99.熱戦ですッ♡
沈む陽を追うようにボーロー森へと向かっていた三名は、これといった問題もなく互いに……主にベルトリウスとルルチが質問を投げ合いながら歩いていた。
「フンフンフ〜ン♡ やっぱり誰かとオハナシするのってイイですネ! お散歩たのしイです〜♡」
「さっきからそればっかだな……説得に失敗して食われるかもしれないってのに、悠長なことだ。羨ましいよ、そこまで能天気だと悩み事もないだろう?」
「ムゥッ! 失礼ですネェ〜、ありマスよ悩みゴトくらい! アレはワタシが魔物としての生を受ける前のコトでシた――」
意図せず自分語りへと誘導してしまったベルトリウスは、苦笑いしながら彼女の独演に耳を傾けた。
「ワタシ、昔は人間サンに飼われてた家畜だったンですよネ。ヒツジだったリ、ヤギだったリ、たくさんの記憶を持ってマス。ほら、左右でツノと耳の形が違うでしょウ? だから正確には……”ワタシ”というヨリ、”ワタシタチ”ですね。家畜だった頃の記憶もありマスし、野生でその日暮らしをシていた頃の記憶もありマス。ワタシタチに共通シていたノは、ただの獣として死ヌ前に、人間サンと濃密なマぐわいを経験シていたという点です。ルルチちゃんのお気に入りの思い出は、とある月のナイ夜……ぐっすりスヤスヤと眠っていたトコロにのしかかってキた、年若い男の子との
出会ってまだ幾ばくと経っていないが、常にふざけた調子のルルチにしては重みのある語り口調に、一体どんな話を聞かされるのかと思いきや……結局は”そっち”方面の話題のようだ。
「ワタシはビックリしました……あまリの気持ちヨさにです! それから毎晩のように、ワタシとその子は繋がりました! 皆が寝静まった真夜中に訪レては、ワタシの鼻先にキスをし、首毛を優しく撫でてから
胸の前で両の手のひらを組んで嘆くルルチは、紛れもなく
彼女は魔物として生まれ変わる前から、別種族とのまぐわいに溺れる
ケランダットはより
一方、どちらかと言うと好色の部類に属するベルトリウスは、”喜劇の間違いだろ”と軽く笑っていた。それこそ盗賊時代の仲間にも好んで獣を襲う者がいたので、ルルチの話もその手の輩の被害者か、ぐらいにしか思っていなかった。
「人間界の変態のせいで覚醒しちまった、動物界の変態の集合体か……なんつーか、不憫な生まれの魔物だな……」
「”フビンッ!! そうッ、ルルチちゃん”フビン”なンですッ!! ワタシタチは人間サンに
シュンッと耳を垂らして落ち込むルルチは、異形という違和感を些末なものに思わせてしまうほど、何とも上手に
残念ながら同行する二人には通用しなかったが……。
「ところで、ユー・ボーローを説得する策は何か考えてあるのか? 一応会話はできるが、あいつこっちの話なんてまともに取り合っちゃくれねぇぜ」
しんみりとした話もそこそこに、ベルトリウスが差し迫った問題を持ち出すと、ルルチは気持ちを切り替えて、はつらつとした様子で答えた。
「フフッ……心配ゴムヨーです!会話なんてマドろっこしいもの、ルルチちゃんには必要ありまセン! 体と体を重ねレば、おのズと互いを知るコトがデキルというものですッ! ……というワケで、ユー・ボーローサンには性器がアリましたカ?
