98.”言葉”はいらない――

『失敗しちゃいマシたねェ〜』

「”ましたね〜”……じゃねぇよ。どうすんだよ、次に森に入った時に罠でも仕掛けられてたら」

『途中まではエエ感じやったのになァ。キミ、下手に出たのがアカンかったんやない?』

『そうよ、軽んじられた時に言い返さなかったからではないの? ああいった分からず屋には下に見られたら終わりよ』


 避難先の街道で地獄うえに通信を入れたベルトリウスは、人の苦労も知らずに落ち度ばかり並べる管理者組のあんまりな態度に、流石に怒りが湧いてきた。


「んな軽〜く言うならねぇ、今度はエカノダ様がコバエでも使ってご自身で説得なさればいいんじゃないですかねぇ!? 話の通じねぇウシ相手にどんな説教を垂れんのか楽しみにしてますよっ―― !!」


 そう吐き捨てるように言うと、ベルトリウスは乱暴に手首を払って、指先にくっ付いていたコバエを振り落して通信を遮断した。


「チッ、文句ばっかり言いやがって……!」

「……どうするんだ、日を改めて再戦するのか?」

「それしかねぇだろうな……しつこく通い詰めれば、いつかは折れてくれっかもな。無理だとは思うけど」


 まくし立てて会話を切り上げたベルトリウスであったが、任務を果たそうという気持ちは残っていた。



 二人は以前通って来た道……ボーロー森とは反対方向となる街道をさかのぼり、最初に見掛けた集落へ向かうことにした。

 住む場所が違えば、言い伝えの内容もいくらか変わっているかもしれない。とにかくユー・ボーローを懐柔するための手掛かりが欲しかった。


 まだ空が明るいうちに目的地へと辿り着いた二人は、早速住民に話を聞こうと足を進めた。

 この集落は他の二集落よりも居住区域が広く、”村”と呼べるほどの規模があった。丸太を繋ぎ合わせて立てられた大型のさくをぐるりと回り、出入口とおぼしき部分から中へお邪魔しようとすると……奥に見えたのは、素っ裸で野天に倒れ込んでいる大勢の老若男女であった。


 おおかた賊の襲撃にでも遭ったのだと予想したベルトリウスは、そのまま村の中へ入ろうとした。敵が潜んでいても見つけ次第殺せばいいだけだ。窮地を救い恩を売っておけば、その後のやり取りも円滑に進む。


 しかし、踏み出したベルトリウスは不意に背後から襟を引っ張られ、柵を越えられずに足をもつれさせて後退する羽目となった。

 服を引っ張った犯人は、他でもない同行者のケランダットであった。


「なんだ、待ち伏せでも見つけたか?」

「いや……だが……これ以上は近付かない方がいい……」

「なんでだよ? 何か気付いたことがあるなら言え」

「……だから、変なんだ……この村は……」

「変なのは見りゃ分かる。その理由を言えってんだよ、ったく……気が向かねぇならここで待ってろ。ただの人間の賊相手なら、俺一人で充分だからな」

「……っ、だからっ…………!」


 そう言ってケランダットは顔面に汗をにじませながら、自身の鎖帷子くさりかたびらの裾をめくり上げて、下に隠れていたズボンを見せた。

 そこには度々、場違いに主張する”ブツ”が今回も窮屈そうに股の生地に山を作っていた。

 真面目に受け答えしたのが阿呆あほらしくなるほど間の抜けた報告に、ベルトリウスはげんなりとした様子で視線を上部へ戻した。


「おいおいおいっ、マジかよお前〜〜っ!? いくら溜まってるからって、襲われた奴らを見ておっ勃てるのは品がねぇぞ!? ちゃんと定期的に抜いとけよなぁ〜!?」

「違うっ、柵の周りをうろついてた辺りからこうなったんだ!! 俺だって気落ちしてる時にわけもなくたっ……勃つわけがないだろうっ!? だからこれ以上近付かない方がいいって言ってるんだ!!」

「おめぇいつもありえねぇ時に竿さおを起こしてるから説得力がねぇんだよ……もし本当にわけもなく反応したってんなら、シモの病気を疑った方がいいぜ。帰ったらオイパーゴスに相談してみろ。なんか……あるかもよ。沈んでる時に限って勃起しちまう病気が……」

「だからそんなんじゃねぇって!! 俺はそんな変態じゃ――」

「にぎやカに何のオハナシをされてるンですカァ〜? カワイイ人・間・サン♡」


 ―― 二人は割って入ってきた声のする方へと顔を向けた。

 丸太の柵の上には豊満な人型の女体をくねらせ、四つん這いの状態でこちらを見つめる羊頭ようとうの魔物がいた。


 白に近い薄茶色の弾力のある毛を衣服のように纏い、かろうじて局部を覆い隠していたその魔物は、柔和で愛らしい不思議な色香を含む笑みを浮かべて二人を見下ろしていた。



 ベルトリウスとケランダットはそれぞれ、毒と浄化の術を羊頭の魔物に向けて容赦なく放った。

 直撃を受けた羊頭の魔物は驚いたように短い悲鳴を上げて落下したが、俊敏な身のこなしで華麗に受け身を取り起き上がると、聖なる光によってチリチリと焼かれる体毛を涙目でつまんで伸ばしながら、大仰な身振りで二人を非難した。


