ならず者達の秘密ごと

ヒラナリ

プロローグ

新生活が殺しに来ている


  ここ数年前に少し有名になった小説で、こんな話がある。


  かつて、この世界とは違う別の世界の歴史の中に至高の英雄と謳われる者がいた。


  その英雄はそこの世界の今までの歴史上の中で最も優秀で、最も最強と言われた英雄。

  これ以上の逸材は今後生まれて来る事は無く、この英雄は後世に必ず残ると語られ続けて負ける事もなければ僻まれる事もない無類なき最強の英雄であった。


  英雄でありながら勇者であり、そして一国を束ねる王でもある存在でその影響は自らの国のみならず、その世界全体に影響を及ぼした。

  戦場に出陣すると瞬く間に勝利し、会談の場に赴けば争いは即座に解決へと導かれた。


  そのあまりのカリスマ性の凄さに統率者から王になり、そして更に彼を神とした宗教を開こうという提案が採用されそうになったくらいの人気者であった。


  人々に皆平等に接し、そして自身も傲慢な行動は一切控えていた。皆が彼を尊敬していて、また彼も皆を慕っていた。

  だが、そんな御伽話のような人気者は誰も望まむ形でこの世から去った。



  階段からの転落死。



  人は誰もがいずれは死ぬ。天命というものだ。けれど一国の王が、ましては世界一の英雄がこんな死に方をしたら完全なる笑い者である。

  その国が、その世界がその後どうなったか?それは知る由も無いが、これが至高の英雄の末路であった。


  この本が流行った当時、世間……というよりは本好きの人々の間で賛否両論があったらしい。


  けれど初めて完成してこの世に出てきたこの偉人伝を初めて読んだ時–––––––––




  中学校を卒業して微妙に長い春休みを過ごして今日から始まる高校生活を楽しみにしていた訳だが、今日は始業式という事もあった家を結構早く出てしまった。

  高校までの道程をワザと時間を掛けて歩いて行き、ヒシヒシと込み上げてくる感情を抑え付ける。


  今までは暗くて自由のない悲しい学生生活だったのでそれだけは何とかして避けたいと思っていた。

  見た目で言えば顔付きは多分普通で、身長も平均的、よくいる黒髪に黒色の瞳をした少年。それが俺の第一印象だ。

  当たり前だが深い弱点もあって、それは勉強とスポーツだった。


  勉強とスポーツは昔からてんで駄目で、勉強は何故か全然覚えられず、スポーツは運動神経がかなり良くなかった。何故ここまでそれが出来ないのかは分からないが、考えてみればそれは元々がそのレベルの頭脳だったのかもしれない。


  「あいたっ!」


  考え事をしながら自転車を押して歩いていたら頭を電柱にぶつけてしまう。下を向いて歩いていたので前が見えてなかったのだ。


 


  最寄り駅に着くと、漕いで来た自転車を駐輪場に止めて駅のホームに足を進め、先程ぶつけた頭の痛みを抑えながら階段を登って行く。駅の改札口にはそれはそれはいろんな制服の人達がいた。


  「へぇ〜?いろんな高校があるんだな?」


  その改札口の中には彼と同じ制服の人も何人かいたが、今思い返してみるとその人達は中学一緒だった人達ばっかりだったのを思い出す。この春休みでいつの間に忘れてるんなんて自身の記憶力を改めて確認したい。


  「まあ、どうでもいいか」


  久し振りの再会に喜んでいる知り合い達を遠目で見ながら電子カードで改札口を通過して駅のホームに向かって行く。


  駅のホームに着くと設置してある椅子に腰を掛けてスマートフォンのアプリを弄りながら電車を待つ。ウチは電車がそれなりには来るが十分に一本くらいの間隔なので大体来る時はいつも待機させられるのだ。