「あー……言われてみれば股にブラついてるもんはあったかな? 胴体は毛が長くてよく見えなかったが……って、お前まさか……ユー・ボーローを色仕掛けで落とすつもりなのか?」
「欲に抗えル生き物はいまセンからネ、本能の強い獣ならナオサラです! 長年ゴブサタだったユー・ボーローサンなど、ルルチちゃんの敵ではありまセン♡」
「……まぁ、あいつ馬鹿っぽいし、案外いけっかもな」
「……」
確かに剛力一辺倒の者ほど性欲が強い傾向にあると納得したベルトリウスは、あっさりとルルチの考えに賛同した。
ケランダットはそんなおかしな方法で懐柔できるものかと思いはしたものの、ベルトリウスの機嫌を損ねないために口には出さなかった。
過去の登場は決まってこちらが森へ侵入した後であったが、この日のユー・ボーローは街道から見える位置にあぐらをかいて座り込んでいた。
向こうもベルトリウス達に気付いたようで、巨体をゆっくりと立ち上がらせると、左右に首を傾けて骨を鳴らし、次いで荒い鼻息を漏らした。
「ブルルッ”……まーーた戻ってくるなんて、やっぱり気が変わって俺サマに食べられたくなったのかァ? ブルァ”ッハッハッハッ!!!! いいぜぇッ!! バリボリに噛みくだいて飲みこんでヤ――」
「ユー・ボーローサンッ!! どうかワタシのオハナシを聞いてくだサイッ!!」
高らかに笑う声を遮り、ルルチが制止を求めるように両手を広げて前へ出た。
ユー・ボーローは、彼にとってはモコモコの毛玉にしか映らない羊頭の魔物を、
「ンン”……? なんだオメー、さっきもいたかァ? ……まッ、イイやッ!! 食える肉が増えて俺サマは嬉しいッ!! オメーもいっしょに食ってやるッ!!」
「ワタシ、ルルチと申しマス!! ひとマズ、森に入るワタシを攻撃しナイでくだサイ!!」
「ア”ァ”〜〜〜〜!? イヤに決まってんだろッ!! 俺サマだァーーーーれの言うコトもきかねェ!!!! 俺サマにメイレーしてんじゃねェーぞォーーーーッ!!!! ブルルッ”……ブモ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”―― ォ”ォ”ン”ッ”ッ”!!??」
天を仰いで
すぐにでも横腹に張り付く敵に裏拳をお見舞いして吹き飛ばしてやるべきなのに、無遠慮に撫で上げられる股間から生まれる……何とも言い難いムズムズとした感覚が、腕の振りかぶりを止めていた。
「ブルルッ”……!? オメーッ、なにしやがったァッ”!!?? なんかッ……アシんトコが変だぞォ”ッ”!!??」
「人間サンとは一味違ウたくましい体……コレはコレでたまりまセンネッ♡ サァ、ルルチちゃんに身をユダねてくだサイ♡ もうワタシ以外では満足デキないほど、”魅了”シてあげちゃいマス♡」
「ガァァァァーーーーッ”!!!! ワケわかんねェーコト言ってんじゃねェーぞォ”ーーッ”!!?? わかんねェからッ”……オメーどうにかしろォ”ッ”!!!! ―― ブモ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”ォ”ーーーーーーーーッ”―― !!!!!!」
「キャアアアアアッ♡♡ ベルトリウスサンッ、ケランダットサンッ、イッてキマーーーースッ―― ♡♡♡♡」
ユー・ボーローはルルチの腰を掴んで乱暴に担ぎ上げると、森の
徐々に小さくなるルルチの歓声を聞きながら、敷地外に取り残された二人はこの場で情事の終わりを待つか、別の場所で待機しているかの選択を迫らせた。
だが、ケランダットが再び剣を杖代わりにして腰を折って突っ伏している様を見るに、考える余地はなさそうだった。
「あっ……の野郎っ……能力をっ……! 俺まで巻きこんでい”きやがってっ”……!!」
「……はぁ……交尾が終わるまで領地に戻ってるか……こんなやかましい所で待ってらんねぇよ……」
ベルトリウスが溜息交じりに言った通り、ケランダットの状態がうんぬんという以前に、森全体が鼓動しているのかと思い違えるぐらいに激しく轟く、二体の魔物の享楽にふける音が地域一帯にやかましく響き渡っていた。
