黒/オセロ/白

円託 逢出咲

白は嫌いだ

白は嫌いだ。





 耳障りな高音が現実であることを呪った。



 この白い部屋に唯一ゆいいつ時間を与えていた等間隔とうかんかくの機械音がとうとう一直線のエンディングへと向かった。

 ここは貴方あなたのための部屋、貴方が助かるための病室であることを思い出した。



 無機質な病室の中、白いベットに横たわる貴方は心無しか微笑ほほんでいるような。いや、見間違えかもしれないがそう見えてしまった。



 薄明かりが漏れている雲をぼんやりと眺めているような、あるいは花弁かべん上露うわつゆが今にも落ちるかとにらんでいるような。涙を流せる余裕もなく、ただ呆然ぼうぜんとしていてナースコールすら忘れている。気付いて慌てて押すとけたたましい音が耳を襲った。



 貴方の手を握ると胸が締め付けられるほど冷たいのに、今だけはどこか暖かい気がしてさらに胸が痛んだ。最後にもう1度だけ。と、頬にキスをした。近くで見たらもう息をしていないはずの貴方が穏やかな寝息をたてていた。

 でも、それがまぼろしである事は一番よく分かったいた。それでも信じてみたかった。貴方とこれからも歩んで行きたかった。




――――カラン。オセロが裏返る音がした。

 そう、あれは貴方の病名が伝えられた日。妙にしゃくさわるような色のメガネをかけた白衣の男は、貴方の部屋ではではない、貴方の居ない診察室で確かにこう告げた。「余命は宣告できない。でも――・・・・・・」

 そのあとの言葉が何だったのかは堂々巡どうどうめぐりの未消化の希望と未消化の絶望、えも言われぬ喪失感そうしつかんで押し潰されて覚えてない。ただ、貴方には余りにもこくだと、声が出なくなった自分の弱さを恥じた。それからは心ここに在らずとただ頷くだけで、我に返ったのは白衣の男が貴方に病気の重大さを伝えた後だった。



 貴方の部屋のベッドの上にはいつもオセロゲーム盤が置いてあった。貴方はオセロゲームが大好きで、ことある事に対戦を申し込んできた。勝っても負けても悔しそうな笑顔をしていたのはよく覚えている。 そして、こんな時でさえ、いやこんな時だからこそなのかオセロをやろうと言ってきた。現実から逃げていたからなのか、向き合っていたからなのかその時は分からなかったのでついこんな言葉を漏らしてしまう。 「大丈夫?」と。大丈夫なはずが無いって分かっているはずなのに。



 勝敗は初めから分かっていたようなものだった。それでもオセロをするのは楽しかったのだ。



 結果的に最後となった貴方とのオセロを思い出して泣き崩れた。





黒に染まった。


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