【7月12日】オラクルカード

王生らてぃ

【7月12日】オラクルカード

「なんか、千代ちゃん、浮かない顔してるね」

「え、そうかな」

「してる。なにか悩みでもあるの?」

「別に……取るに足らないことだけど」



 ふふん、と高崎さんは笑った。



「ねえ、占いって信じる?」



 彼女は手の中で、すごく分厚いカードを切り交ぜているところだった。



「なにそれ。トランプ?」

「ちがーう。これはオラクルカード。まあ、占いに使う道具みたいなものよ」

「ふうん」

「いまからこれで、千代ちゃんの運命を占います」

「うさんくさ」

「こういうのは気持ちだけで楽しむのが吉。占いなんて、本気にしちゃだめだよ」

「え? 占いって信じる、とか聞いておきながら、信じてないの?」

「信じてるよ。信じたうえで、どういう選択をするかで、運命は変わる。占いは確かに運命を暗示してくれるけど、占いが絶対ってわけじゃないの」



 分かるような、分からないような言い方だった。

 まあ、占ってもらうだけなら失うものはないので、わたしは高崎さんの正面に座った。

 高崎さんは手の中のカードをよく混ぜ、わたしにもそれをカットさせた。そして、上から一枚を伏せて置き、その上、下、左、右、という順番で、十字型にカードを配置した。裏面は線対称かつ点対称であり、トランプなんかよりも少し縦長な比率だった。



「まず、真ん中を開きます。めくってみて」



 表向きに開かれたのは、緑の景色の中にたたずむ女性のイラストだった。



「中央のカードは、現在の千代ちゃんの状態。この場合は『静止』しているということ。静止というのはつまり、大きな失敗や不幸もないけれど、変化も進歩もない状態」

「ふうん」

「次に、上のカードをめくって」



 そのカードはさかさまだった。

 空を飛ぶ鳥のイラストだ。



「上のカードは、未来の千代ちゃんの状態」

「イラストはどういう意味があるの?」

「鳥は、空を羽ばたいていくけれど、今回はさかさまになってるわね。つまり、力を失って、あるいは風に煽られて、真っ逆さまに落ちていく図なの。未来に、良くないことが起こる可能性があるわ」

「ふうん」

「まあ生きてればそのうち良くないことも起こるから、占いなんてそう言うもの」

「あ、そうだね」



 わたしが思った通りのことを高崎さんは言った。こういうのは詐欺やぺてんの常とう手段だ。誰にでも起こりうるごくあたりまえなことを、さも特別なことのように誇張して伝える。



「じゃあ、次は下のカード。これは、千代ちゃんの内面の状態を表すの」



 カードには月の絵が描かれていた。



「月は恋の象徴でもあり、ひとを狂わせる狂気の象徴でもある。それに、月は太陽の光がないと輝けないし、地球といっしょにいないと存在を保てない」

「これはさかさまなの? それともこれであってるの?」

「月のカードは上下の区別がないの。いいことも悪いことも表裏一体。これは、千代ちゃんがなにかに強く魅せられていることを意味する。これはポジティブなエネルギーでもあるけれど、逆に考えれば、それに心を囚われて、依存しているということでもあるの」



 なんだかそれらしく聞こえてくる。

 高崎さんの、そんなに真面目そうではない、にっこりとした顔が、かえって怪しさを打ち消しているように思える。



「で、この左右のカード。向かって左は、断ち切って捨てたほうが良いもの。向かって右は、目指すべきものが描かれているわ。ラッキーアイテムみたいなものよ」



 まずは左から。

 捨てるべきもの。それは魚のイラストだった。

 どっちを向いているのか分からないが、海と空が描かれているので上下の区別は容易だった。この魚はさかさまだ。



「魚は腐りやすく、病気を媒介するものでもある。古いものや、そんなに大切ではないのに長く持っているものを、思い切って捨てたほうがいいわね」

「なるほど」



 次に右のカード。

 そこには双子の天使が描かれていた。手には弓矢を持っている。



「これはキューピット?」

「そう。運命の相手がすぐ近くにいるから、それを目指しなさいという暗示ね」

「運命の相手か~。それって、彼氏とか、そういうこと?」

「まあ、恋人じゃなくても、家族や親友や、そういう大切な人でも構わないと思うよ」



 なるほど。

 今のわたしは、変化のない暮らしをしている。それは何かに依存しているか、それとも気持ちを傾けているからであり、近い将来にはなにか失敗するかもしれない。それを避けるために、古いものや長く持っているものを思い切って処分し、大切な誰かを大切にする。

