Ⅰ-4

「絵画館まで」


 年老いた馭者は目をしばたたいた。


「絵画館まで」

「ああ」


 馭者がうなずいた。


「いいですが、あそこは――」

「かまわない」


 私はクッションのつぶれた座席に腰を下ろした。


「さようでございますか」


 記憶が正しければ、駅から絵画館までは複雑な道のりではない。しかし辻馬車は方角を見失いそうなほど頻繁に曲がる。原因は枯れ木だった。人の背丈ほどの木々が所構わず生え、いや、どこかから引き抜かれたのが置いておかれたような格好で、根を下ろせずに朽ちていた。馬車はそれを避けるために道の端を通り、あるいは路地へと迂回する。


「あの木はなんだ」


 私は背後の戸口の向こうへ声を張り上げた。返事はない。もう一度尋ねると、ああ、とも、はあ、ともつかない声が聞こえた気がしたきりだった。


 私は腕組みをしたまま黙って揺られていた。






→ 5へ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054914833066/episodes/1177354054917642452

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る