第33話   奴隷制度

 江莉香は教会を出たところで、今の事態に陥った原因を思い出した。

 視線の先、ちょうど教会とのお迎え、エリックの家の前で4人の親子が所在なさげにたたずんでいた。

 怒りの魔法暴発事件のため、怒りの原因のことがすっかり頭から抜け落ちていた。

 急いで4人の元に向かって歩き出した。

 

 「エリック。私は奴隷の人なんか使わないわよ」


 エリックより先を進みながら、わざとドスを利かせる声を出した。ただし、感情は押さえて。

 また怒りに任せて魔法をぶっ放したらどこかの国の乱射魔みたいになってしまう。


 「気に入らなかったか? 」

 

 エリックもなんとなく江莉香の怒りの原因が奴隷だと察知しているらしかったが、やはり根本的な認識に齟齬がある。


 「気に入らないわよ。でもね、あの人たちが気に入らないんじゃなくて、奴隷を使うことそのものが気に入らないの」

 「なぜだ。哀れだからか」

 「うーん。正確には違うけど、間違ってはいないわね」

 「俺は彼らにちゃんと食事を与えるし寝床も用意する。まして虐待したりはしないぞ」

 「当たり前でしょ。そうじゃなくてね・・・・・やっぱりうまく説明する自信が無いからいい」

 

 こちらの世界の人に現代日本の人権感を押し付けてもしょうがない。

 だが、私は絶対にこの主張を引っ込めたりしないぞ。こういうのをイデオロギーって言うのかな。

 こういうことは徐々に伝えていくしかないだろう。できるのかな。


 「では、彼らはどうするんだ。また売るのか」 

 「どうしてそうなるのよ。人身売買なんて嫌よ」

 「何もさせないで面倒だけ見るのか。使わないのなら持っていても仕方ないだろう」

 「持っていてもって、やっぱり物というか財産扱いなのね」

 「奴隷は財産だぞ。あの4人には銀貨12枚かかったからな」

 「銀貨12枚? それって高いの、安いの」

 「高かったのは父親の方だけだ。子供は安かった。母親の方は先に売れてしまったのを譲ってもらったから値が張ったが、本来はもっと安い」


 江莉香はエリックの話しに足を止めた。

 母親がなんだって。


 「先に売れた? あの家族ひとまとめで買ったのじゃないの」

 「ん、いや違う。最初買うと決めたのは父親だけだ。子供は売れ残っていたからついでに買った。離れ離れになってたら一生会えないだろうからな」

 「そ、そうね」


 予想外の裏話を聞かされて、江莉香は動揺した。


 「父と子がいるなら、母親もいると思って聞いたんだが、他の人に売れていたんだ。だから持ち主と直接話して2倍の金額で譲ってもらったんだよ。奴隷になったら家族と離れ離れになるのは避けられないが、あの奴隷は運がよかったな」


 自分で買っておいてエリックの話し方はどこか他人事だった。


 「運がよかったって。エリックは可哀そうに思って買ったのよね。そうよね。そうだと言って」

 「なんだ。まぁそうだな。子供も泣いていたし、まだ小さいからな。離れ離れになるには早いと思った。家族と一緒にいれば父親の方も大人しくなると思ったんだが」

 「うが」


 エリックの言葉の一つ一つが江莉香に突き刺さる。

 言葉の端々に突っ込みを入れたいが、離れ離れになる運命だった家族を一まとめにした基本的にはいい話。むしろ人道的なのかもしれない。

 家族が離れ離れにならないように一家まとめて奴隷として買う。

 あれ? 人道って何だっけ。

 

 「だが、売るとなると奴隷は一人一人競りにかけられるから、また離れ離れになるぞ。恐らくだが」

 「わかった。わかりました。降参。白旗。もう許して」


 さっき固めた決意が砂のように崩れていく。

 ああ、もうどうしたらいいんや。自分の決意の軽薄さに自分でもびっくりするわ。


 「何に降参したんだ」

 「使う。使います。あの人たちを。だがら売らないで」

 「開墾のために買ってきたんだ。エリカが使うのならそれでいい」


 エリック。貴方、日本でもセールスマンとして成功するかもよ。こんなの買うしかないじゃない。他にどうしろって言うのよ。こんなクーリングオフ対象外の商品見たことないわ。

 ああ、でも、人を物扱いしたくないし。どうしたらいいの。


 「でも、あの人たちを奴隷扱いするのは許せないの。ここだけは譲れない」

 「奴隷を奴隷扱いしない? なら、何扱いなんだ」

 「普通の人と同じ扱いに決まっているでしょうが」

 「自由民と同じ扱い? それは難しいぞ」

 「どうしてよ」

 「国法で決まっている。さっきも言ったが奴隷は買った者の財産なんだ。この場合は俺だが、俺には彼らを管理する義務があるんだ。それを怠ると所有権をはく奪されて奴隷たちは売り出される。もちろんお金は戻ってこない」

