第72話 人夫集めとプギル
ニースの村の代官を務めるエリックが一年で一番忙しい時期がやって来た。
村の畑は一斉に収穫に入りどこもかしこも忙しい。
今年は天気に恵まれ、村の麦畑も金色の穂先が風に揺れている。この冬の食料は十分に確保できそうで、代官としても一安心だ。
そして、8日後に迫った軍団の合同訓練への準備がある上に、今年はそこにギルドの運営が重なり朝から晩まで村中を駆けまわっていた。
ギルドはエリカや教会、ドーリア商会が助けてくれるので、彼らの話を聞いて許可を出すだけに徹し、収穫の量の確認と蒐への準備に専念していた。
「若。馬の準備は終わりました。それと連れていく人夫ですが、フロマの奴が足を怪我しました。長い距離は歩けません」
蒐に持っていく兵糧を入れた袋の数を数えていると、ロランが報告を上げる。
「どうしたんだ。大丈夫なのか」
「屋根から落ちた時に足を強く打ったらしく、真っ赤に腫れ上がっとりました。骨は折れてはいないようですが、連れていくのは無理です」
「やれやれ、忙しい時期に。フロマの次は・・・・」
「順番で行くとハッティですが」
労役などを課せられる順番は、あらかじめ村で決められているが、必ずその通りに動けるわけではない。
「駄目だ。ハッティの所は親父さんが倒れたから手が足りない。そうなるとダグザの所だが、あいつの畑、刈り入れの順番が一番最後なんだ。ついてない」
エリックは頭を掻いた。
また、問題発生だ。
村の畑は村人総出で刈り取るため、くじ引きで順番が決められている。ダグザの畑が終わるまで待っていられなかった。
「欠員が出ると罰せられますが、どうします」
労役は税の一種でもあるため勘定方から村ごとに出す人夫の数は決められている。勝手に減らすわけにもいかない。
だが、心づもりの出来ていない者をいきなり連れて行こうとすれば必ず揉めるだろう。収穫の時期はどこも人手不足なのだ。
どこかに動かせる人間はいないものか。
「そうだ、クロードウィグを連れて行こう。あいつなら誰からも文句は出ない」
良案とばかりにエリックは手を打った。
「奴は奴隷ですが」
ロランが懸念を表す。奴隷は売買され自由はないが税を割り当てられることはなかった。正確に言えば税を納める資格がなく、付随して保護や訴えなどの権利もない。
「私が代わりに収めたことにすればいいじゃないか」
クロードウィグを使うと持ち主のエリックが税を納めたことになる。
「よろしいのですか」
「フロマには足が良くなったら身体で払ってもらうさ。やってもらいたいことは山ほどある」
エリックが肩をすくめるとロランは苦笑いで同意した。
確認を終えた兵糧を荷馬車に積み込むと、遠くから声が聞こえる。
「エリック。見て見て」
羽黒に跨ったエリカが近づいてくる。
彼女は膝まである真っ白な外套に腹まである黒のポータロンを纏っていた。
ドーリア商会に注文していた衣装が届いたようだ。
「似合うじゃないか」
「ほう。まるで女騎士のようだ」
「でしょ。我ながら上手く注文できたわ」
上機嫌のエリカは手綱を引いてその場で羽黒を反転させると白い外套の裾がふわりと舞った。
初めのころに比べると乗馬もかなり上達している。
「準備が出来たなら2、3日の内に出発するぞ」
「えっ、蒐は確か水の日だから・・・・8日後よ。早くない?」
蒐が行われるのはオルレアーノ近郊の草原だ。毎回そこで行われる。
「天気がいいうちにオルレアーノに着いておきたい。蒐に遅参すると厳罰だからな」
「厳罰ってどれぐらい」
「鞭打ち5回の刑だ。その日と次の日は痛みで眠れん」
ロランが刑罰を伝えるとエリカが顔をしかめた。
「嫌よ、そんなの」
「だから、余裕をもって早めに出発するんだ。そのつもりでいてくれよ」
これで、大体用意はできたな。
エリックは文字通り一息ついた。
出発の日の朝。村中の者が見送りに来たので広場は人であふれていた。
「皆さんに神々のご加護がありますように」
教会でメッシーナ神父から安全と無事の祝福を受け、いよいよ、出発となる。
「エリック。気をつけて」
「兄さま。言ってらっしゃい」
アリシアとレイナが馬上のエリックに声を掛ける。
「はい。行ってまいります」
