第147話   勧誘と魔法の石

 行く当てもないのに迷惑はかけられないと強がるラナの説得に、なんとか成功した江莉香は、今後について頭を悩ませた。

 王都に来てから一週間ほどたったのに、目ぼしい成果は得られてはいない。

 これは不味い。

 ニースでの仕事をエリック達に丸投げして来たというのに、市場調査以外に何もしていないではないか。このまま手ぶらで帰っても、怒られることはないとは思うけど、肩身が狭い。


 それだけではない。

 怪我をさせてしまったラナの今後の身の振り方も、大きな懸念事項だった。

 面倒を見ると約束した以上、出来る限りの事はしたい。

 行く当てがないのなら、一番簡単な解決方法はニースに連れて行くことだろう。江莉香の立場であれば、女の人一人ぐらいの面倒なら見れるし、今のニースでは人手はいくらあっても困ることはないから、お仕事も紹介できる。

 それを踏まえた上でラナと会話していてると、言葉の端々に高い教養を思わせる言い回しが出てくることに気が付く。

 彼女の話し方は、時に婉曲というか、比喩的表現というか。とにかく直接的な言い回しを好まない。

 何かしらの元ネタがあると思われる引用だったり、聞いたことのない諺だったりで、逆に意味がよく分からないこともある。

 ユリアが解説してくれることもあるが、引用元が多岐にわたるようで、文学少女の力をもってしても、全ては解読できない。


 意思疎通には困らないから、問題はないんだけどね。

 この話し方は、一歩間違えると知識のひけらかしに聞こえ、嫌味になる危険があるけど、不思議と鼻に付く感じはしなかった。

 ラナさんってなんだか、お公家さんみたい。

 いや、会ったことはないけど、何となく育ちの良さを感じた。

 これだけ教養が高いのであれば、きっと読み書き算盤は完璧だろう。

 そう考えて、ニースに出す手紙の口述筆記をお願いしてみた。

 江莉香は部屋を歩き回りながら、エリックに向かっての現状報告をつらつらと述べる。

 騎士団長とは先方の事情で、面会できていないとか。セシリアは元気だったとか。日本人は見つかっていないとか。思いつくだけの文言を並べた。


 「これで良いですか」


 話し終え長椅子に腰を掛けると、時を置かずにラナが速記した手紙を差し出す。


 「早いですね。うわ。達筆」


 受け取った麻布には、流れるような美しい文字が連なる。


 「フルーレルス書体ですね。お見事です」

 

 横から覗き込んでいたユリアも、感嘆の声を上げる。

 英語で言う所の筆記体みたいなものかな。高い教養を嫌でも分からせてくれる。

 問題があるとすれば達筆過ぎて読みにくい。

 もしかしたら、この手紙を受け取ったエリックも、読めないかもしれない。

 しかしながら、そんなことは些細な問題よ。

 これだけ基礎学力がしっかりしているなら、お仕事を山のように用意できる。

 山のように。

 ある程度の学問を修めた人なら、喉から手が出るほど欲しいのがニースの現状だ。そう言った意味でも、ラナは有望な人材と言えた。


 仕事を手伝ってくれるのであれば、お給料が支払えるし、そうなれば、落ち着いて生活も出来るんじゃないかな。

 ただ、王都を離れて、ニースの片田舎にまで来てもらうことになるけど。


 「ラナさんは、田舎暮らしでも平気な人ですか」


 手紙に封をしながら問いかけると、小さく微笑み、答えた。

 

 「アンセルスの巣は、何処にあろうと美しいといいます」

 「・・・なるほど(わからん)」


 表情と口調から駄目って事ではなさそう。

 推察するに、住めば都と言いたいに違いない。そう、解釈することにした。

 そのままの流れで、ニースの村の話をする。

 海に面した小さな漁村ではあるが、住民は親切で領主はさらに親切だ。

 自分も行き倒れていたところを領主の男の子に助けられた話をすると、目を丸くしていた。

 

 「アルカディーナ様が行き倒れ? 」

 

 ラナは不思議そうな顔をする。


 「うん。その時はそんな御大層な肩書きは無かったけど、行き倒れていたのは確かよ。私も行き場が無いからニースに住まわせてもらっているのよ。だから、ラナさんも安心して暮らせると思うの。領主のエリックも、難しい事は言わないわ」

 「素敵な村なのですね」

 「うん。ラナさんさえよかったら、一緒にニースに行かない? ニースでお仕事すれば、生活には困らないと思うの。字が読めて計算が出来れば、仕事は一杯あるから。ねっ」

 

