【番外編】 side オーガスト

「ぼく おかしらが すきだよ」


 いつも通りの奴の一言。聞き慣れていてもやはり気分の良いものじゃない。


 アイツは「すき」なものが多すぎる。

 仲間が好きで海が好きで。俺を「すき」なのもそれと同系列なんじゃないかと時折首を傾げたくなる。いや、それどころか、イカだのクラゲだのを食べるのが「すき」なのと同列かもしれない……。


 軽く首を振って馬鹿げた考えを追い払う。いくらなんでもそれはないだろう。ないはずだ。ない……と、思う。


 そもそも反応が悪いんだ。


 いくら口説いてもアイツは口を開けてきょとんと見上げるだけで、判ってるんだか判ってないんだか、ちっとも掴めやしない。俺の気持ちすら、本当に理解できてるんだかどうだか……。


 知らず、短く舌を打つ。ったく、面倒な奴に惚れちまったもんだ。

 ざわつく胸を静めようと、俺は執務室を出て甲板に向った。



◆◆◆



 扉を開けると、満天の星空が目に飛び込んだ。風も穏やかでいい具合だ。波音に誘われるように舳先へ進むと、そこには――ちょこんと手すりにあごを乗せ、波を見つめるモラがいた。


「モラ」


 声を掛けるとモラは、びくんとして振り返った。その頬に、ぽろり零れる涙の粒。


「どうした!?」

「オーグ……」


 駆け寄って肩を抱くと、モラは俺の腕の中できゅっと目を閉じてぷるぷると首を左右に振った。


「何があった? 言ってみろ」

「ううん なんでもない」


 何でも無くて泣くもんか! 俺がモラを抱く腕に力を込めると、モラはしょんぼりと俯いた。


「ただ うみを みてただけだよ」


 ……そうか、ホームシックか。


「帰りたいか?」


 尋ねるとモラは目を真ん丸くして俺を見上げて、慌てたように首をぶるぶる激しく振った。


「いやだ オーガスト ぼく かえらない! オーグ ぼくの いばしょは じぶんの となりだって いってくれたもの! ぼく オーグから はなれない。はなしちゃ いやだ オーグ!」

「馬鹿野郎。頼まれたって手放すもんか」


 抱きしめて柔らかい黒髪にキスしながら耳元で囁いてやると、モラはぎゅうっと俺にしがみ付いてきた。


 仲間が好きで、海が好きで。

 その故郷を捨ててまで、俺の傍にいることを選んだんだ、コイツは……。


 小さく震える肩が愛しくて、真っ赤に染まった頬が愛しくて、俺は夢中でモラを抱きしめた。モラが大きな代償を払って与えてくれた、このひと時を噛み締める。この広い海で、たったひとつの存在に出会う奇跡を、両腕いっぱい確める。


「オーガスト ぼく オーガストが すきだよ」

「知ってる」


 ああ、本当はわかってた。お前が、どれだけ俺を大事に思ってくれてるか。


「知ってるさ……」


 呟いて俺は、もう一度モラの額にキスをした。

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