Ⅳ-26

 目が覚めたのは明け方のことだった。上着越しにまとわりつく冷気ではなく、胃の辺りを混ぜ返されるような不快感のせいだった。傾禍の余波だと直感して飛び起きたが、吐き気に似た感覚のほかに変調はなく、周囲にも変化は起きていない。息をつきかけて、ナズカがいないのに気づいた。名前を呼んだが事務室は静かなままだった。


 私はよろけながら手当たり次第に部屋を回り、入口のホールに後ろ姿を認めた。片膝をつき、崩れた螺旋階段を見上げながら、何かをつぶやくように口を動かしている。私は呼ぶのをためらった。違和感があった。確かに彼のはずなのに、別の何ものかを塗り重ねられているような。


 覚悟を決めてナズカを呼ぼうとした時、危うく倒れかけた。床が揺れている。いや、自分だけが揺れているのかもしれない。火照る体を冷えた血が巡り、眩暈が頭を揺さぶり、手足の感覚が薄らいでいった。


 かろうじてのどが震え、ナズカ、と声がこぼれ出る。重い手を彼の方へ伸ばす。ぼろぼろと崩れ落ちた袖から何かが露わになっている。黒く沈み、枝分かれし、ひび割れた表面のそれが自分の腕だと認識した時には、指の一本も動かなくなっていた。


 紗のかかる視界の中心でナズカが立ち上がる。こちらを振り向いた顔に別の顔がへばりついていた。紺青色の瞳を光らせ、ウンゼ・イレツィスが微笑した。






end4 朝影に朽ちる

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