第144話   ベンチマーク

 予定が完全に狂った江莉香は、次の行動を考える。

 若殿とセシリアに挨拶するのは三日後の予定だし、このまま滞在している館に戻っても、特にすることがない。

 

 「どうしようかな」


 貧乏性の江莉香は、腕を組んで考え込む。

 このまま観光をしてもいいんだけど、遊びに来たわけではない。

 ギルドの仕事が忙しい中、エリックが無理して送り出してくれたのだから、時間が空いているなら、ニースの役に立つことをしよう。

 王都で出来る事を考えると、簡単に一つの答えにたどり着いた。

 

 「よし、砂糖を売っているお店に行こう」


 王都での砂糖取引の実態を、自分の目で見ておくことは、今後の運営のヒントに繋がるかもしれない。

 その為にも王都での、砂糖の小売価格を見ておかなきゃ。

 前に王都に来た時に、砂糖を買ったお店があったわね。そこに行ってみよう。


 江莉香は思考をサッと切り替え、一行は王都を北から南へと縦断し、港に隣接している市場へと向かった。

 

 「たっか」


 一年ぶりに訪れた砂糖のお店で、値段を聞いたのだが、奇しくも一年前と同じセリフを口にした。

 あれ? こんなに高かったっけ。

 もう一度、サンプルとして出された砂糖に視線を向ける。

 白い。

 うん。白い砂糖だ。

 ニースで作られている砂糖は不純物が混ざっているため、色がもっと茶色いのよね。品質は負けているように見える。と言うか負けているだろう。

 砂糖の精製レベルは、王都の砂糖の方に一日の長があるようね。

 ニースの砂糖にはまだまだミネラル的な、苦みの成分が混ざっている。身体にはよさそうだけど、甘さの勝負では純白の砂糖には敵わない。

 しかしながら、価格勝負ではニースが圧倒的に勝っている。

 こんな価格では砂糖を買える人は、一握りのお金持ちだけだ。

 王都は国中のお金持ちが集まるから商売になるんだろうけど、一般市民には手が届かない贅沢品ね。

 白砂糖に比べて精製の度合いが低い黒砂糖も売っているが、こちらの値段も高い。白砂糖より幾分かは安いけど。


 値段は高いが、別に彼らがぼったくりという訳ではないと思う。

 遠い南の国から船に乗って、どんぶらことやって来る王都の砂糖は、生産者と消費者の間に多くの中間業者が入っているのだろう。生産から販売まで一括で行っているニースのアドバンテージは桁違いだ。

 そして、一番の違いは王都の砂糖の価格は時価なのよね。毎日小刻みに販売価格が変わるみたいで、管理が大変そう。 

 この市場に安価で定額制のニースの砂糖が乱入したらどうなるだろうか。

 恐らくこのお店をはじめ、あらゆる砂糖のお店は潰れる。そして、王都の砂糖ギルドは怒髪天を衝いて報復に出るだろう。

 仮に王都とニースで砂糖戦争になったらどうなるかな。

 資金と人脈と権力では王都の圧勝だけど、利益率ならニースの圧勝だ。

 店員と値段の話をしながら、江莉香は物騒な事を考える。


 うーん。純粋な市場勝負なら勝てそうね。

 質は劣るけど、価格では圧倒的に勝っている。

 品質を向上させる余地のあるニースの砂糖と違い、王都の砂糖は価格を簡単には下げられないだろう。

 流通を押さえているだけの王都のギルドに比べて、こっちは生産から流通まで押さえているから、生産者の状況に影響されるような外部リスクも低い。

 純粋な総合力で言えばニースが上ね。

 こっちから仕掛ける気はないけど、向こうさんが資金と権力に物を言わせてニースに何かを仕掛けてきても、充分に反撃可能な気がする。

 少なくとも、ただではやられない。強烈な一撃を相手に喰らわせることが出来るはず。

 その事を先方が理解してくれたら、共存できるんじゃないかな。


 江莉香は核武装を目指す、小国の独裁者みたいなことを考えながら、白い砂糖を少しだけ購入した。

 ニースに持って帰って、砂糖作りをしている人たちにも見せよう。

 目指すゴールは口で言うより、実物で見た方が理解も深まる。この程度の出費は必要経費よね。それにしたって高いけど。

 早くこのレベルで精製できるようになりたい。


 江莉香が砂糖の店から出てくると、市場を見ていたユリアが駆け寄ってきた。


 「エリカ様。エリカ様。向こうの露店でカマボコが売っていますよ。私たちが運んだものではないでしょうか」

 「えっ、ほんと。どこどこ」


 運んできた蒲鉾は昨日のうちにドーリア商会に引き渡しているから、市場に並んでいてもおかしくはない。是非とも見ておかなくては。


 「こちらです」

 

