第16話   陳情

 「砂糖高い」


 購入した砂糖袋を抱きしめながら江莉香はぼやく。


 「まだ言っているのか。店主も言ってただろう。それは遠い南の国からやってくる物だって」


 エリックは苦笑いを浮かべる。


 「でも、さすが王都ですね。私はあんな山積みの砂糖を初めてみました」


 エミールは今しがた目撃した光景に感心する。

 店の入り口には小僧が立っていて終始箒で地面を掃いていた。

 江莉香は掃除かと思ったが、もしかしたら寄ってくる蟻をそうやって追い払っているのかもしれない。


 「そうだな。白い砂糖も売っていたな。話には聞いていたが本当にあったんだな」

 「普通の砂糖より甘いらしいですが、本当ですかね。一見、塩の様でしたが」

 「砂糖より甘いとか想像がつかないが、あの値段の高さからいっても、そうなんだろうな」


 二人の会話を聞きながら江莉香は砂糖の生産について考えた。

 江莉香の世界でも砂糖が一般的になったのは、ここ百年の出来事だ。それまでは少数生産の貴重品だ。

 砂糖の製造方法は大きく分けるとサトウキビから作るか、サトウダイコンから作るかの二種類だ。

 サトウキビはニースの気候から言って無理。サトウダイコンは寒い地域の作物だから可能性があるかも。


 「砂糖を作りたい」


 江莉香のつぶやきに男二人は顔を見合わせた。


 「無理ですよ。エリカ様。砂糖は暑い国でしか作れないらしいですから」

 「いいじゃないか、夢があって。仮に作れたら大儲けできそうだな」


 エミールが否定するがエリックは否定しなかった。

 そうそう。何事もやってみないとね。


 「それはそうですが」


 帰ったらあの本から砂糖の製造方法を調べよう。載っていたらの話だけど。



 翌日。王都に来た真の目的を果たすため三人は王都の大通りを進む。

 幅50メートル以上ある石畳の通りが一直線に伸び、等間隔に街路樹が植えられていた。その脇には水路が流れている。

 大通りはなだらかな上り坂になっており、その正面には白亜の王城がそびえ立ち見る者を圧倒していた。通りの両側には大理石で化粧された大きな建物が並び、まさに王都の一等地と言った趣だ。


 「あれは、王立図書館だ。古今東西の書籍が収められているらしい。その隣が王立劇場だ。毎晩のように何かしらの劇が上演されている」


 エリックは指をさしてエリカに説明してやる。

 エリカはおのぼりさんよろしく。上を見上げたり左右を見渡したりと忙しい。

 エリックは王城の近くで大通りから道を一本挟んだ路地に向かう。その先に小ぶりながら品の良い屋敷が現れた。


 「ここが、センプローズ将軍の王都での屋敷だ」


 エリックはエリカに説明すると、そのまま開け放たれた門を抜け屋敷に入る。屋敷に入るとすぐに回廊に囲まれた中庭に出た。

 エリックは近寄ってきた使用人に懐から取り出した札を渡すと回廊に面した部屋に通された。


 「王都だからな時間がかかるぞ」

 「何ここ」


 エリカが部屋を見回す。部屋にはエリックたち以外にも数人の人たちが敷物の上でくつろいでいた。


 「待合用の部屋だ。面会したい者は多いからな。ここで順番を待つんだ。エミールお前はここで待っていてくれ」

 「わかりました」


 クリエンティスであるエリックはパトローネであるセンプローズに対して陳情をすることができる。

 陳情に来た者の話を聞き彼らに便宜を図ってやるのもパトローネの責務のうちの一つだ。結婚、商売、子育て、昇進、税金などと占い師顔負けなほどの多岐にわたる相談が持ち込まれる。これにうまく対応しクリエンティスから感謝されればパトローネとしての株が上がる。

 便宜を図ってもらったクリエンティスたちはパトローネに奉仕することになり、パトローネはより大きな力を振るうことができるのだ。

 使用人が水と炒った豆を出してくれる。これで順番が来るまで時間を潰すのだ。

 


