第241話   見た目は大事

 遠征の準備やギルトの業務の引継ぎを行ううちに、蒐の時期になった。エリックは配下の者を従えてオルレアーノ郊外の草原に向かう。

 蒐が行われる草原には多くの天幕が並び、その間を兵や馬が行き交う。もう見慣れた景色であった。

 陣営地に近づくにつれ多くの人の目が、エリックとその集団に注がれるようになった。

 そこには江梨香が仕込んだ、ちょっとした仕掛けがあった。


 集団の先頭を進むのはエリック。

 この日のために仕立てた白銀の甲冑に薄緑の肩掛(パルサー)けを翻して。

 続くのはお揃いの白い革製の戦装束に身を固めた江梨香とコルネリア。

 騎乗姿の女性の従軍者など、高位の貴族か魔法使いに限られている。二人が魔法使いであることは、ある程度の知識がある者から見れば明白であった。

 二人の魔法使いの後ろを、エミールが新しく創設されたシンクレア家の旗を掲げ付き従う。

 旗は上部が緑、下部が白のセンプローズ一門の意匠を下地に、ニースの川岸に群生しているソレイユの花を咥えた水鳥を紋章としてあしらう。

 シンクレア家の旗の後ろには、マリウスやクロードヴィグがなどのニースからの配下たち。こちらも全員が騎乗した姿。

 これで終わりであれば、さして注目を集めはしなかったであろう。注目を集めたのはその兵の数の多さであった。エリックたちの後ろには多くの兵士たちが付き従っていた。

 この兵の正体は、ニースに駐屯していた第一工作隊と、司教座教会が江梨香を護衛するために整えた神聖騎士団の面々である。

 彼らはエリックに付き従うかのように行進をしている為、それなりの軍勢に見えたのだ。



 この日エリックが従えていたのは、総勢二百人を超える軍勢であった。

 二百人以上の軍勢を従えられる騎士などは、多くの所領を支配する者に限られている。

 江梨香の仕掛けとは、エリックを権勢を誇る騎士に見えるようにプロデュースする事であった。

 多くの騎士や有力者が集まる蒐は、平民出身の新参者で知名度も権威もないエリックの宣伝を図るにはうってつけである。

 だからこの日のためにエリックの鎧兜を新調し、馬具も上等な品をしつらえ人数を集めたのだ。


 この演出には当然のように多くのハードルが存在する。

 まずは資金問題。

 これは簡単に乗り越える事が出来た。

 ギルドからニース領へ納められる税を使えば、この程度の出費は痛くもかゆくもない。

 潤沢な資金によりエリックだけではなく家臣の軍装から馬、兵糧に至るまで用意する事が出来た。

 問題となったのはエリックが率いる軍勢の調達である。

 こちらは簡単にはいかない。

 エリックの手勢と呼べるのはニースの家臣団を除けば、江梨香とその家臣であるクロードヴィグの二人だけであった。人夫として労役を課せられている村の者をいれても総勢で三十名程度。これではとても軍勢とは呼べない数である。

 これをいかにして増やすかが課題となる。

 もっとも簡単に人数を集める方法は、資金をばら撒いて傭兵を雇う事であったが、以前の勉強会でニース、モンテーニュ騎士領では信用度の低い傭兵を雇うことは極力控える結論に至っていた。その為にパートタイマーを雇うという手段は採れない。違う方法を模索することとなった。


 江梨香はこの問題を解決するために、片っ端から声をかけ地道に勧誘していくことにした。

 最初に声をかけたのは、ニースに滞在する魔法使いのコルネリア。

 ニースには二人も魔法使いがいるのだ。これを活用しない手はない。

 魔法使いは軍団内で百人長以上の待遇と定められており、指揮下に入れる事が出来れば言葉通りの意味で百人力と言えよう。

 しかし自発的にエリックの指揮下に入っている江梨香はともかく、王家直属の騎士であるコルネリアを、行進だけとはいえ従えてよいのかと言う問題があった。

 ただ、これはコルネリアがこの手の事に全くこだわらない性格もあり、お願いだけで簡単に了承された。

 江梨香の護衛である神聖騎士団に至っては、説得の必要もなかった。彼らは黙って神々の娘であるアルカディーナに付き従うのである。即ち江梨香がエリックの後に続けば、おまけで神聖騎士団が付いてくる。