 隣に座るユリアに同意を求める。


 「はい。エリカ様のお手伝いで日が暮れます。毎日が瞬く間に過ぎ去ります。奉仕もお仕事も終わることはありません・・・・・・そう言えば、オルレアーノの店の差配を領主様にお願いしましたが、今はどうなっているのでしょう。それを考えると帰るのが少し怖いですね」

 「ちょっと。ヤなこと言わないでよ。バルテンさんも居るから大丈夫よ。新人のみんなにも一通りは教えたし」


 そんなこと言われたら、私も心配になって来るでしょうが。


 「ですが、北部戦役の事を思い出しますと・・・エリック様とエリカ様のお二人とも出陣なさいまして、残された私と神父様、モリーニさんの三人で・・・大変でした」

 「ああ、聞こえない。聞こえない」


 ユリアが目を覆って泣きまねをしたので、こちらも乗っかって耳を塞いでみせた。

 ふざけていると、目を丸くしたラナが訊ねる。


 「その・・・北の戦に・・・」

 「うん。参加した」

 「女の貴方がどうして? 」

 

 当然の疑問だ。


 「私、魔法が使えるから。へっぽこだけどね」

 「魔法使い・・・」

 「うん。でも、戦(いくさ)で魔法なんか使わなかったわよ。ああ、一回だけ使ったか。でもそれだけ。あとは後ろから付いて行ってただけ」

 「ご謙遜を。ラナさん、信じてはいけません。エリカ様は先の戦の功が認められて、騎士に叙任されたのですから。アルカディーナの称号もその時に、授けられたのです」

 「そうでしたか」


 ラナが感心したように何度もうなずくので、恥ずかしくなってきた。


 「セシリアの方がよっぽど凄かったわよ。同じ立場に放り込まれたら、私なら確実に死んでたからね。いや、そうじゃなくて」


 今更ながら話が脱線している事に気が付く。


 「ともかく、ニースは良い所だからラナさんもきっと気に入ると思う」

 「そうですね。働いている内に、直ぐに馴染めると思います。私がそうでした」

 「ちょっと。もう少し行きたくなるような勧誘をしてよ。ニースに行ったら働きづめの毎日みたいじゃないのよ」

 「違うのでしょうか」


 ユリアが若干、勝ち誇ったように言う。


 「違うわよ」


 ギルドをどこかのブラック企業みたく言わないで。残業も休日出勤も無いんだから。


 「お言葉ですがエリック様も、エリカ様は働き過ぎだと仰っていました」

 「・・・確かに言ってたわ」

 「ほら」

 「そうじゃなくて。ラナさんも心配しないで暮らせると思うの」


 若干、むきになって言うと、ユリアが笑いながら謝罪した。


 「申し訳ありません。おふざけが過ぎました。ラナさん。ニースは山に挟まれた小さな村ですが、住みよい村です。エリカ様と共に参りましょう」

 「・・・・・・ありがとう」


 これはいい手応え。

 今回はこれぐらいにしておこう。今すぐ同意を求めるのは早計よね。

 江莉香は話を切り上げ、融けた蝋を垂らして手紙に封をした。

 ドーリア商会に頼んで、ニースに届けてもらおう。

 部屋の外に待機しているはずのクロードウィグを呼ぶために立ち上がると、館の管理人の一人が来客を告げる。


 「誰ですか」

 「コルネリア様です」


 これは、吉報だと飛び跳ねる。


 「やったー、仕事終わったのかな。って言うか、今後コルネリアが来たら無条件で通してください」

 「畏まりました」


 恐縮する管理人さんをその場に残して玄関に向かい、扉を開けると外に立っていたコルネリアを招き入れた。


 「お疲れ様。仕事終わった? 」


コルネリアは首を横に振る。


 「いいえ。終わってはいないが、これ以上続けても埒が明かぬという事で人数が減らされた。私もその一人です。三日の休息を与えられました」

 「へー。そうなんだ。団長さんは? 」


 コルネリアが手すきになったという事は、団長さんとの面会も近いかもしれない。


 「あの人には引き続き働いてもらっている。こんな時でもないと仕事をしない人ですから」

 

 コルネリアは、少し嬉しそうに話した。

 ありゃりゃ。管理職も大変だ。


 コルネリアを居間に通し、管理人さんに飲み物を頼んだ。

 勧められた椅子に腰かけたコルネリアの視線は、ラナに向けられ、凍り付いたかのように微動だにしない。

 あっ、そっか。ラナさんの事を紹介しないと。

 コルネリアはこう見えても、人見知りが激しいからね。

 江莉香は、立ち上がろうとするラナを制止して椅子に座らせた。

 

