第154話   二人の男

 フリードリヒに報告すると言い残し、アランは屋敷を出ていった。

 思いもよらず、一門からきっぱりとした拒絶を受けた江莉香は、弁護を引き受けてくれるディクタトーレを自力で探すことにした。

 だが、探すといっても、これと言って当てなどない。

 こっちの世界に、法律相談事務所なんて便利なものは、存在しなさそうだ。

 もう一つの当てであるドーリア商会に相談してもいいが、アランの様子を見るに、センプローズ一門と同じ反応が予想できる。

 話を持って行ける雰囲気ではない。

 下手に話して難色を示されるぐらいなら、自分で何とかする方が早い。 


 「ここで座っていても、埒なんてあかないわ。こうなったら、手当たり次第に聞いて回るしかない」


 コルネリアから、これからの事を聞かれた江莉香は、勢いよく立ち上がった。


 「広い王都を闇雲に聞いて回るつもりですか」

 「当てがないんだら、仕方ないじゃない。大丈夫よ。私の国なら、間に十人挿めば、一般人だって大統領にだって繋がるって言うし、ディクタトーレの先生なら、もっと手軽に出会えるわよ」


 根拠不明の自信に溢れてた発言に、コルネリアはため息を堪えたような表情をした。


 「諦める気はないという事か」

 「諦めるような状況じゃないからね。それに、私はこっちに来てから、何時(いつ)だって諦めた事なんてない・・・は、言い過ぎか。諦めかけたことも、妥協もいっぱいしてきたからね。でもそれは、今じゃない」

 「意地になっている自覚はあるのか」

 「ある・・・でも私、思うんだけど、意地ってものは張るためにあるんじゃないかな。いざという時に張れないようなら、それは意地じゃないと思う。ただのお気持ち表明よ」

 「頑固者め」

 「それは、ごめんなさい」


 二人の間に、しばし沈黙が流れた。


 「それじゃ。今からディクタトーレの先生を探しに行ってくる」

 「待ちなさい」

 「待たない」

 

 コルネリアの制止を振り切って、部屋を出ていこうとしたその時。


 「ディクタトーレを紹介しても良い」


 その一言に足が止まった。


 「えっ」

 「正しくは、紹介できそうな者に繋ぎを付けましょう」

 「本当に? ・・・いや、無理しなくていいから。これは、私個人の問題だから。みんなを巻きこむつもりは無いわよ」

 「馬鹿者。もう、巻き込まれている」

 

 コルネリアの言葉に、二の句が継げなかった。


 「ただし、条件がある。それを守ると言うのであれば、紹介しよう」

 「守る、守る。守ります」

 

 条件も聞かずに飛びついた。


 「話は最後まで聞きなさい。条件は、紹介したディクタトーレに全て任せるという事だ。裁判についてエリカは余計な口を挿まない。どんな結果になったとしてもだ」

 「・・・ん? それだけ」


 予想外に簡単な条件に首を傾げたが、コルネリアの表情は厳しいままだ。


 「守れるか」

 「守も何も、元からそのつもりよ。私、法律に関してはからっきしなんだから、裁判にまでしゃしゃり出たりなんかしない。傍聴席でマリエンヌの無罪放免を祈るだけよ」

 「約束ですよ」

 「うん。約束する」

 「いいでしょう。それでは呼んでくる」


 コルネリアは席を立って出ていった。


 小一時間後、江莉香の前に、赤みががった茶色の髪の男が立つ。


 「初めまして。エリカ様。マールと申します。エリカ様のお話は常々、姉から伺っています」



 コルネリアが連れて来たのは、彼女の弟であった。

 髪の色は全然違うが、姉弟だけあって顔立ちは似ている。姉よりも優しそうに見えるのは、気のせいだろうか。

 マールは王都で法律の勉強をしていると紹介された。


 「という事は、弟さんがディクタトーレなのね」

 「「違います」」


 コルネリアとマールの姉弟は、同時に声を上げる。

 息ピッタリ。流石姉弟ね。

 シンクロしたことが恥ずかしかったのか、コルネリアは口をつぐんだ。

 そこから、マールに問われるまま現在の状況を説明した。


 「なるほど。難しいお話ですね。反逆罪の疑いのある者を弁護する訳ですから、地位の高いディクタトーレは引き受けたがらないでしょう。地位の低い者たちも尻込みする者が多いでしょう」

 「やっぱり、そうなりますか」


 江莉香の問いかけにマールは大きく頷く。


 「はい。ディクタトーレの中立性は、国王陛下からある程度保証されていますが、絶対ではありません。自身にも、余計な火の粉が降りかかるかもしれません」

 「うーん。仰せ御もっとも」

 