事情を知らぬ集落の住民にとっては、それは普段ユー・ボーローが昂った時に発する雄叫びと何ら変わりなかったのが救いだろう。
まぐわいの音を聞かされながらそばで生活しなければならないなど、とんだ迷惑な話である……。
二人は数日後にここへ戻ってくることにし、ひとまず領地へ帰ることにした。
ルルチの能力を受けて下半身に異常をきたしているケランダットをフポリリーの群生地へ下ろしたベルトリウスは、”治まるまで一人で
何か言いたそうにしている彼女を放って玉座の間を後にすると、次に向かった先は、気の合うオイパーゴスの部屋であった。
オイパーゴスの部屋は、他の獄徒に割り当てられたものよりも広めに出来上がっていた。
他と言っても、イヴリーチとエイレンはガガラの城を拠点にして過ごしているし、ベルトリウスも地上にいる時間の方が多い。巨人ノッコやトロータンは役目がない時はひたすら荒野の巡回をしているので、まともに部屋を使用しているのはエカノダ、オイパーゴス、ケランダットの三名くらいであった。
どうせ空き部屋として放置しているならば、ぜひ自分に使わせてくれと願い出たオイパーゴスが壁を打ち抜いて隣部屋と連結させた自室は、彼が趣味兼仕事として励んでいる研究品や、それに必要な道具、血みどろの残骸や地上から持ち込んだ専門書などなど、それぞれがあちこちに山をなして散らばっていた。
ベルトリウスは時々この部屋を訪れては、謎の研究にいそしむオイパーゴスに雑談を持ち掛けるのが好きだった。
彼は社交的で、魔物にしては穏やかな気質をしていて、自分にはない知識を持っていて……何より精神年齢が総じて低い仲間達に囲まれている中で、自分が年下として振る舞える貴重な相手だった。
見た目こそおぞましい形をしているが、その雰囲気は思い出の中に優しく生きる、最愛の祖父を彷彿とさせた――。
「通信切れた後、嬢ちゃんも言い過ぎたって反省しとったで。一応キミばっかコキつことんの気にしとるみたいやし」
「別に俺はこき使われんのが嫌なんじゃねぇよ。後出しで文句言われたのがカチンと来ただけだ。今だってちゃんと報告に行ってから、ここに来たんだぜ? 本気でキレてたら仕事ほっぽり出して、どっかに遊びに消えてるよ」
「それ、後で言っときや……たまにあの子、自分が思うように獄徒を率いれてナイって気にしてヘコんでんねんで? 特にケランダットくんが強化に失敗して、日に日にヤツレてく姿を見るのがシンドかったみたい。ココは生っちょろい子が多いから、ワシとベルトちゃんで頑張ってメリハリ付けさせなアカンねェ」
「知らねぇよ。なんで俺がそこまで気を使ってやんなきゃいけねぇんだよ。自分の機嫌くらい自分で取れってんだ」
肉塊のような謎の物体を四つ股の指で器用に丸形に整えているオイパーゴスになだめられると、ベルトリウスは逆座りしていた椅子の背もたれに顎を乗せ、ふてくされたように答えた。
”キョキョッ”という独特な笑い声にフンと鼻を鳴らし、ベルトリウスは落とした視線の先に見つけた、カタカタと小刻みに揺れ動く桶を覗いて話をそらすことにした。
「つーかさぁ、この桶の魚って食べていいやつ? 今度の料理に使ってもいい?」
「キョア”ッ―― !? アッカーーーーン!!!! それ地上で獲ってきた魚を地獄の川の水で飼育してたら魔物になるかの実験経過観察中のヤツやから触ったらアカーーーーンッ!!!!」
「あははっ、すっげぇ早口! じゃあさ、こっちの透明な箱にいるネズミみたいなやつは?」
「それも実験用のヤツやからアカーーーーンッ!! よう見てみぃッ、脚と耳の数が地上のモンより多いし体格が大型犬くらいあるやろォッ!? コノ研究室に食べてイイモノはありまセンッ! 部屋におるっちゅーンなら大人しゅうしとってェッ!! モォ〜〜〜〜ッ、ホンマッ……これやから
「いひひっ! んなカリカリすんなよ〜、俺暇なんだよねぇ? ケランダットがセンズリこいてる間、ずっと待ってないといけなくてさぁ〜。別行動したらあいつすぐ騒ぎ立てるじゃん? なんか手伝うことない? 俺もそれこねてやろうか?」