「ンモォ〜ッ、何するンですカァ〜!? 自慢のモコモコの毛が台ナシです〜ッ!」

「お、俺の術が二度もっ……!!」

「チッ……なんでこんな頑丈なんだ、この辺の魔物やつらは……!」

「いきナリ攻撃するなンてヒドいですヨッ! ルルチちゃん怒りマシたッ! お返しは”体”でたっぷりドップリいただキますからネッ! さぁ……―― ♡」

「っ”……!!」


 ”ルルチ”と名乗った羊頭の魔物が両手を広げて二人を迎えるようになまめかしく告げると、それを起点にケランダットは腰に提げていた剣を杖代わりに地面に突き立て、もたれかかるように前かがみになって俯いた。

 今しがた交わしていた会話と長髪の隙間から覗く真っ赤な耳を見るに、彼の身に何が起こったのかは想像に難くない……ベルトリウスは呆れたようにルルチを見返した。


「アれれ? アナタは”魅了”が効いてナイんですネ? ソチラの方はちゃんとウずくまってルのに……どうしテでしょウ?」

「相手を発情させるのがお前の能力か? 間抜けな能力だな……生憎あいにくと俺も魔物なんでね。同族には効果がないってことだろ」

「アナタも魔物なンですか? ンン〜〜、ドウ見ても人間サンですケド……でも、ソチラの方にはバッチリ効いてるミたいですシ、信じマス。アナタの目的はなンですか? ココの人間サンタチはワタシが先に手を付けたンですからネ、絶対に渡しまセン」

「……ルルチ、とか言ったな。俺達敵対する必要はないんじゃないか? 少しお互いについて話し合おう」

「ムゥ〜……いいでしょウ。ワタシとしてモ、平和的解決ノ方が好マしいですからネ」

「……っ”、はなしあ”いのまえにっ”、をどうにかしろっ”……!」


 休戦に際し恨めしそうに睨むケランダットに命じられ、ルルチは名残惜しそうに自身の能力を解除した……。




 ベルトリウスは野良のらの魔物だというルルチに、自分達の目的を偽ることなく話した。

 地獄で繰り広げられている管理者同士の争いのこと……その争いに参戦している自らの軍団のこと……そして今、軍団に加えたいと考えているユー・ボーローの勧誘に苦戦していること。


「あんたはユー・ボーローについて何か知ってることはないか? 奴の弱点とか……この辺をうろついてたんなら、ヤッた人間から噂とか聞いてないのか?」

「何もナイですヨ。ルルチちゃんは争いゴトに興味ナイですし、人間サンはワタシを見ると真っ先ニ逃げてしまうノデ……お喋りなんカする暇ナイです。見つけ次第、に及ブことにしてマスし♡ ウフッ♡」

「あ、そう……ところであんたは、俺らが協力を頼んだら力を貸してくれんのかな?」

「協力、ですカ? ウ~ン……」


 ルルチはあごの毛を指先でいじりながら首をひねると、ベルトリウスとケランダットの二人を査定するようにまじまじと観察してから、真剣な顔付きで口を開いた。


「ベルトリウスサンは純粋な人間サンじゃないノデ……減点ですネ」

「おいそりゃなんの採点だこら」

「ケランダットサンは純粋な人間サンなノデ、満点です♡ ルルチとガッツリしっぽりタップリ、楽しミましょうネ♡」

「なあ”っ……!? よっ……寄るなケダモノがっ!! 不埒ふらちな性欲の権化ごんげめっ、家畜が人間の真似事をしてあまつさえ娼婦のふりをしてたぶらかそうだなんて節制の利かない愚者の成れの果てが俺に近付くなっ!!」

「やだァ……もしかして、ケランダットサンってちょっとメンドクサイ系の人間サンですカァ? でも、そういウ抑圧されたヒトほど、実はトンデモナイ変態サンだったりするンですよネ♡ 腕がなりまス♡」

「なんの腕だよっ……!?」


 ケランダットはベルトリウスを盾にするように、彼の後ろへサッと隠れた。

 時折のいさかいで”節制”だの”堕落”だの口うるさい男にとって、ルルチは耐え難い存在であろう。獣の頭部と人間の胴体がどうしようもない違和感を発揮していても、どこか目が離せない……抗えない情欲の香りを振りまく彼女は、まさしく性の権化だった。

 見ただけで柔らかさが想像できる強調された乳と尻は、三メートルを超す長身のルルチに合わせられた特大の武器に仕上がっている。人の顔よりも大きな女性の象徴は、堅物にとって目の毒でしかなかった。