 思わず腕を組んで考え込む。

 弁護士の先生だって、弁護したくない相手がいてもおかしくない。

 気持ちは分かる。

 今回のマリエンヌは、そこに該当するのか。


 そこからマールに、ディクタトーレについての基本的な知識を教えてもらい、ディクタトーレには、上流と下流の二種類があるらしい事を知った。

 明確な区分ではないものの、何となく分かれているらしい。

 上流は、貴族や高位聖職者、高名な学者などが分類され、下流には、公証人、役人、学者の子弟などが務めるとの事だ。

 弁護士資格と言ったようなものは無く、法律をある程度知っていれば、誰でも務めることができるシステムであった。

 上流の顧客は貴族や、大商人が多く、下流は地方の有力者や外国人、騎士階級の人たちが主な顧客らしい。

 そんな風に住み分けているのね。

 

 「私は外国人で騎士だから、そっちに頼むのが普通なのかな」

 「そうとも言えます。ともかく、私の師匠に話してみましょう。誰か良い人を紹介してくれるかもしれません。友人にも声を掛けてみます」

 「お願いします」

 「ただしです」


 マールの声が大きくなった。


 「何でしょう」

 「お金が掛かります」


 そりゃ掛かるでしょうね。何事も無料という訳にはいかない。


 「具体的な金額はお幾らですか」

 「相手次第ですが、それなりの額を覚悟してください。これは普通の弁護ではありません」

 「了解です」


 どうしょう。

 王都での買い付けとかも考えて、普段よりは持ち合わせは多いし、出発前にエリックが自由に使えと、結構な額のお小遣いをくれたけど、弁護士料に十分かとなれば話は別だ。

 江莉香の財産の多くは、オルレアーノの教会に預けてある。

 近くのコンビニで、ちょっと引き出してくるわけにはいかない。

 分割払いは効くのかな。


 悩む江莉香に、席を外していたユリアが耳打ちした。

 

 「えっ、アラン様がまた来たの」

 「はい。お通ししてよろしいですか」

 「もちろん」


 嫌な予感はするけど、追い返すわけにもいかない。

 きっと、若殿からの命令を伝えに来たに違いない。

 どうしたものやら。



 江莉香の滞在先を辞したアランは、事の次第をフリードリヒに報告した。

 アランの報告を聞き終えたフリードリヒは、瞳を細めて沈黙している。

 質素な執務室には、ガラス窓から日の光が差し込んでいる。

 小鳥のさえずりが聞こえそうな沈黙の中、アランは正面を見据えたまま直立している。

 このような時に、余計な口は挟まない。

 黙して、次の指示を受けるまでだ。


 「エリカは、何が目的だ」


 硬く冷えた声色に、光りを映さない虚無に満ちた目。

 フリードリヒから、普段は隠れている冷酷な貴族の貌が覗いた。


 「不明です。ヘシオドス家に恩を売るつもりなのかもしれませんが、良い手には思えません」


 流石に駄々を捏ねているとは言えない。


 「今の、ヘシオドスに恩を売って何になる」

 「仰せの通りです」


 また、沈黙が続く。

 フリードリヒは椅子から立ち上がり、初夏の日差しを受けて明るく輝く中庭に向かって歩む。

 アランの目にはフリードリヒが怒っているようには見えないが、さりとて安心できるわけではない。

 高位の貴族はその人柄に関わらず、時に冷酷かつ残酷だ。

 エリカに厳罰が下ることもあり得る。

 アランは、ここからどうやってコルネリアの提案に話を持って行くべきかと、思案しながら直立していると、不意にフリードリヒが笑った。


 「面白い」


 面白い?

 アランは心の中で問いかける。

 

 「無益だ。だが、悪くない手ともいえる」

 

 フリードリヒはアランに向き直る。

 そこには普段の普段と変わらぬ、フリードリヒの姿があった。


 「コルネリア殿の提案を受け入れる。しばらくエリカの好きにさせよ」

 「はっ」

 「お前もエリカに付いてくれ。状況は逐次報告せよ。最優先だ。我等が表立たぬようにしてくれ。いざという時は私の名を使え」

 「心得ました」

 

 こうして、江莉香の元に二人の男が集まった。



 アランの再登場に江莉香は困惑した。

 

 「コルネリア様のご提案を受けて、私も協力させていただきます」


 持って回った言い方に、アランの立場が如実に表れていた。


 「あの・・・もしかしなくても、見張りですか」

 「ご賢察、恐れ入ります」


 笑顔で、嫌味を言われてしまった。

 

 「えっと、アラン様はその、若殿の・・・」

 「ご想像にお任せいたします。ですがご安心ください。エリカ様が一線を越えない限りにおいては、口出しいたしません」

 

 口出しする気、満々じゃないのよ。

 ま、まぁ。頭から否定されてよりかはいいか。

 若殿のボーダーラインが、分かりやすくなったと思っておこう。


 こうして江莉香は、弁護を引き受けてくれそうなディクタトーレを求めて、街に繰り出すのであった。


 

                 続く

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