Ⅱ-11

 歩き回るには心もとないが足を進める。靴の先が何かを蹴って、しゃがんで触ってみれば壁から落ちた絵や倒れた調度品で、それらは壁際に寄せて置いた。魔法で明かりをつくること自体は容易だし、使う魔力の量も知れている。しかしそれしきのことも、傾禍と結びつけば何を引き起こすか予測できたものではない。炭鉱の中で考えなしにマッチを擦るのと同じだ。


 そういえば《ウンゼ》は無事だろうか。この館では一階に比較的新しい作品を展示しているから、飾られているなら一階だ。ナズカもそこにいるだろうか。彼ならば絵の一枚一枚の所在を把握しているはずだし、この暗さでも探し当てることは難しくないのではないか。


 一階を回ったが人影はなかった。私は途中で見つけた狭い階段まで戻り、壁を手探りしながらのぼった。のぼりきった先は広い廊下で、いくつもの大きな窓が外から街灯の光――空間をあまねく照らすには頼りないが――をもたらしていた。その光を背に浴び、途方に暮れたように人影が立っている。私は呼ぶのを一瞬ためらった。重心の置き方も背格好も間違いなく彼なのに、なぜか毛並みを逆なでするような違和感があったので。


「ナズカか」


 人影はこちらを向いた。


「イラテだ」


 私は言った。


「イラテ」

「ああ」

「悪いけど、明かりをつけてくれないか」

「使っても大丈夫なのか」

「おそらくね。防犯装置も生きてるし――だめだった時は建物ごと吹き飛ぶしかないね」


 ナズカの影がおかしそうに小さく震えた。先ほどの違和感は消えていた。私は右手の親指と人差し指をこすり合わせて光をつくった。ランタン程度の明るさまで育ててから宙に飛ばす。同じ要領でもう一つこしらえ、ペンの先に移してナズカに渡した。


「あまり離れると消えるから気をつけてくれ」

「分かったよ、ありがとう。これで色々とはかどるよ。まずは作品の確認を終わらせよう。魔法が使えると分かったんだ、君にも協力してもらうと思うけど――」

「ナズカ」


 ナズカが私の方を向いた。丸いレンズの奥で黄鉛色クローム・イエローの瞳が翳って見えた。


「疲れていないか」

「え?」

「そう見える」

「そうかな。平気だよ」


 ナズカが微笑する。研究中、彼が食事も睡眠もろくにとらなかったのを知っている私からすれば、この笑顔がはぐらかすためのものであることは明らかだった。


「休んだ方がいい。作業は明日から二人でやればいい」

「そうだけど――」

「協力してもらうと言ったのはそっちだろう」


 ナズカは息をこぼした。


「分かったよ。そこまで言うなら今日は終わりにしよう」






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https://kakuyomu.jp/works/1177354054914833066/episodes/1177354054917643476

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