第34話   開墾

 エリカが魔法を使った日の夕刻。

 エリックは書斎でペンを走らせる。

 エリカが再び魔法を使ったのだ。覚悟はしていたがやはり魔法使いだった。

 この事は一刻も早く王都のフリードリヒに伝えなければならない。

 しかし、どう伝えたものか。前半の挨拶を書き終えるとペンが止まってしまった。

 エリカが言うには魔法を使ったのはエリカ自身というより自分が買ってやった腕輪の力だと言うことだ。この場合エリカが魔法使いなのかそれとも腕輪が魔法使いなのかエリックには判断がつかない。

 エリカの予想ではあの腕輪を装着すればだれでも魔法使いになれるかもしれないとの事だ。魔法には詳しくないがそんなことがあり得るのだろうか。

 おとぎ話に騎士が魔法の剣を携え竜退治をするものがあるが、それと同じものだろうか。お話では騎士の武勇と魔法の剣の力で人間には出せない力を発揮するが、あの話が本当なら魔法使いはエリカではなく腕輪と言うことになる。


 「憶測を書いても始まらないか。ありのまま書くか」


 自分が見たものとエリカの感想だけ書くことにした。腕輪に関しては正直分からないとしか言いようがない。

 フリードリヒ宛の手紙を書き終えると、もう一枚手紙を書きだす。

 セシリアへの手紙だ。

 こちらには自分やエリカの憶測も含めて書けることを唯々書き連ねていく。しかし、紙は貴重だ。お蔭で分量が倍以上になってしまったため後半に行くにつれどんどん文字が小さくなり文字列の間は小さくなっていく。

 そして書いていて気が付いた。

 聞いた話によると恋人には愛を綴った文を送るらしい。

 

 「どうしよう。やはり、愛している。とか書くべきなのだろうか」


 ペンが再び止まる。

 しかし、ここまでエリカの魔法についてしか書いていないのに、いきなり愛の告白を書きだすのもどうなのだろうか。なんというか、後付けみたいな感じがする。

 今思えばどうしてエミールに持たせた贈り物に一言添えなかったのだろうか。その方がセシリアも喜んだだろうに。

 考えた末、末尾にわずかに書くことにした。

 そして書いてみてわかることがある。


 「どう書いても、この思いは書き表せないか」


 一通り読み返した後封をする。

 明日にでもフレジュスの港町に届けよう。あそこからなら王都行の手紙を扱う飛脚がいたはずだ。


 「若殿はエリカをどうなさるおつもりだろうか」


 まず確実にセンプローズ一門のクリエンティスに迎えるだろう。

 魔法使い一人をクリエンティスにするのは有力商人一人と同じかそれ以上のはずだ。王都かオルレアーノのどちらかに呼び寄せるかもしれない。そうなるとここまで順調に進んでいるニースの村の発展にエリカの力を借りられなくなるだろう。


 「行かないでほしいが、頼むべきなのだろうか。しかし、エリカは協力すると約束してくれた。今更それを言うのは信頼していないと思われるかな」


 二つの手紙をもてあそびながら、エリックは思案を続けるのだった。



 朝になるとエリックは漁師の一人に手紙を届けるように頼むと、奴隷たちにあてがった小屋に向かった。

 小屋の前では黒い女中服の女が中を窺っていた。


 「エリカ。どうしたんだ」

 「うん。奴隷の人とお話ししようと思って」

 「まだ、不用意には近づかない方がいい。父親の方が危害を加えるつもりになれば大変なことになる」

 「うん。なんて声かけたらいい」


 エリカの返事は話を聞いている様で聞いていない返事だった。


 「無理はしない方がいい。初めの内は俺が指示を出すよ」


 エリックは小屋の扉を開けた。


 「今日から働いてもらうぞ。割り振りはどうする」

 

 奴隷の親子を小屋の外に並ばせる。


 「そうね。まず名前を教えてくれるかな」


 そう言うとエリカは子供の前にしゃがみこんだ。

 子供はおびえたように母親の手を掴む。

 

 「私はエリカよ。貴方のお名前は」


 笑顔で子供の顔を見上げる。


 「ネルヴィア・・・・です」

 「ネルヴィアね。女の子? 」

 

