94.罪なき罪

 顔にかかる木漏れ日に起こされたケランダットが首を上へ向けると、太い木の枝には未だ獣のようにもたれ掛かるベルトリウスの姿があった。


「……そこで暮らすつもりか?」

「うっせぇ。今から降りっけどなぁ、手ぇ洗うまで絶対俺に近寄んじゃねぇぞ!」


 互いに睨み合うと、ベルトリウスは木から飛び降りて、ケランダットからやや離れた場所へ着地した……。




 林を出発した二人は、この日も歩きっぱなしで移動した。

 一晩休み、また次の日も先人が踏みならした街道を突き進んでいると、エイレンが言っていた集落を発見した。


 一つ目の集落を通り過ぎ、何キロか先にある二つ目の集落も通過する。

 ボーロー森の最寄りにあると思われる三つ目の集落へ辿り着いた頃には、日も傾きだしていた。だが、ここまで来れば味気ない徒行の旅も終了だ。遠くに見えるおどろおどろしい雰囲気を纏った巨大な森の影が、自らがボーロー森であることを主張していた。

 あの森の木々は、ここ数日通り抜けてきた林の木々とは比べ物にならないくらいに背丈が高い。異様な成長を遂げた植物が群生しているかの地は、まるで中にあるものを外へ逃さんまいと使命を帯びているかのように、黒い影達が天に被るまでに大きく膨れ上がっていた。



 二人は森へ直行せず、森の手前に構えられた集落の方へと向かった。

 魔術で倒し切れず、その地に封印するしかなかったほどの強力な魔物だ。今日のところは地元民から情報を集めるだけにして、討伐は明日の陽のある時間帯に行うことにした。


 街道から最も近い家を訪ねると、出てきたのは木槌きづちを手に持った中年の茶髪の男だった。明らかに警戒している様子の男を刺激しないよう、ベルトリウスは穏やかな口調で声を掛けた。


「すみません、少し尋ねたいことがあるんですが」

「……なんだお前たちは」

「そんなに警戒しないでください。俺達はとある方から依頼を受けた傭兵です。ボーロー森に住む魔物を退治するために派遣されて来ました」


 そうもっともらしい紹介をすると、男は簡単に警戒を解き、気の毒そうにベルトリウス達を見て声量を抑えて言った。


「これは失礼……あなた方が目指している魔物は、ユー・ボーローで間違いないでしょう。悪いことは言いません……今からでもその依頼は断った方がいい。ユーは過去に魔術師ですら倒せなかった化物です。それをたった二人で倒そうなど、絶対に無理――」

「コーゼン、何をボソボソ喋ってるんだ」


 コーゼン……そう呼ばれた木槌を持った男は、顔を強張らせて屋内へと振り向いた。

 声の主は部屋の奥にいた、コーゼンと同齢ほどのこれまた茶髪の男だった。彼はつかつかと入口の扉までやって来ると、コーゼンを挟んで来訪者である二人にじろじろと不躾ぶしつけな視線を送りながら口を開いた。


「どうも、この村をまとめている者です。ユーについて知りたいのですよね? 外へ出ましょう、伝承に詳しい老人を呼んできます。我々としても、あの恐ろしい雄叫びを聞かなくて済むのなら協力は惜しみません」

「それはありがたい。ぜひお願いします」


 勝手に話を進めていく男にベルトリウスも異を唱えず乗り掛かると、コーゼンを除く三人で家を離れた。

 残されたコーゼンは、去りゆく三つの後ろ姿を屋内から静かに見つめていた。




 案内人の男と各家から呼び出された老人達に囲まれ、ベルトリウスとケランダットはユー・ボーローに関する言い伝えを聞いた。

 長々と語られる内容のほとんどはタラハマから聞いたものと全く同じ中身をしていたが、何か別に実のある話が出てくるのではないかと、ベルトリウスは辛抱強く相槌を打って待った。だがいつまで経っても既知の情報しか流れてこないので、早々に見切りを付けて集落を去ることにした。


「皆さん貴重なお話をありがとうございました。討伐の参考にさせてもらいます。それでは、我々はこの辺で……」

「もう行かれるのですか。その討伐というのは、いつになさるご予定ですか? ユーは人間と同じように昼に行動して夜に眠るため、ちょうど今ぐらいの時間帯から大人しくなります。準備が整っているのならば、すぐにでも向かうのがよろしいかと」

「では、このまま森へ入りましょう。失礼いたします」


 そう言って集落を発った二人を、言い伝えを披露しに集まった人々は長いこと立ち続けて見送っていた。

 街道に戻ったベルトリウスは、顔を少しひねって集落の様子を確認した。向こうからすれば黒い点にしか見えないであろう遠くに離れた自分達を、人々はまだ解散せずに同じ場所に立って見つめているようだった。

 武装した見知らぬ人間が訪ねて来たのだから、現地人としては警戒を続けるのは当然かとさして気にしなかったが……それとは別に、何か隠された思惑がありそうだとベルトリウスは感じていた。 



 集落で一言も発することのなかったケランダットは、先をゆくベルトリウスが地元民に促された通りに真っ直ぐに森を目指しているので、薄暗くなる空の下、”まさかな”と思いながら問い掛けた。


