第36話   宴会

 ニースの村には宿が無い。

 そもそも、街道が通っているわけでもない小さな村に訪れる旅人など稀だ。

 宿が無い村での宿泊先は教会であることが多いのだが、ニースの村では外からの旅人は代官の家に招いて村人を集め、外の世界の話を聞くのが先代のブレグからの習慣となっていた。

 これは娯楽の少ない村では楽しみにしている者が多く、女子供も含めて多数の村人が集まった。

 初夏のさわやかな風に汗が引いていく夕暮れ、シンクレア家の庭にはかき集めたテーブルを並べられ、質素ながらも新鮮な魚介類の料理が並んでいた。

 村の倉庫から備蓄していた葡萄酒が樽ごと引き出され、見る見るうちに村人たちの喉を潤していく。

 会話の中心は客人のモリーニだ。彼の周りを村人たちが取り囲む。

 北の地方を回っているとの話だったので話題も自然とドルン川の向こう側。北の大地の話となる。そこに住んでいる人や村、食べ物や動物。そして伝説。


 「そいつは本当かい。モリーニさん。馬に角が生えてるなんて初めて聞いたぞ」

 「本当ですよ。満月の夜にだけ現れるそうです。大きさも普通の馬の倍以上あり、そのしなやかな身体は銀色に輝くそうです。足も速く一日で1000ファクサを駆けるとか。しかし、気位が高く乗りこなせるものはいないと言うことです」

 「あんたは見たのかい。その角の生えた馬を」

 「残念ながら直接見たことはありませんが、馬からとったとされる角は見ましたよ。その家の家宝として大切にされていました。長さはそうですね。これぐらいでしたね」


 モリーニは両手で身体の幅ほどの長さを示した。


 「そんな本当に馬がいるんだな。神父様は知ってたかい」

 

 村人が少し離れた場所で葡萄酒を口にしていたメッシーナ神父に声を掛ける。


 「そうですね。古の聖人ラナが布教の旅に出た時、北の深い森で道を失いました。その時に頭に角をはやした白馬に助けられたと言う伝説がありますね。馬の名はユニティアテス。以後、彼女の愛馬となったそうですよ」

 「そうです。その馬ですよ。向こうではユニコーンと呼ばれています」

 「はぁ。聖人様なら乗れるのか」

 「なら。うちのエリカ様なら乗れるんじゃないかい」

 「おう。そうだな。エリカ様なら。角の生えた馬に乗れるんじゃないですかい」


 村人が葡萄酒を注いで回っていた江莉香に声を掛ける。


 「無理よ。ユニコーンどころか普通の馬にも乗れないのに」

 「でも、聖人様なら女でも乗れるんでしょ」

 「聖人じゃないから無理。ただの行き倒れの可哀そうな女中よ。毎日、ご主人様の無理難題に泣いて暮らしているわ」

 

 江莉香の言葉に村人たちは大笑いを始めた。


 「そいつはひでぇな。若様。嫁さんは大事にしてやらんと」


 モリーニの隣に座っていたエリックに視線が集まる。


 「嫁じゃない。無理難題に泣かされているのは俺の方だぞ。あれが欲しい。これが作りたいから小屋を建ててくれだからな。今のうちに言っておくが、まだまだ増えるからな」

 「おいおい、もう尻に敷かれてるよ」

 「まぁ、相手がエリカ様ならしょうがねぇよ。確かに色々建てるからな。二台目の水車を建てるってときはロランの奴が渋い顔してたぜ」

 「なによ。村のためにやってるんでしょ。そんなこと言うともうやらないわよ」

 

