどなくして弦五郎が倒れた。
意識ははっきりとしたまま、ただ尻もちをついただけだったが、流れ出る汗は滝、しわくちゃな顔は真っ赤で暫く立てなかった。
昨日まで平気だったのになぜ突然このようなことにと、思い至る原因は、間接的に鴨兵衛のせいだった。
考えて見れば暑い夏の中、燃え盛る竈に煮えたぎる鍋、うどんをゆで続ける熱中は地獄であった。それでもやってこれたのは水を汲みのため、定期的に沢へと降りてたから、その都度体を冷やし、水を口に含んでるからに他ならなかった。
それを奪えば蒸しあがって倒れるは必然、水くみは弦五郎に必要な仕事であった。
こうとなれば、もはや茶店に鴨兵衛の仕事は無く、一人で早めに山へと入り薪を拾う他に無かった。
半ば追い出される形の鴨兵衛の背中は、その猫背もあって申し訳なさそうに、あるいは肩身が狭そうに、気落ちしている風にも見えた。
そうして一人、山に入ってから暫く、昼飯時が過ぎたころ、泥だらけになって鴨兵衛は茶店に戻ってきた。
珍しく機嫌よさげに薪が沢山取れたと胸を張って報告した。
それだけの薪がどこにあるんだとお千に訊かれ、置く場所なかったから山の入口に積んできたと答えた。そんなとこに置いてったら名前も書いてないんだから誰に持ってかれるじゃないと叱りを受け、慌てて戻った鴨兵衛だったが、その集めたという薪はとうの昔に子供らにより各家に持ち去られていた。
鴨兵衛の薪拾いはただの奉仕となった。
そんないきさつを知らない子供らは、この時初めて鴨兵衛の存在を知ることとなった。
初めこそ、熊のような浪人に怯えこそしたが、いつも頼りになるお千に叱られ、大きな背を丸めtで身を縮める姿に、それもすぐに消え去った。
加えてその折、子供ら泣かせたらただじゃおかないからね、の一言が、両者の立場を決定づけた。
それから後、子供らは新しくできた大きな子分で徹底的に遊んだ。
手加減が加わったのはおネギが加わったから、それでようやく解放され、薪拾いに戻るも、手近は大方拾い終わった後だったので、持ち帰れた量はわびしかった。
そして茶店が暖簾を下ろす前、食べそこなってた昼食、遅れた賄のうどんを食いに戻る鴨兵衛、だが出されたどんぶりに具材はない。
いつもなら何かしら残るところ、全部おネギが売り払った後であり、このうどんもわざわざ鴨兵衛のためにと売らずに残したもの、ただ醤油を垂らしただけだった。
何にもできない身ではこれでも贅沢だとお千は嫌味を聞きながら、鴨兵衛はうどんを平らげた。
ただ、その量は、知ってか知らずか飛脚の倍を食していた。
朝食の時もそうだが、でかい体ゆえに多く食べる鴨兵衛、足りぬとしてもねだることはない、が代わりにおネギが気を効かせて己の分を分け与えようとする。それじゃあ不憫と少しずつ量を増やしてきた結果が倍だった。
こうして茶店での最初の一日を終えたおネギと鴨兵衛、おネギだけなら大万歳、だけども鴨兵衛が加われば、二人の働いた分から鴨兵衛の食べた分引いて赤字であった。
二人で働く初日は、鴨兵衛だけ、前途多難であった。
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