 「こちら、ラナさん。ちょっと前に私が怪我させちゃったから、お詫びとしてお世話してるのよ。ラナさん。こちら、コルネリア・ヴァレッタ卿。魔法使いで、私の師匠にあたる方です」

 「ラナです。アルカディーナ様には、ご迷惑をかけています」

 

 ラナは、小さな声で挨拶をした。

 コルネリアはしばしの沈黙の後に口を開く。


 「・・・そうでしたか。私はコルネリア。エリカの・・・師匠と呼ばれるほどの事はしていない。友人です」

 「えーっ。師匠でいいでしょ。私、師匠って呼べる人に憧れているのよ」

 「私の弟子になると言うのなら、一日の大半は魔法の修練に励んでもらわねばならぬな」

 「うげっ。友達でいいです」

 

 江莉香の顔が面白かったのか、コルネリアが低く笑った。

 その後、コルネリアに問われるまま、ラナに対しての自分のやらかしを話すのだった。


 日が暮れるとコルネリアも交えての夕食となる。

 館の管理人さんが、腕によりをかけた料理を女四人で囲む。

 普段はここにエミールも交じるのだが、エミールは突然お腹が痛いと言いだし、部屋で休んでいる。クロードウィグは一人で食事をするのが好きらしく、普段から食事の輪の中に入りたがらない。

 江莉香の右隣にコルネリア、左隣にラナが座り、正面にはユリアが席に着いた。

 ひとしきり食事が進むと、コルネリアが面白いものを見せようと言い出した。


 「なになに」

 

 彼女は腰に結び付けた袋から何かを取り出した。

 テーブルの上に置かれたのは、五センチにも満たない小石であった。しかし、コルネリアの言葉通り、ただの石ではない。

 水晶のような半透明のその石は、夕暮れの室内で薄く緑色に光っていた。これまで見た事のない、神秘的な揺らめきを発している。


 「なにこれ、光ってる。コルネリアの魔法? 」


 光の魔法はコルネリアの得意とするところだ。石を光らせるぐらい訳ないだろう。


 「正しくは違いますが、魔力に反応する石です。エリカの腕輪と同じ、魔道具の一種だ」

 「へー。貴重なものなのね」

 「手に取ってみなさい」

 「うん」


 言われるがままに手に取って透かしてみると、少しだけ光が強くなったような気がした。

 私の魔力に反応しているのかな。


 「ラナ殿もどうぞ」


 コルネリアがそう言うので、左隣のラナに手渡した。

 ラナは戸惑いながらも手を伸ばし石に触れると、何の前触れもなく強烈な光が部屋を包んだ。


 「あっ」


 目の前でフラッシュをたかれたように、視界が真っ白になる。

 江莉香は反射的に両眼を閉じてのけぞり、ラナは手にした石をテーブルの上に落とした。


 「やはりか」


 コルネリアの大音声が響き渡ったかと思うと、猛然と走り込んでくる誰かの足音が聞こえ、隣で食器が吹き飛び、皿が割れる音が鳴り響いた。

 瞬きを繰り返して、なんとか視界が戻ると、眼前でエミールがラナを組み伏せていた。

 ラナの顔はテーブルに押さえつけられ、小さくうめき声を上げる。


 「ちょっと。エミール。何してるのよ」


 状況が理解できずに、席を立とうとするが、強い力で抑え込まれた。


 「えっ、ちょ」


 両肩が、分厚くごつい手に押さえつけられている。

 首を上に上げると、どこに潜んでいたのか、音もなく背後に現れたクロードウィグに押さえつけられ、身動きが取れない。


 「なに、放してよ」

 「落ち着きなさい。エリカ」


 突然の仕打ちにパニック寸前に陥る江莉香の右隣から、いつもの冷静な口調が飛んできた。


 「なに、何の冗談。聞いてないんですけど」

 「今から説明する」


 コルネリアは真っ直ぐに江莉香を見据えていった。


 「エリカ。聞きなさい。このラナと名乗っている女だが、彼女は・・・」


 言葉が一度途切れる。

 そして小さく息を吸い込むと、はっきりとした声で言い放った。


 「この女は謀反人だ」


 コルネリアの瞳が、魔力でも帯びているかのように光って見えた。



                 続く

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