 女慣れしているベルトリウスからすれば、ケランダットの反応は少年のように初々ういういしく滑稽こっけいなものであったが……。


 ともあれ、そんなルルチを仲間に誘ったのは、自分に代わって上手くユー・ボーローを説得してくれないかという淡い期待からだった。

 獣同士、何か通ずるものがあるかもしれない……あとは駄目出しばかりしてくるエカノダへの、ちょっとした反発心もある。領地から動かない女王に変わり種の魔物を押し付けて、反応に困っている様を楽しんでやりたかった。


 そんなわけで、ルルチに関しては一時の利害関係でいずれ退団してくれても構わないのだが、やはり浄化の術を受けてもケロリと立っている魔物は魅力的だ。

 留まってくれればその後もきっと役に立ってくれる……はずだ。


「……で、結局協力してくれるってことでいいのか?」

「ハイ、イイですヨ。その代わリ条件がありマス。もしユー・ボーローサンを上手く引き込むコトがデキたら、お二人ともルルチちゃんとガッツリしっぽりほしいンですッ! つまリですッ! ッ! ッ! ッ!」

「あー……相手になるから……んな言い方を変えて連発しなくてもいい……」

「イ”っ―― !? っやだぞ俺はこんな化物っ!? こんな獣よりも酷いっ……魔物とまぐわうなんてっ……!!」


 常に高揚したようなルルチの振る舞いに疲れ気味のベルトリウスに対し、ケランダットは愕然がくぜんとして声を張り上げた。

 振り向くベルトリウスがいつになく真面目な目付きをしていたので、ケランダットはもしや彼の気を損ねてしまったのかと心臓がドクリと脈打ったが、その心配は単なる杞憂きゆうに終わった。


「いいじゃん別に。背はちとデケぇが、それに見合うくらい乳とケツも馬鹿デカいから、むしろ人間にはない魅力を感じるってもんだ。ヒツジ頭が気になるなら袋を被せてやりゃいいだけだしな。俺はこいつぐらい腹が段になった女が好きなんだよ。たるんだ肉に自分の指が埋もれる感覚ってのはたまらねぇ……上にまたがらせて、女の体重で押し潰されそうになりながら突き上げんのは最高だぜ……」

「イヤァ〜ンッ、スッゴイベタボメェッ♡ ルルチちゃん照ちゃイますゥ〜〜ッ♡」

「いやっ……そういう好み以前の問題だろうっ!? 正気かっ!? 人間ならまだしも、こんな毛むくじゃらの化物とまぐわったら確実に病気になるぞ!? せめて相手は選ばないとっ……!!」


 酔いしれたように聞かれてもいない己の嗜好を語り出すベルトリウスに、ケランダットは何とかルルチの申し出を却下させようと説いた。

 するとキャーキャーとはしゃいでいたルルチは、ねたように頬をプクリと膨らませて膝に手をつき身をかがめると、わざわざ脇を締めて谷間をぐっと強調させてからケランダットに抗議の声を上げた。


「ンモォ〜ッ、ケランダットサンってばヒドォ〜い! ルルチちゃんはそンな害を及ぼす魔物じゃあリまセンッ! 皆サンを楽園ヘとお連れすル、愛でてヨシ♡ 食べてヨシ♡ の、何でもござレな愛ガン獣ですヨ♡」

「……ぐっ……!! やっぱり無理だっ……! いくらお前の指示でも、こんな化物を相手にして性病を患って死にたくはない……! 頼むから俺抜きでやってくれっ……!」


 寄ってきた大ぶりな双丘にどぎまぎするよりも、己をじっと捉えて微動だにしない、ルルチの独特な横長の四角い瞳孔どうこうの方に目が行ってしまったケランダットは気味悪さから、全ての決定権を握る友へと切実に訴えかけた。


「ははっ、分かった分かった。お前必死すぎじゃん? まぁ、そういうことだから……ルルチも納得して、俺一人で我慢してくれよな。俺だったら何度だって誘いに乗ってやるぜ?」

「ムムゥ……友好的な人間サンに囲まれて、イチャイチャしながらハてるのが夢だったんですケド……仕方ナイですネ。積極的に愛シ合える方に巡り会エただけでもヨシとしましょウ! ―― サァッ、そうと決マればイキますヨお二人ともッ!! 乱暴モノのユー・ボーローサンをお誘いして、領地デ大乱交マツリの開催ですッ!!」

「いや……乱交はちょっと……」


 ”ヤる前に殺されるだろ……”と、ぼやくベルトリウスの声は、先の展開を想像して身をよじらせて興奮しているルルチには届いていなかった。


 今のところは正式にエカノダの配下とはなっていないものの、このままいくと軍団に加入するであろう異色すぎる魔物の登場に、ケランダットは勿論、その他多くの味方が頭を抱えることとなる――。

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