 ニースの家臣団に二人の魔法使いと百名近い神聖騎士団員たち。だいぶんと形になってきたが、これだけでは物足りない。

 幸いなことにニースには他にも兵がいる。

 それが第五軍団 第一工兵隊。

 彼らを率いる事が出来れば、エリックの軍勢は完全に王国正規軍に見える事だろう。


 しかしこれが難題だ。

 工兵隊の説得は難航が予想された。特に工兵隊長ノルデン・ズトラルフその人の説得が難しい。

 ノルデンは工兵隊一筋二十年のベテラン技術者だ。職人気質から生まれるプライドの高さは、並みの騎士以上と言ってもいい。

 騎士身分かつ百人長の資格を持つとはいえ、部隊の指揮権を持たないエリックに付き従わなければならない義務や道理など、全くと言っていいほど存在しないのだ。

 だから普通にお願いしても、最終的には拒否されることが予想された。


 そこで江梨香は一計を案じる。

 まずは正々堂々と真正面からのお願い攻勢。

 策略を弄するにしても、まずは正攻法で行くべきだ。これは王都での裁判でロジェストから学んだ手法である。

 エリックと二人で頭を下げて力を貸してくれと頼む。若輩とは言え、騎士身分の二人から頭を下げられるとノルデンも断りにくい。

 だがこれだけで片付くほど世の中甘くはない。この時は言を左右にされ断られた。

 無論、江梨香には織り込み済みの事態である。

 次は本人の周りを攻める

 狙いはノルデンの部下たち。彼らをノルデンの外堀とし、それを埋めることを考えた。

 元々、駐屯初期から良好な関係作りに心を砕いていたが、さらに前進させるための手立てを考えた。

 二人は工兵隊の心証をよくするため、兵たちには村の酒場で気前よく食事や酒をふるまい蒸風呂も優先的に開放するなど、これまで以上に様々な便宜を図ってやる。

 中でも一番の好評を得たのは、兵たちが故郷の家族に出す手紙の配達代の一部負担であった。


 ニースのギルドは業務上、オルレアーノとの連絡を頻繁にとる必要がある。工作隊の兵たちには、その連絡に便乗して手紙を出すことを認めたのだ。

 ニース、オルレアーノ間のみではあったが、手紙をギルドに預ければ無償で届けてもらえると知り、兵たちは大いに喜んだのである。

 ギルドとしても元々の業務に必要な往来にプラスαで手紙が増えるだけであり、若干の手間はかかるが経費は掛からない。ありていに言えば、お安い御用であった。

 こうして兵たちの好感度を上げることにより、エリックに従っても構わないという雰囲気を作り、ノルデンの部下を理由に断るルートを潰す。

 そして止めの一撃として、軍団長である侯爵から一筆を頂くことにした。

 二人の連名で出された手紙には、以下の内容がしたためられていた。


 『騎士となったばかりのエリックへの箔付けとして、ニースに駐屯している軍団兵を率いる態にしてほしい。多くの兵を指揮している姿をオルレアーノの市民や蒐に集まる諸侯たちに見せることによって、エリックひいてはギルドの存在感を増す事が出来る。ギルド長であるエリックの権威高揚はギルトの発展に繋がり、ギルドの発展はセンプローズ一門の発展にも繋がる。これを認めていただけるのであれば、蒐における第一工兵隊の兵糧については、騎士領ニースが責任をもってこれを供出する』


 この手紙を受け取った侯爵は、しばし考えた後に笑って了承したという。

 後日、オルレアーノ郊外まではエリックの指揮に従えという指令書を受け取ったノルデンは、その手際の良さに呆れるやら感心するやらで了承するほかなかった。



 この様な努力の上に完成したのが今回の行列であった。

 軍勢の先頭を進むエリックは振り返る。

 すぐ後ろをエリカとコルネリアが談笑しながら進み、新調した軍旗を誇らしげに掲げるエミールの後ろには二列縦隊で付き従う長い列。最後尾は見えもしない。

 見せかけの軍勢とは言え、それを外から窺い知れる者はいないだろう。

 ただの行列にここまでの資金と手間と掛けたのかと、人は笑うかもしれない。

 俺も初めはそこまでしなくてもいいだろうとは思ったが、エリカは違った。

 エリカは言った。 

 

 「人間。見た目が9割よ」

 「なんだそれは」

 「私の国でそんなタイトルの本があってね。他人がその人を判断する基準なんて、ほとんどがその人の見た目なんだって。だから見た目って思っているよりも大事なの。もちろんエリックの事を知っている人には、見た目だけじゃだめよ。中身も伴わないと。だけど、良く知らない人は見た目で判断するのよ。あの人は凄いとか、あいつはしょうもないとか」

 「・・・」


 簡単には受け入れられない、いつもの持論を展開される。


 「まぁ、私も読んだことないんだけどね。その本。だから本当にそんなこと書いてあるかは知らないけど、当たらずとも遠からずって事よ」


 今回のエリカの作戦が上手くいくのかは分からないが、道行く人たちが俺に注目していることは良く分かった。

 中には会釈をする者もいる。

 それに軽く応えながら、精一杯胸を張って駒を進める。緊張感をもって。



                続く

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