第165話 メルキアへ
結論に至ったエリックは旅装を整え、オルレアーノへと向かう。
付き従うのは、案内役のマリウスとエミール。
三人は、オルレアーノの城門を潜り抜けると、休む間もなく将軍の屋敷へ直行した。
昔のエリックの立場であれば、裏門から執事長のアルフレッドに取次ぎを頼み、呼ばれるまで待つしかなかったが、今は違う。
正面の門から堂々と入り、駆け付けた門衛に名乗れば、将軍が不在でない限り待たされることはない。
執務室に通されたエリックは、豪華な敷物の上で片膝を落とすと、メルキアでの目的を話し、一門の名を名乗ることの許可を願った。
「閣下。メルキアでの行動をお許しください。この目で彼の地の今を探ってまいります」
何が一門の利益になるかは、思いつかなかったので、間諜の真似事をしてみせると言上する。
話を聞いた将軍はエリックから視線を外し無言だ。その様子を見た側近の一人が口を開く。
「シンクレア卿。余り無茶は仰られますな。一門の名を出しての金策などと。エリカ殿が勝手にヘシオドスの娘を弁護することとは訳が違いますぞ」
側近の言葉の意味するところは、重々承知している。
金策を許すという事は、一門がヘシオドスに同情することを表し、エリカの行為を追認することだ。ひいてはセシリアに刃を向けた男たちを許すことにも繋がる。
俺もあの男を切り捨てていなかったら、絶対に反対しただろう。あり得ないと。
だが、セシリアに直接害をなした者は、この手で物言わぬ骸とせしめた。ならば謀反に関わりのない女を救うだけなら飲み込める。
「心得ております。しかし、あえてお願い申し上げます。何とぞご温情を以て」
「我等に裏切者のヘシオドスに掛ける温情があるとでもお思いですかな」
将軍の考えを代弁しているであろう側近に向かって言葉を並べる。
「愚かな首謀者を弁護するつもりはございませぬ。謀反には関わりの無いものを弁護するだけでございます。連座の罪にて捕らえられることは、慣らいとは申せ、何も知らぬ娘が獄に繋がれることは哀れでございます。更に放置しておけば娘の首が飛ぶは必定。せめて、一抹の情けをお与えになるべきです。センプローズの情けが知れ渡れば、世間の者たちは一門の憐れみに心動かされます。決して一門の・・・」
「小賢しい」
エリックの必死の言説は将軍の一喝によって遮られる。
怒りに満ちた視線に射すくめられ、エリックは縮み上がった。
「エリックよ。其方いつから口舌の徒になり果てた。馬鹿者」
思いもよらぬ言葉に、思考が停止する。
「そのようなこと、貴様が案ずることではあるまい。弁えよ」
「もっ、申し訳ございません」
目の前が暗くなり、全身から滝のような汗が噴き出る。
これほどお怒りになられるとは、考えても見なかった。
ここまでか。
「メルキアへは討伐軍が出る」
「やはり」
将軍の言葉に驚きは覚えなかった。当主が謀反の疑いで捕縛されたのだ。討伐軍が出されることは遅いか早いかの違いしかない。
「やはりだと。では其方、討伐軍が出ると予想していたのに、メルキアでの金策を願ったのか」
「はい。金策が出来る場所はメルキア以外残されておりません。ヘシオドスの不始末は彼らが拭うもの、彼らが金を出すべきです。我等はほんの少し手助けするだけにございます」
「そこまでして、なぜ我等がヘシオドスの小娘を助けなければならんのだ。此度(こたび)の件は奴らの自業自得。救解など無用の行いであろう」
「はっ」
返す言葉が見つからなかった。無用と言われればそれまでである。
「それとも何か他に思惑でもあるのか」
「・・・いえ。ございません」
俺ですら、なぜエリカがマリエンヌとかいう、縁の薄い女を助けたいのか理解していない。何か思惑があると思いたいが、手紙を読む限りでは何の思惑もない。
エリカの口を借りるのなら、助けたいから助ける、だ。
あいつは頭は切れるし、複雑な事態に対処できるが、行動の動機は思いのほか単純だ。
したいからする。したくないからしない。それだけだろう。
俺も人の事は言えないが。それを口にするわけにもいかない。
ただはっきりしたことは、俺がメルキアへ向かえないだけでなく、マリウスを派遣することすら難しくなった事だけだ。
想像よりも悪い事態に混乱する。
次の手を考えなくてはならないが、何も思いつかない。
思考が混乱しているエリックの頭上に、再び将軍の言葉が降ってきた。
「だが、貴様も騎士となり、小なりとは言えども一家の主だ。儂も其方にメルキアへ向かうなとは言わぬ」
心なしか、将軍の声色が穏やかになった。自然とエリックの首も上がる。
将軍の表情からは怒りの色が消えていた。
「メルキアで金策をしたいのであれば、好きにするがよい。ただし、エリック。そなたの一存で行え。この件に関して我等は無関係。一門の名を名乗ることは禁ずる。よいな」
「はっ、ははっ」
これは、どう解釈すればいいのだろうか。
お許しを頂けたのだろうか。
「金策の首尾の如何(いかん)に関わらず、結果を直接報告せよ。それとな。此度の討伐軍には、我等は参加せぬ。使いのものを幾人か送り込むだけだ。そう心得よ」
センプローズ一門は討伐に参加しない?
やはり、先の戦いの痛手からは立ち直っていないという事か。
「畏まりました」
「うむ。下がってよい」
エリックは、小走りに将軍の御前から退出した。
その後姿を将軍は無言で眺めていると、側近が声を掛ける。
「閣下。いかがなさいますか」
「ヤーナムに使いを」
「はっ」
「一連の話を伝えよ。エリックがメルキアで活動することを助ける必要はないが、邪魔だてするな。以上だ」
「心得ました」
一礼と共に側近は下がる。
「ニースの者共にも困ったものだ」
言葉とは裏腹に将軍は楽しそうにつぶやいた。
「エリック様。どうでしたか」
通路で控えていたエミールが駆け寄る。
「お許しが出た」
「それは良かった」
「だが、一門を名乗ることは禁じられた」
「えっ、では、マリウス一人に向かわせますか」
「いや、俺が行く。メルキアでの首尾を直接報告せよとのお達しだ。俺が行くしかない。マリウスも一緒だ」
「分かりました。では、その様にエリカ様にお伝えします」
「うん。金の事は心配するなと伝えてくれ」
「はっ」
ここでエミールとは別れる。
エミールはこのままアルノ河を下り再び王都へ向かう。エリックはマリウスを従えて馬首を北東に向けた。
北の大山脈地帯の麓にメルキアはある。討伐軍がメルキアに侵入する前にたどり着かなくてはならない。
時間との勝負だ。
続く
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