 江莉香も笑いながら村人たちに葡萄酒を注いでやる。


 「こりゃどうも。エリック様。どうしやす。エリカ様はご立腹ですぜ」

 「すまん。この通り。村のために協力してくれ。なんでもするから」


 葡萄酒が回って赤ら顔のエリックが大げさに会釈して見せる。


 「何でもしてくれるんだ。へぇー。それじゃあねセシリアが持ってたようなガラスの手鏡が欲しいわ」


 江莉香は指で空中に手鏡の形を描いて見せた。


 「お嬢様がもってたガラスの手鏡? あんなものどこに売ってるんだ。王都か」

 「こいつは大変なことになりましたね。若。銀貨いや金貨がいるかも」

 「エリック様お任せください。私が手配いたしますよ。ガラスの手鏡。まぁ金貨とは申しませんが、それなりの銀貨をご用意ください」


 モリーニがドンと自分の胸を叩く。


 「銀貨数枚だとよ。エリカ様は金のかかる女だな」


 また。笑いの輪が広がる。

 こうして宴会は星が瞬く時刻になるまで続くのだった。



 翌日。用意した蒲鉾の入った木箱をモリーニの荷馬車に積み込んでやる。


 「エリカ様。ありがとうございました」


 モリーニは丁重な礼を江莉香に送った。


 「いえいえ。こちらこそ。買いに来てくださる人がいるなんて感謝します。どれぐらい売れたか、また教えてください」

 「わかりました。必ず。他に何かご入用の物はございませんか。行商人の性なのですが、手ぶらで来るよりは何か品物を積んで来たいので」

 「そうですね。あっそうだ。それならノルトビーンをお願いします」

 「ノルトビーンですか。確かここ辺りの村では沢山作っているはずでは」


 モリーニは首をかしげた。

 普通、村回りの行商では村で用意できないものを商うものだ。


 「それはそうなんですけど。ちょっと入用で。あればあるほど嬉しいです」

 「お急ぎですか」

 「急いではいませんが、早いに越したことはありませんね」

 「わかりました。ほかの行商仲間にも声を掛けておきましょう」

 「いいんですか。そんなことしたらモリーニさんの稼ぎが減るんじゃありませんか」

 「いえいえ。その代わりに私を贔屓にしていただければ充分ですので。また何か御用命があればぜひとも私に」

 「なるほど。わかりました。それではお願いします」

 

 江莉香はモリーニに手を差し出して握手した。

 村人たちに見送られモリーニは馬車を走らせた。荷台には作られたばかりのカマボコが木箱いっぱいに入っている。

 村はずれまで来た時モリーニから言葉が漏れる。


 「本店の奴らが何を慌てているのかと思ったが、こりゃ当然だわな。伝説の女商人リリアナ・スフォルティアの生まれ変わりじゃないか。今のうちに渡りをつけておけば大儲けできるかもな」


 モリーニはドーリア商会に所属している行商人だ。

 先日、オルレアーノの支店の者にニースの村と、そこに住むエリカという名の女の事を調べてほしいと依頼されたのだ。

 本店の話によると、おそらく有力者の娘だろうとの事であったが、まさか村の代官の所で女中をしているとは思わなかった。

 そして、昨夜の宴会で、それとなくエリカの事を探ろうとしたが必要なかった。誰もが進んで彼女の事を教えてくれる。曰く。異国のお姫様だ。魔法を使う聖女様だと、荒唐無稽な話の中にカマボコを作ったり、その材料となる魚をたくさん獲れる方法を教えてくれた、などの聞き逃せない話が混じっていた。

 そして、大量のノルトビーンの注文。彼女が何かを企んでいるのは明白だ。

 金になるかならないかは別にして本店の意向のためにも一枚噛んでおくべきだろう。

 そして、モリーニの行商人としての直感は。

 

 「儲かる匂いがするな」


 モリーニは上機嫌で荷馬車を走らせた。



 モリーニと入れ違いにロラン親子が王都から帰ってきた。

 

 「ご苦労だったな。二人とも。問題なかったか」


 エリックは書斎で親子に声を掛けて労った。


 「はい。若。滞りなく終わりました。カマボコも全て買い取ってくれたので。これが、その代金です。全部で銀貨47枚になりました」


 ロランは金の入った袋を差し出す。

 エリックが袋を開くと中から多くの銀貨が出てきた。


 「これは凄いな。モレイ氏は何と言っていた」

 「また。売りに来てほしいとのことです。他にはこちらが用意できる品物はないかとも仰っておりましたよ。若に聞いておきますと答えておきました」

 「こちらが欲しい品物か。何かあるかな」

 