 ユリアに腕を取られ、露店の一つに案内される。そこには赤いアカカマドの葉にくるまれた蒲鉾が並んでいた。


 「ほんとだ。蒲鉾だ。おじさん。これ幾ら」


 江莉香は並んでいる蒲鉾を指さす。

 自分が開発した品物が商品として、お店に並んでいるのを見るのは嬉しいものだ。


 「これかい」


 露天商は素早く江莉香に視線を這わせると、蒲鉾を一つ手に取った。


 「うん。それそれ」

 「そうだな。一つ銀貨2枚でどうだ」


 想像の三倍の値段を言われた。塩漬けの魚よりも高いと思う。


 「高い。銀貨2枚は高すぎる。どうしてそんなに高いのよ」


 小娘と侮って足元見てるわね。貴方は知らないでしょうけど、こっちは卸元なのよ。卸金額を知ってるんですからね。騙されないわよ。

 大体、そんな高値で販売されたら、王都の人が蒲鉾の味を覚えられないでしょうが。味が覚えられなきゃ、広まりようもない。


 「これは、遠い国から伝わった世にも不思議な魚のハムなんだ。王都でも滅多に口に出来ない珍味だぞ」


 どうしてやろうかと思案していると、おじさんが適当な作り話を始めた。


 何を言い出すかと思えば。ニースは王都から遠いけど同じ国でしょ。

 おじさんのほら話に、隣で聞いていたユリアが抗議しようと口を開きかけるが抑える。

 面白そうだから少し黙って聞いてみよう。

 興味を引けたと確信したのか、おじさんは見て来たかのように蒲鉾の魅力を語ってくれた。

 やれ、遠い国の秘伝の製法で作られているだの。どこかの貴族のお墨付きが付いているだの。内容は嘘八百だけど、褒めてくれるのは正直、悪い気はしない。


 「凄いハムなのはわかったけど、それでも銀貨2枚は高すぎるわよ。そんな値段じゃ誰も買わないでしょ」

 「そんなことはない。欲しがる客は多いぞ」

 「本当かな」

 「疑り深いな」

 「どんな人が買うの」


 高いから購入層は限られる。庶民には手の届かない品物になってしまっている。


 「そうだな。メウロウに住んでいる連中や、ミナーレの金持ちなんかも買ってくれる」

 

 聞いたことのない単語が出てきた。話の流れから言うと王都の地名かな。


 「ふーん。どれぐらい買ってくれるの」

 「変な事を聞く奴だな。そんなこと聞いてどうする」

 「いいから。答えてくれたら一つ買ってあげる」

 「銀貨2枚だぞ」

 「うん。女に二言はないわ。その代わり嘘は駄目よ」


 江莉香は腰に手を当てて宣言した。


 「小娘が偉そうに。まぁ、いい。買ってくれるなら俺も正直に答えよう」


 おじさんが手を差し出す。

 前払いか。しっかりしてるのね。

 江莉香は腰のポーチから、アス銀貨を取り出して渡した。

 予定外の買い物だ。


 「毎度。本当に買うつもりだったのか。少しでも渋りやがったら、怒鳴って追っ払おうと思っていたんだがな」


 おじさんは笑顔で物騒な事を言い放つと、蒲鉾を一つ手渡してくれた。

 自分で作って売った品物を自分で買うという、一見無駄な行為だけど、生の情報料と思えば悪くない。

 収めた品物の検品と思って、夕飯にでも食べよう。


 「で、実際はどんな感じ」

 「・・・言いたかねぇが仕方ない。約束は約束だ」


 露天商が肩をすくめた。

 これは、芳しくない返答が飛んでくるわね。覚悟しよう。

 江莉香はお腹に力を入れた。

 よし、こい。


 「正直、あまり売れないな。味は慣れれば悪くないんだが、初めて食うと奇妙な感じだ」

 「ふんふん」

 「味が薄いのもあるが、見た目も普通のハムとは違う」


 それは、蒲鉾を作った時から感じてた。

 私のお手製蒲鉾だもんね。商品としての完成度は低い。


 「たまに、客から食べ方を聞かれるんだが、俺もよく分からん。パンにのせて食べてもいいが、余り美味いとは思えん」

  

 確かにそれは一理ある。と言うか、蒲鉾はパンにのせて食べる物じゃないわよね。

 うどんとかお蕎麦に合わせるもの。


 「なにより数が少ない。俺もたまに仕入れるぐらいだ。卸値も安いとは言えんしな。進んで売りたい品物じゃねぇよ。実際」


 かなりのぶっちゃけトークだった。耳が痛い。

 内陸のオルレアーノとは違い、海沿いの王都では新鮮な魚介類も豊富だろう。蒲鉾の商品需要は予想以上に低いのかもしれない。

 そこまで考えていなかった。しかし、一つ疑問がある。


 「ならどうして仕入れてるの」

 「まぁ、それを気に入っている客が少しいるからな。常連客の為だ。後は付き合いさ」

 「付き合い。誰と」

 「そこまでは言えねえが、俺ら露天商にも色々あるのさ」


 ああ、なんとなく分かったかも。

 ドーリア商会との付き合いで、買っている部分があるのね。

 下請けに在庫を押し付ける、悪い親会社の図式が頭をよぎった。

 これは、なかなか難しい問題ね。

 今のニースには砂糖という大黒柱があるから、蒲鉾は売れようが売れなかろうが、正直どうでもいいんだけど、もしも、何かの拍子に砂糖の商売が頓挫したときの為に、保険として蒲鉾作りは続けていきたい。

 蒲鉾が一つの産業として確立すれば、漁業を生業としているモンテューニュ騎士領の人たちの生活も向上するだろう。

 これは、いい機会だから真剣に検討しないと。

 私の領地にも関わる問題だ。

 

 「教えてくれてありがとう。私も考えてみるね」

 

 おじさんに手を振って露店を離れる。

 後には意味が分からないと、眉をひそめる露天商が残された。

 

 

              続く

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