 それらしい占いの結果と言えるかもしれない。



「ま、信じるか信じないかは千代ちゃん次第だよ」

「ううん。なんか人生が少し見えた気がする」

「ええ?」

「たしかにわたしって、けっこう退屈な人生を送ってる気がする。それに、大して大事じゃないものとか、ずっと持ってるの。古い筆箱とか、使いかけの消しゴムとか……もう、こーんなちっちゃくて使えないやつ、そういうのとか、ぜんぶ取っておいてるんだよね」

「ま、そんなの誰だって持ってるよ」

「ちょっと、この占いを信じてみよう。明日から連休だし、思い切ってそういうものは断捨離しちゃおうかな」



 わたしは決心した。

 明日と明後日は大掃除の日だ。これを機に、わたしのよくないものは断捨離してしまおう。ぜんぶ捨ててしまおう。切り捨ててしまおう。



「ありがとう、高崎さん」






     ○






 そして月曜日。



「高崎さん、あの占い、当たったよ」

「ほんと?」

「うん、この二日間、家の大掃除をしたんだ。いらないものとか、ずっと持ってたものとかを、思い切って処分してみたの。そしたらすごくすっきりして、それに、なくしてたものとか色々見つけたんだ。ベッドの後ろに一万円札が落ちてたりして、どこで落としたのか分からなくって。あんな状態で生活し続けてたら、確かによくない気がうずまいてたかもね」

「それは良かった。占いもたまには役に立つね」

「それでね。高崎さん、今度うちに来ない?」

「ええ?」

「せっかくきれいになったし、高崎さんをぜひ招待したいの。お茶でも飲みながら、のんびり宿題とか、受験勉強とかしよう。それで、また占いのお話とか聞かせてよ」



 高崎さんはむにゃむにゃと口の中でなにかを咀嚼するような音を出した。



「千代ちゃん、それってさ」

「うん?」

「いやっ、うーん。考えすぎか。わたし、ちょっと自意識過剰だったかも。わかった、じゃあ、今週末とかお邪魔してもいいかな? クッキー焼いていくよ」

「すごい。クッキー作れるの?」

「覚えちゃえば簡単だよ~。アハハ、楽しみにしてるね。お茶の時間」

「うん。それじゃあ、今週は毎朝早起きしなくちゃ」

「え、なんで?」

「たまったゴミをぜんぶ出さなくちゃいけないもの」






     ○






 家に帰って扉を開ける。

 ただいま。

 と、言う必要はもうない。だれも返事をしないからだ。



 ものすごい数の消臭剤が部屋の中を埋め尽くしている。

 だけど、こびりついた臭いはまだ消えない。

 わたしは台所で袋詰めになっている生ゴミを、明日の燃えるゴミの日に間に合うように処分できる形にしなくてはいけない。とてもこれを粗大ゴミとして、シールを貼り付けてゴミ捨て場に出すわけにはいかない。



 さんざんわたしを罵った生ゴミ。

 さんざんわたしを無視した生ゴミ。

 さんざんわたしを殴って、いやらしい目で見ていた生ゴミ。

 ぜんぶいまは生ゴミだ。



「よいしょ、」



 お風呂場でビニールシートを広げ、冷水のシャワーを垂れ流しにする。

 ゴミを広げて、工具を使って少しずつ細切れにして、バラバラにしていく。こうすると、小さい袋により分けて、燃えるゴミに出すことができる。その過程で出る汁は排水溝に流れるし、ゲル状の塊は途中でからめとってゴミにしてしまえる。

 骨の折れる作業だったけれど、わたしはやり遂げた。終わったころには日付が変わっていた。あとは袋詰めにしたこの燃えるゴミを、明日、ゴミ捨て場まで持っていくだけだ。



 真っ逆さまに空を堕ちていく鳥のイラストの描かれたオラクルカードを思い出した。

 わたしは真っ逆さまに落ちていく鳥だった。だけど、いまは状況が好転している。



 あの占いはすごい。

 高崎さんにまた占ってもらわなくちゃ。彼女はわたしの人生のチューナーだ。占いを元に、自分のことを見つめなおし、また、状況が良くなるように運命に対して努力することができる。



 古いぬいぐるみ、消しゴム、もう使わない鞄や洋服。そして、わたしにとってもう必要のない家族。

 それらをすべてゴミに出して、わたしは新しい人生をはじめる。

 ああ高崎さん、はやく来てくれないかな。ああ高崎さん、高崎さん、またわたしを占って。そしたら、いつまでも一緒にいてほしい。わたしの人生のために。



「ふふ、うふふふふ」



 次はどんな結果が出るかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【7月12日】オラクルカード 王生らてぃ @lathi_ikurumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