 ほしい物ならいくらでもあるが、わざわざ王都の商会に頼むものでもないだろう。


 「品物より、今は人手が欲しいかな」

 「人手ですか」

 「ああ。お前たちがいない間に、丘にため池とビーンの畑を作る作業を始めたんだ。完成までにかなり人手がいるからな」

 「なるほど、それならば奴隷でも買いますか」

 「駄目だ。それは駄目なんだ」


 ロランの言葉にエリックは慌てて手を振って拒絶した。


 「なぜです。オルレアーノの奴隷市でならその金額で10人ぐらいなら買えますぞ」


 ロランが机の上の銀貨を指し示す。


 「実はオルレアーノで奴隷の親子を買って来たんだが」

 「すでに買われていたのですか。それが、なにか」

 「エリカが怒った」


 エリックの額に汗がにじむ。


 「エリカが怒った? なぜです」

 「奴隷を使うのが気に入らないらしい。それでなんだが、怒った勢いでまた魔法を使った。今度は風の魔法だ」

 「なんと」

 「本当ですか」


 ロラン親子に驚きが広がる。


 「本当だ。村中に響き渡る音だったよ。村中大騒ぎになった」

 「エリカは魔法を使いこなせるようになったと言うことですか」

 「いや。本人が言うには使いこなせるわけではないらしい。なぜか使える。私が買ってやった腕輪の力とも言っている」

 「腕輪とはエリカがいつも身に着けているあれですな。しかし、腕輪の力とは、わかりませんな」

 「私もだ。魔法について詳しいものは村にはいないからな。それで、今買ってきた奴隷はしょうがないが、それ以上は絶対に増やすなと言われたんだ。増やしたら協力しないとも。だから、すまんが奴隷は増やせない」

 

 エリックの言葉にロランは唸った。


 「良く分かりませんが、奴隷は使えないと言うことですか」

 「そうなる」

 「それで、エリカ様はどうですか」

 「どうとは」

 

 エリックはエミールの質問を聞き返した。


 「魔法使いになられたのですよね。何か変わりは」

 「なにも。いつも通りの態度だ。まぁ。エリカは魔法をまったく有難がらない変な女だからな。セシリアお嬢様の前で魔法は役に立たないと言った時は耳を疑ったよ」

 「魔法が駄目なら、何なら有難がるのですかね」

 「わからんな。奴隷は嫌いみたいなことだけは分かった。いや、奴隷が嫌いというよりかは、奴隷を買う人間が嫌いみたいだな。すさまじい剣幕だったよ」

 「人手がいるのに奴隷は駄目ですか。エリカにも困ったものですな」


 ロランは腕を組んでため息をついた。


 「いや。いいんだ。エリカと奴隷ではどちらが大事か言うまでもないからな。そうだ。ロラン。エリカに馬を見繕ってくれないか。乗馬を覚えたいらしいから」

 「乗馬ですか。わかりました。大人しい馬がいいでしょうな」

 「頼んだよ」


 乗馬の方法もロランに教えてもらうと良いだろうな。

 エリックがそう思考しているとエミールが前に出て筒状の物を差し出した。


 「エリック様。セシリア様からこれをお預かりいたしました」

 「えっ。ああ。ありがとう。手間をかけさせたな」

 「いえ。とても喜んでおいででした」

 「直接会えたのか」

 「はい。お嬢様から直接これを手渡されました」

  

 この形状明らかに手紙だな。贈り物だけではなく、やはり何か書き添えておくべきだった。 

 エリックは反省しながら手紙を受け取った。


 「二人とも王都行ご苦労だったな。これは手間賃だ。とっておいてくれ」


 エリックは机の上の銀貨から3枚づつ親子に手渡すと手紙を引き出しにしまった。


             

                     続く

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