 「はぁ。なにその法律」

 「昔からある法律だ。俺は代官だから村のみんなに法律を守らせる責務がある。自分で破る訳にはいかない」

 「なら、どうしたらいいのよ」


 あれも駄目これも駄目。泣きそうになってきた。


 「解放奴隷にする手もあるにはあるが」

 「解放奴隷。何それ。奴隷じゃないの」

 「奴隷と自由民の間のようなものだ。元奴隷がそうなる。解放奴隷になると売買はされなくなって、財産があれば自由民にもなれる」

 「じゃ、それ。あの人たちは解放奴隷にして」


 何なのか今一分からんが売買されないのであれば奴隷よりましだ。


 「別にそれはいいんだが、買ってすぐには無理なんだ。買ってから、確か5年以上たてば俺が宣言することによって彼らは解放奴隷になれるはずだった」

 「なにそれ、奴隷の法律ってそんなに細かいの」

 「他にもあるぞ」

 「もういいです。お腹いっぱい」


 どうやら5年は奴隷としての境遇に甘んじてもらわないと駄目なようだ。

 懲役5年みたいなものか。

 はぁ。この世界、見かけによらず法律が整備されているな。だれかに法律も教えてもらわないと大変なことになりそうだ。

 何か大事なものを打ち砕かれた気分だが、それを言っても始まらない。とにかく、この人たちを何とかしたい。

 


 江莉香は再び奴隷の前に立った。

 やはり父親に施された大きな手かせが気になる。


 「エリック。手かせを外して」

 「わかった・・・・おい」


 不用意に父親に近づく江莉香に声を掛けた。


 「こんなことになってごめんなさい。決して貴方達を粗略に扱わないと誓います。許してください。5年たったら必ず解放奴隷にすると約束します」

 

 そう言うと、深々と頭を下げた。

 これで許してもらえるとは思えないけど、誠意だけでも見せないと私がしんどい。


 「アルブーヌ・メイガリオーネ。貴方が我々の主人か」

 

 父親が言葉を発した。

 低くお腹に響くような声だ。

 江莉香は頭を上げて父親を見上げた。


 「私? いえ、私は主人ではありませんよ」


 どうして私が主人だと思うのだろう。


 「お前たちの主人は私だが、これから彼女、エリカの指図で働いてもらう」

 「私の指図って、もっと他の言い方ないのかな」

 「こういうのは、はっきりとしておいた方がいい。いいか、エリカの指図は私の命令と思え」


 エリックが普段出さないような怖い声を出した。


 「わかった。メイガリオーネ・エリカ。貴方の指図に従おう」


 そう言って父親が跪くと母子もそれに倣った。


 「ちょっと。やめて。跪かないで。気持ち悪いからやめて」

 「それは命令だろうか」

 「命令? 違います。お願いよ。だからやめて」

 「エリカ。彼らにはお願いではなく、命令しないといけないぞ」


 両手を振ってやめさせようとしたがエリックが止めた。


 「なんでよ」

 「それが、主人と奴隷の決まり事だからだ」

 「主人はエリックでしょ」

 「一応な。でも細かい指示はエリカが出すのだろ。俺から言ってもいいが不便じゃないか」

 

 ぐぬぬ。そうね。やってほしいことを一々エリックに言ってからにしていたら、伝言ゲームみたいになっちゃう。私もやりにくいわ。

 

 「もういい。はい。命令です。だから私に跪かないでくだ・・・・じゃない。跪くなじゃない。跪くのを禁止です。いいですね」

 「わかった」

 

 ようやく親子が立ち上がった。

 犬猫以外で人生初の命令が奴隷の人相手だなんて、あんまりよ。私。総合職とか向いてないな。もしも日本に帰れたら技術者か研究職になろう。命令するよりされる方がまだましよ。心理的負担が大きいわ。


 「それじゃあ。奴隷紋は明日付けることにして、今日は空いている小屋にでも入らせるか。食事はこちらで用意する」

 

 エリックの宣言に、ふんふんと頷きそうになったが、初めの言葉が引っかかる。


 「それはいいけど、奴隷紋って何」

 「奴隷につける所有者の印だ。焼き鏝とか入れ墨とかそれを・・・・・・」

 「ギャー。もう、奴隷制度。ホントついていけない」


 エリックのセリフに江莉香は頭を抱えた。


 「何よそれは。そんなことしたら跡が残るでしょうが。解放した後も奴隷と間違えられるわよ。大体焼き鏝って何よ。映画とかで見たことあるけど、ただの拷問でしょうが」

 「確かに焼き鏝は痛いからな。なら、入れ墨にするか」

 「どこの極道の話をしてるのよ。他にはないの」

 「他に? 何かあっただろうか。俺も奴隷を買ったのは初めてだからな。詳しくは覚えていない」

 「とにかく跡が残るのはやめて頂戴」

 「ふむ。エリカは我儘だな」

 「どうして私が悪いみたいな流れになってるのよ」

 「駄目、駄目言い過ぎのような気がするが」

 「そんなこと言われても、駄目だもん」

 「だから我儘なんだろ」

 「もう、それでいいです」


 江莉香は今日何度目かのため息をついて肩を落とした。


 後日奴隷紋について調べた結果。奴隷紋は背中に小さな星印の入れ墨を入れることで決着した。

 服を着ていたら見えないし、何より自分で見えないから負担が少ないと思う。

 人を一人増やすだけでこの騒ぎ。

 これからどうやって人手の確保しようかな。

 

                    続く

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