  電車が来ると、それに乗って高校がある駅まで待機する。


  今日は入学式なので登校時間がズレている為、一般的な登校時間より遅く家を出ていてこの時間帯は満員電車のピークである。

  何が言いたいかと言うと、自分の動く場所が無いのだ。文字通り自分の動く場所が無くてもう人が多過ぎて嫌気が指してくる。

  しかし満員電車の中で凄い部類だと、過去には窓ガラスが割れたまま動いているのもあったらしい。


  熱気も湿気も意外にキツく、他人との接触も強い為、生理的にも嫌になってくる。

  更には他の人達からも足を踏まれたりと色々と嫌な事があるので満員電車の中に乗ってしまった事に対して少し後悔した。


  その後も学校に到着するまでの間、周りの人からちょいちょい物理的なダメージを受けた。





  微風に吹かれて落ちている桜が咲き散らばっている校門。そしてその落ちた桜でピンク色に変わっている地面。

  その中心に彼は立っていた。他の人からしてみれば圧倒的に邪魔である事は間違いないと言える。


  「ここが、今日から通う俺の高校か」


  新たなる新天地に高揚感を抑えていても心の何処かで感慨した気持ちになっている。

  コンクリートに微妙に砂利が混ざっている地面を歩くと前方に人が集まっている光景が目に入る。

  昇降口に貼られたクラス一覧に名前がビッシリと書かれていて、そこの周りを中心に新入生がたくさん集まって新しい出会いを噛み締めて、青春という文字が可視化したように見えた。


  上履きに履き替えて自分のクラスを探して移動を行う。やがて目的の階数に着き、これから幾度となく入るであろう部屋を遠目で眺めてみると、目の前に広がるのは教室の中に入るのを躊躇う人や自分のクラスを間違える人も居た。


  やっぱ、緊張するよな。


  特に高校デビューを考えてる訳ではないけれど、それなりにはいいポジションには付きたいとは思ってる。


  「えっと?俺のクラスは一組だっけか?」


  うわ、一番教室遠いんですけど。これから登校する時に地味に面倒だな。


  些細な事を感じたが、今は早く他のクラスメイトを確認したかった為に自然と歩くスピードが速くなっていた。

  教室の前に辿り着くと登校初日なのに教室はガヤガヤと騒ぎ声で賑やかになっていた。


  「なんか、珍しい事でも会ったのか?火事か?」


  そんな自分のクラスから発せられている騒ぎ声にさっきより更に興味が湧いて教室の後ろにあるドアを開ける。



  教室のドアを開くと、そこは美男美女の巣窟だった。



  静かにその入り口を閉めt……ッヌゥ!教室閉めて現実逃避しようとしたのを止めた俺ナイスセーブ。


  改めて視線をクラスの人達に向けるとイケメンと可愛い子ちゃんの集いであったわけだが、その中に一際目立つ人達がいた。数で言うと五、六人。

  よくわからないのだが、とりあえずそいつの周りの奴らがザワザワと騒いでいる奴らが目に入ったからだ。


  まず男子の方はこれからクラスのリーダー的な存在になりそうな立ち位置にいる奴等のアレだ。顔を覚えておこう、逆らったら社会的に死にそうだ。


  そして女子だが、なんかその、軽い場違い感がある。クビレとか足の細さとかもしっかりしてるが何よりエロいように見えちゃう。

  何なの?何でそんな制服を気こなせる訳?ちょっと俺にも解説してくんない?


  その他にもなんか凄いオーラを放っている人が結構な数が居たが肝っ玉が凄く足りないので、周りと碌に目も合わせられずに全員を確認出来ない状態で自分を席を探す。

  別にスタンド使いがどうこうとかいう事ではない。なんかリーダーっぽい奴らがいっぱい居る的な意味だ。


  周りの騒ぎを無視して自分の席に座り、荷物を取り出して息を吐き出す。

  本当ならここで落ち着いてる筈なのだが、実はここに一つ落ち着かない原因が急遽出来た。


  「ねぇねぇ?ちょっとイイか?」


  後ろに居るこの糞イケメソである。何故か席に座った瞬間に話し掛けて来やがった。おお、これが噂に聞く着地狩りとか言う奴か。


  「な、なぁ?おーい?」


  というかコイツ、なんでよりにもよって後ろなんだよ。関わらないようにする事を決めたのにどうしていきなりコイツは話し掛けてくるんだ。

  って、そうじゃない。ああ、もう時間が無い!取り敢えずは答えを返さないと今後の居場所が無くなる。


  「な、なんだい?」


  どう返せば分かんなかったけど、これが一番妥当な模範解答であろう、多分。

  心配しながらの彼の返事を待っていると次の瞬間信じられない言葉が耳に入ってくる。


  「さっきからみんな俺の事をジロジロと見てくるんだけど、どうしてなのかな?俺、何処かオカシイところがあるのかな?」


  こんな馬鹿な質問が目の奴から放たれてきて眼が5秒間くらい白目になった。


  「イケメンダカラジャナイ?」


  こんな言葉を吐かせてどうしたいんだオメェは!精神攻撃か?嫌がらせか!?