 ネルヴィアと名乗った子供が頷く。


 「あなたは男の子ね。お名前は」

 「トレヴェリ」

 「トレヴェリとネルヴィアか。やっぱりここ辺りの人の名前と少し響きが違うのね」


 一人で納得したように続いて母親からゼネイラという名前を聞き出し最後に父親の前に立った。

 父親はしばらく沈黙していたがエリカの視線に根負けしたように口を開く。


 「クロードウィグ」

 「クロードウィグ。強そうな名前ですね」


 父親の名前に大げさに反応して見せると、父親の方からその続きを話し出した。


 「高貴なる戦士という意味だ」

 「おお。凄い名前。名前負けしてない所がさらに凄いわね。納得したわ」


 父親はエリックが聞いたときは答えなかったのに、エリカに問われると由来まで答えた。間近で魔法を見たから大人しく従う気になったのだろうか。

 エリカは笑顔のままクロードウィグに手を差し出す。握手をするつもりのようだ。

 奴隷と握手する主人はいないのだが、エリカにそれを言ってもしょうがない。


 「エリカ。北方民は握手しないぞ。こうやって腕を前に出すのが作法だったはずだが」


 エリックは右手を顔の前に出し肘を曲げて見せた。


 「こう? 」


 エリカがエリックの真似をして見せた。


 「そうだ。相手も同じようにして腕を合わせるのが正しい挨拶だったはず」

 「それは、戦士同士の挨拶だ」


 二人の仕草を見ていたクロードウィグが無表情に答える。


 「なるほど、スポーツのハイタッチみたいなものかな」

 

 エリカは一人で納得している。

 

 「とりあえず。ゼネイラとネルヴィア、トレヴェリは体調を整えて。そんなにやつれていたら何にもできないわ」

 「しばらく休ませると言うことか」

 「うん。身体が元に戻ったら改めて考えましょう。この小屋を人が住めるようにしないといけないしね」


 エリカは小屋を見回した。確かに人が住めるようには出来ていない。母子にはそれをさせるか。


 「では、クロードウィグは開墾に使うと言うことでいいな」

 「う、うん。気乗りはしないけど、しょうがないわ」

 「まだ、言ってるのか。昨日納得しただろう」

 「そんなこと言われても、すぐさま切り替えられないわよ」

 「わかった、わかった。クロードウィグ。ついて来い」


 ぶつぶつ言うエリカに付き合いながら二人が村の広場に差し掛かると、多くの村人が鍬や鋤を片手に集まっていた。


 「どうしたんだ」

 

 村人の一人に声を掛ける。


 「ああ。エリック様。おはようございます。神父様からエリック様がビーンの畑を切り開くから手伝ってほしい仰られましたので、みんなして集まりました」

 「それは、ありがたいが、いいのか。お前たちの畑もあるだろう」

 「はい。それはもう。エリカ様のお役に立てるなら構わんですよ」

 「村のためになるんなら、少しぐらい畑はほっぽってもかまわあしません」


 村人たちはエリカに向かってお辞儀をして見せた。


 「わぁ。ありがとうございます」


 エリカが喜んで飛び跳ねる。

 昨日の一件でこの村でのエリカの発言力は一段と高まったのだろう。

 もしかしたら、代官の俺より上かもしれないな。


 集まった村人たちを従えて、村はずれの丘陵地帯に足を踏み入れた。


 「この丘に畑を開こうと思うのだが、どうだろうか」


 先日、目星をつけていた場所を指し示すと、村人たちが散らばり見て回る。


 「日当たりは問題ねぇですが、水が近くにないと水撒きが大変ですぜ」

 「やはりそうなんだな。ため池も作る必要があるか」

 「ため池を作るなら雨水が溜まるように、あの辺がいいでしょうね」


 川と呼ぶにもおこがましいような小さな水の流れを指さした。

 やはり農作業は村人たちの方が詳しい。彼らの言うとおりにしよう。


 「エリカもそれでいいか」

 「うん。私。農業はさっぱりわかんないから。みんなのやり方に従う」

 「地面が乾いて砂っぽいから森から土を運んだ方がいいが、畑の形ができてからでいいでしょ」


 村人たちはさっそくため池作りに取り掛かった。

 まずは辺り一面に茂っている灌木と雑草を刈った後に鋤や鍬で地面を掘り返していく。

 そして、エリックの見立て通りクロードウィグの力は本物だった。

 掘り起こされた大きな岩も軽々と放り投げて見せるので周りからどよめきが起こる。


 「凄いな。さすが。銀貨10枚するだけの事はあるか」


 エリックも出てきた石を外に投げるが力の差は歴然だ。


 「おい。大男。石はため池の内側に敷き詰めるから一つにまとめとけよ」

 「すげえな。3人分か4人分の力だぞ」

 「北の連中はあんなのばかりだってか。くわばらくわばら」


 クロードウィグの活躍によりみるみる地面がへこんでいく。


 「どれぐらい掘るんだ」


 エリックが作業を取り仕切っている村人に声を掛ける。


 「そうですな。あまり深く掘っても水汲みが大変だ。腰ぐらいの高さでいいんでねぇかな。みんな、どうだ」

 「ビーンはそんなに水は要らねえから、いいんじゃないか」

 「足りなきゃ。また掘ればいいさ」


 村の男たち20人で作業した結果。僅か2日でため池の形が出来てきた。

 

 「後は周りと、ため池に流れ込む水路を作れば完成でさ。水路は真ん中のはそのままにして両側からも引っ張ってくれば、いいでしょ。雨が降った後どうなってるかでまた変えましょう」


 丘陵地帯の上部から中腹に向かって無数の水路を走らせ、それをため池に集めることとなった。

 こちらの方が時間がかかるだろう。

 開墾は始まったばかりだ。


                      続く

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