エリックの号令で蒐に参加する者たちが動き出した。
総勢23名。乗馬用の馬8頭と2頭引きの馬車3台。
この中で、軍団兵と呼べる兵士はエリックとエミールの二人だけだ。残りは予備役のロランと補助兵として猟師の親子、労役を課せられた人夫が16名。これがニースに割り当てられた人数だ。この中にクロードウィグを怪我で行けないフロマの代りとして捻じ込んでいる。
そして、ニースの花形と言えばこの二人だろう。
魔法使いのエリカとコルネリア。
どこの村に二人も魔法使いを出せる村があるだろうか。一人でも無理だ。それなのに二人も。エリックとしても鼻が高い。
軍団では魔法使い一人で百人隊、一個分として数えられるのだ。ニースは今年、二百人以上の人を出したことになるだろう。
二人とも揃いの真っ白な外套に黒のポータロン。腰に小さな短刀を差し、コルネリアは白い杖を乗馬に括り付けている。
一目でわかる存在感を放っていた。
出発の前日。
江莉香はご機嫌だった。
モリーニに注文したコートの出来は上々だ。
鹿革のコートは柔らかく身体にフィトする上、肩や胸の部分には注文していない金属板が埋め込まれており、ちょっとした防弾チョッキみたいね。戦争用の服だから、これはこれでいいか。
そして、コルネリアが一緒に来てくれるのは心強い。しかも、鐙を使う仲間も増えた。
コルネリアも馬で行くのだが、普段乗っていない為、腕前は江莉香よりましといった程度だ。自分と大差ない腕前ならきっと気に入ると思い鐙を勧めてみる。すると大変気に入り使ってくれることとなった。初めて鐙の良さを理解してくれる人がいて嬉しい。
なんか、エリックとロランは鐙を自転車の補助輪みたいな扱いするんだもん。一人だけ補助輪付きは恥ずかしい。仲間がいてくれるのは有難い。
そうだ、向こうに着いたらセシリアにも勧めてみよう。きっと気に入ると思う。
「エリカ。少しいいか」
書斎からエリックの声が聞こえる。
「はいはい。なに」
書斎のデスクに腰かけたエリックの前に出ると、彼はごそごそと何かを取り出した。
「蒐にはこれを身に着けていけ」
そう言うと30㎝ぐらいの筒状のものを手渡される。
「なにこれ」
「プギルだ」
「なにそれ」
固有名詞を言われてもわかんないわよ。普通名詞でお願い。
「護身用の剣だな。小さくて軽いから女でも使える」
「けぇんー。いらないわよ」
我ながら、うんざりした声が出た。
戦で魔法使いが剣を振るうようになったらおしまいだとコルネリアは言う。その通りよね。大体剣で人に斬りつけるなんて想像もつかない。
「人が大勢集まるんだ。何が起こるか分からない。護身用に持っておけ。女の守り刀として使うものも多い。こっちはコルネリア様用だ。渡しておいてくれ」
もう一本同じようなものを差し出した。
「私使ったことないですけど、こんなのいるの」
「無防備の女と小さいくても剣を持っている女、どっちが襲われやすいと思う」
エリックはいつになく真剣な面持ちで言った。
「オルレアーノの街中で剣を振り回している馬鹿を見ただろう。あんな奴がいるかもしれない。軍団兵はみんな何かしらの武器を持っているんたぞ」
「それは分かるんだけど」
「邪魔にならない大きさだ。革紐を通して見えるように身に着けるんだ。懐に隠し持ってたって意味無いからな」
手渡された短刀の鞘を払ってみると、片刃の短刀が出てきた。エリックの言う通り包丁より重い程度だ。これなら私でも振り回せるかな。映画とかでシュワちゃんが口にくわえているサバイバルナイフみたいだ。これって敵の後ろからこっそり忍び寄り一撃で喉元をかっ斬る奴よね。
「ありがとう。一応貰っとく」
「使わないに越したことはないけどな。プギルで敵を倒すのは難しい。慣れていないとまず無理だな」
「じゃ、何に使うのよ」
必要だって言ったり使えないって言ったりどっちなんや。
「手出しされないようの脅しだな」
「はあ、まあ、リンゴの皮をむくのには便利かな」
これを抜くことはないと思うけど、エリックも心配してくれていることだし素直に受け取っておこう。
続く
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