 使用人が順番に待合室の人に声をかける。


 「エリック・シンクレア・センプローズ様。どうぞ、こちらへ」


 ようやく、順番が回ってきた。

 エリックはエリカを連れて回廊を抜け正面の母屋に入るとすぐに面会用の部屋がある。

 二人はその部屋に足を踏み入れた。室内はとても明るかった。

 大きな丸ガラスを無数にはめ込んだ窓を背に一人の貴公子が二人を待っていた。


 「エリック・シンクレア。久しいな」


 その立ち姿には若さが漲っていた。短く刈り込んだ頭に武人のような体格。ブラウンの瞳には高貴な身分に生まれた者特有の自信が窺えた。そしてよく響く大きな声。まさに将の風格であった。


 「お久しぶりでございます。若殿」


 エリックが一礼する。エリカもエリックが教えた通り左足を引いて腰をかがめるお辞儀をした。


 「ふむ、確かお前はどこかの代官を務めていたな」

 「はい。勿体なくも、我が父ブレグの跡を継ぎ故郷ニースを任されております」

 「ニースか、昔ブレグに案内されたことがあったな」

 「はい」

 「それで今日はどうした。オルレアーノの父上のところではなく、私のところに来るとは、父上には言えないことか」

 「そのような訳ではございませんが、まずはこちらの者を紹介いたします」


 エリックはエリカを一歩前に送り出す。


 「この者は最近ニースの住人になりました。エリカ・クボヅカと申します」

 「そうか。私はフリードリヒ・インセスト・センプローズだ。見知り置いてくれ、お嬢さん。エリカと呼んでもかまわないかな」

 「はい」


 エリカはまたお辞儀した。


 「ふむ。王都でもなかなか見かけない異国の美女ではないか。なるほどそういうことか。父上には私から話しておこう」


 フリードリヒは得心したように話を進める。


 「クボヅカとは聞かぬ家だが、見たところそれなりの家の令嬢であろう。さぞ反対する者も多かろう。なるほど父上と懇意の家柄か。それなら私に頼みに来たのも納得だ。心配するな私に任せておけ。悪いようにはしない」

 「若殿。何の事でしょうか」


 エリックの理解できない速さと内容で話が進んでいく。フリードリヒが何に納得したのかわからなかった。


 「恥ずかしがることでもあるまい、エリカ嬢と結婚したいから私に仲介を頼みに来たのであろう」

 「違います」


 エリックは立場も忘れ大声を出してしまった。


 「何。違うのか。しかし、そろそろそなたも結婚して伴侶を得んとな」

 「エリカはそうゆう人ではありません。私はまだ結婚などと」



 「あら。エリック。あなたご結婚なさるの」


 背後からの声にエリックに歓喜と寒気が同時に走った。


 「面談中だぞ。セシリア」


 ノックも無しに部屋に入ってきた妹に注意する。


 「失礼いたしました。兄さま。面白い話をしてらっしゃったので思わず声をかけてしまいました」


 エリックの隣にセシリアが立った。


 「セシリアお嬢様」


 錆付いた風見鶏のようなぎこちなさでセシリアに向き直る。


 「ごきげんよう。エリック。綺麗な方ですね」


 いつもと同じ輝く笑顔なのに、なぜか素直に受け取れない。


 「違います。エリカは結婚相手ではありません」


 ともかく誤解を解かなくては。


 「エリック。何を言っているのです。わたくしはエリカ様がとてもお綺麗と言ったのですよ。なぜ否定するのです。失礼ですよ」

 「申し訳ありません」

 「わたくしに謝っても仕方ないでしょうに。エリカ様。初めまして、わたくしセシリアと申します。お見知り置きくださいませ」


 セシリアはエリカに丁重にお辞儀する。


 「はい。エリカ・クボヅカです。セシリア様」


 エリカも同じように挨拶を返した。


 「ここでは何ですし、奥の部屋でお話いたしましょう。よろしいでしょう。兄さま」


 セシリアはエリカの腕を取り奥の部屋へと歩いていく。エリカも戸惑いながらもついていく。


 「勝手なことを」


 兄の注意も聞かずに部屋を出て行ってしまった。


 「申し訳ございません」

 「そなたが謝ることでもあるまいに。仕方ない。話の続きは奥でする」

 「はっ」


 エリックは当初より話の難しさが上がった気がした。

 セシリアに会いたかったが、今ではない。


                           続く

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