  「い、イケメン?僕が?そそ、そんな事無いよ」


  あれ?なんか素が出た。普段は僕口調なんだな。つーか、やっぱりコイツ鈍感さんだったのか。ついでにこの先、難聴と唐変木が追加されるんだろうな。ラブコメ系ね、ハイハイ分かったから。


  この隙に空かさず、コイツと関わらないようにしようと話を無理矢理終了させようと試みる。


  「それでは、私はトイレに」


  「あ、俺も行く。一緒に行こうぜ」


  ナニィィィ!?付いてくるだと!?連れションとかハードル高過ぎやろぉ!


  けれどもそれで諦めるわけでもなく。一先ずは一緒にトイレに向かっている様子を醸し出し、着いた矢先に彼を突き放そうと作戦を練り直す。


  「すまない。折角で悪いのだが、自分は大きい方なのだ」


  「あ、そう?じゃあ、俺待ってるよ」


  個室に入り、一息しようとした刹那……って入る前に放たれた言葉に絶句して即座に鍵を閉めて拒絶を意を示し直す。


  「いやイヤ嫌ッ!先に戻っててくれ。どうやら下痢らしいんだ。少し時間が掛かりそうでね?」


  「それは大変じゃないか!早く保健室に行かないと!」


  コイツ、一体何を考えてやがる。アレか?ただ快楽主義的な感じで社会的に俺を抹殺したいだけなのか?


  「とりあえず今はトイレがしたいからトイレをさせてもらうね」


  「何を呑気な事を言ってるんだい!ほら、トイレのドアを開けるよ。って!なんで閉めてるんだい!これじゃあ中に入れないじゃないか!」


  当たり前だろうがアホ。外では普通トイレの鍵は閉めるだろうが、お前ホモかよ。


  「大丈夫だから、先に教室に戻っててくれないか?」


  さっきから付きまとってくる彼に俺が教室に帰るように促すが彼は中々帰ってくれない。


  「そんな事出来る訳がないだろ!待ってろ今このドアを壊して……」


  それくらいは流石に出来るわ。だって教室に戻るだけだろ?

  うん。まあ色々あるんだが、そろそろ君の気遣いが俺を苛立たせてる事を理解して欲しいな。


  「ああっ!話していたらまた急にお腹が痛くなってきたよ。どうか一人にさせてくれないか?オネガイダカラ」


  必死のお願いに譲歩してくれたのか、彼は『わかったよ』とだけ言ってその場から立ち去ってくれた。

  誰も居なくなった後、俺は溜め息して暫くスマホを弄って時間を潰す事に。



  出来るだけ関わらないようにと戒めながら教室に戻って席に着くと、彼がまたそれを見越して話し掛けてくる。


  「下痢大丈夫だったかい?」


  「薬(精神安定剤)を飲んだからもう大丈夫だよ」


  「よかった。心配したよ?」


  本当に心配していたのはありがたいのだが、今後はそんなに関わりたくないと思ったのでその場で無難な言葉を返しておく。


  「そ、そうか。ソイツは光栄だな。まあ今後は授業プリントを後ろに回すくらいにはよろしくな」


  「なんか遠回しに俺と距離取ろうとしていない!?」


  当たり前だ。お前の側に居たら精々、俺の将来は多分のずっとお前の引き立て役だからな。


  「せっかく一年間一緒なんだしさ、これからよろしく!俺の名前は吉瀬修夜だ」


  「神近颯太です」


  「颯太ね、よろしく!」


  無理矢理強引に関係を迫ってくるあたり、とりあえずお前とは仲良くなれそうにないんじゃないかとその吉瀬とか言う奴に言いたかった。あと下の名前でいきなり呼ぶな。

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