「ヤーーメーーテェーーッ!! 触らんでェーーーッ!! 手ェ伸ばさンといテェェーーーーッ!! キョ”ア”ア”ア”ア”ア”〜〜〜〜ッ”!!??」
目を点滅させるオイパーゴスに伸ばした手をパシンッとはたき落とされたベルトリウスは、またいたずらっぽく笑った。
そこへ、研究室の扉がズズッ……と、重い音を立てて開かれる。
奥に立っていたのは、全身汗だくのケランダットだった。
どんよりとした空気を纏った彼は、ふらふらとおぼつかない足取りでベルトリウスの近くへと歩み寄ってきた。
「よう、どうだ? 治っ……ては、いないみたいだな。やべぇなぁ、帰ってきてもう半日ぐらい経ってるのに、まだそんな元気なんだ? 何時間もシゴき続けるとか拷問みたいだな、くくっ……俺効かなくてよかったわー。可哀想だから適当な女を攫ってきてやろうか? 穴に突っ込まねぇと治まんねぇのかもよ?」
「……何をやっても、たっ……たまが破裂しそうでっ……! 俺はここで、死んじまうのかもしれないっ……!」
「ぐっ―― !?」
足元に崩れ落ちたケランダットの台詞に、ベルトリウスは思わず息を吹き出した。
オイパーゴスは薄っすらと涙を浮かべる男に、”あらマァ……”と哀れみの目を向ける。
「ぶぁはははははははっ!!!! おまっ……そんな深刻そうなツラで”タマ”って……!! ”破裂”って……!! ぐはっ!! もぉ〜〜っ、俺を笑い殺す気かよぉ? 勘弁してくれよぉ〜〜!!」
「ひ、酷いぞっ……本当に死ぬかもしれないのにっ……!」
恐らく洗浄していないであろう不浄の手で縋り付いてこようとするケランダットに、ベルトリウスは先んじて自身の足裏を彼に向け、接近を拒否するように鎖帷子に守られた胸部を踏み付け部分で押し込んで距離を保った。
慰めが欲しかったケランダットは一層くしゃりと情けない表情でベルトリウスを見上げた。
くだらない喧嘩に巻き込まれて室内を荒らされたくなかったオイパーゴスは、不本意ながら仲裁に入ってやることにした。
「ソレ、ワシの治癒液飲めば治るんやないの? 内服でアカンかったら、オデコ切って脳に直接ブッかければ解決すると思うで。やってあげよか?」
「脳っ!? そ、それこそ死ぬじゃねぇかっ……! ……ゔぅ”っ……ベルトリウスっ、どうすればいいっ……!?」
「どうって、オイパーゴスの言う通りにするしかないんじゃねぇか? 能力を解除できるルルチはボーロー森でお取り込み中だし、飲んでダメなら頭を切るしかねぇな。頭ん中の物がこぼれ出たって、すぐに治癒液ブッかけりゃ治んだろ。タマが破裂するよりはマシじゃねぇか? くくっ!」
「どっちも最悪だ……っ!! くそっ……あの女っ、次会ったら殺してやるっ……!! ……っ”……!!」
盛り上がった下半身が目立たぬよう、上着の裾を掴んでグッと下方へ引っ張り伸ばしたケランダットは、その後すぐにオイパーゴスが用意してくれた治癒液入りのコップを受け取り、一縷の望みを掛けて一息にあおった。
するとケランダットの身に起きた異常は次第に治まり、彼は無事頭を切開することなく、事なきを得たのであった……。
◇◇◇
数日後、いざボーロー森へ向かってみると、あの激しい
絶え間なく繰り広げられている狂宴の騒音被害を受ける地域住民達に同情しながらも、ベルトリウスはコバエを中へ放ち、いい加減に片を付けるように獣達に催促した。
そして、待つこと数分――。
「仲間になるぜッ!!」
「熱い戦いでシた……♡」
強烈な事後のニオイを振りまきながら、獣達は恋人同士のように腕を組んで寄り添いながら、森の端へとやってきた。
「まさか本当に上手くいくとはな……」
「……こんな奴らが味方になるのか……?」
ベルトリウスは何とも言えない表情で……ケランダットは鼻が曲がりそうな野生の
こうして……エカノダの軍団に、新たな仲間が一気に二匹も増えたのだった。
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