「本気で今から森に入るつもりか?」

「なわきゃねぇだろ。魔物は眠らない。あいつら、俺らが森で殺されるもんだと踏んで適当こきやがったんだ。これじゃ封印されて森から出られないって話も本当かどうか分からねぇな。やっぱり俺がおとりになってユー・ボーローをおびき寄せて、お前が遠くから浄化の光で焼き殺すのが一番手堅そうだ。今晩は森の前で早めに休んで、明日の陽が高いうちに殴り込みを……ん?」


 ベルトリウスは移動しながら打ち合わせをしている最中に、前方で複数の揺れる影を発見した。

 それらは森の入口で動いていた。二人がいる地点から三、四百メートルほど離れていたため、ケランダットには細かい形までは見えていないみたいだったが、ベルトリウスははっきりと子供の姿を捉えていた。



「早く入れって意気地なし!! おめーがユーに食われても誰も困らねーよ!!」

「そーだそーだ!! 根性みせろーー!! 早く死ねーー!!」

「ぎゃはは!! 自分で入れねぇなら、おれらが投げ入れてやる!! おいっ、みんなで持ち上げようぜっ!! そっちの足引っぱれっ!!」

「ぐっ……ゔっ……やめろぉっ……!!」


 穏やかではないやり取りに夢中になっていた少年達は、背後に迫る大人に気付いていなかった。

 森の入口でたむろしていたのは四人の少年だった。全員、十代前半といった年頃だ。

 足を押さえて涙ぐんでいる一人の少年を、下卑げびた笑い声を響かせる三人が取り囲んで、乱暴に手足を掴んで茂みに投げ入れようとしている。


 どこからどう見ても、遊びの範ちゅうを越えた”いじめ”である。

 恐らく先程訪れた集落に住んでいる子供だろう。この辺りの集落はユー・ボーローを倒した後に盗賊団の良い取引相手カモになってもらう予定なので、無闇に殺して人の数を減らすのは避けておくべきかと、ベルトリウスは穏便な方法で子供に自主的に去ってもらうことにした。


「ここで何してる」

「アァン? ……なんだよオッサン、せっかく盛り上がってんのに邪魔すんなよ」

「邪魔なのはお前らの方だ。俺達はこの森の魔物退治に来たんだよ。こんな所で騒がれてちゃ仕事の邪魔だ。遊ぶなら村に戻ってからにしな」

「魔物たいじぃ? …………プッ!! ぎゃっはははははははーーーーッ!! オッサンら正気かよッ!? ニンゲンがユー・ボーローに勝てるわけねーじゃん!! アホッ!! 超アホッ!! アホアホアホアホアッ―― ボッ”!!??」

「仕事の邪魔だっつってんだろ。さっさと失せろ」


 ベルトリウスは食って掛かってきた主犯格の少年の腹に、優しく蹴りを入れた。人間……それも子供相手なのでかなり加減したつもりだったが、強化された肉体から繰り出される一撃は、少年にとっては大砲を食らったような強力なものであった。


 人相の悪い少年は息もできず、へその辺りを押さえてその場でうずくまった。取り巻きの二人といじめられていた少年が、唖然とした表情でその様子を見ている。

 狭い集落から出たことのない子供達は、外の世界の大人がこうも無慈悲に暴力を振るってくることを知らなかった。


「ヴッ”……ェ”ッ”……!?」

「何を驚いてる? 蹴りを食らうのは初めてか? 殺されないだけマシだと思え。今から五秒数えるが、終わりまでにこの場に残ってた奴は体をぶつ切りにしてユー・ボーローを誘い出すまきにしてやるからな。それ、いーち、にーい――」

「ヒッ”……!? おっ、おいそっち抱えろっ!! 逃げるぞっ!!」

「やばっ……やばっ……!! ゲック早く起きろよっ!? おおおおいてっちゃうぞっ!?」


 取り巻きの少年二人はゲックと呼んだ、動けない主犯格の少年を抱えて走り去ってしまった。

 置いてきぼりを食らったいじめられっ子の少年は、冷や汗を垂れ流しながらベルトリウスを見上げた。まだ幼さが目立つ顔には、鼻筋や額の部分に小さな切り傷の跡が何個も残っていた。


「何見てんだ。おめぇも消えんだよ」

「あっ、足がっ……あいつら変な方向に蹴るからっ……曲がっちゃってっ……!」

「知るかよ。我慢して歩け。マジでエサにしちまうぞ」

「……―― グスッ……! オ、オレだって……好きでケガしたわけじゃないのにっ……!」

「だから知るかよ、うざってぇな。……はぁ〜……おい、男が簡単に泣いてんじゃねぇよ。てめぇの身の上にゃ興味ねぇが、泣くくらいなら一発殴り返してやりゃいいんだ。どうして反抗しなかった? どうせ今日が初めてのイビリじゃねぇんだろ? 悔しくないのか?」


 ベルトリウスは泣き出す少年の前でしゃがみ込み、言い聞かせるような台詞と共に濡れた顔を覗き込んだ。

 少年は何度かしゃくり上げてから、すっかり威圧感の消えたベルトリウスの目を見て言った。


「あいつ……ゲックの父親がオレの父さんをイジメてるからっ……反抗なんかしたらっ、ゲックがちくって……父さんと母さんがもっとイ、イジメられるからっ……!」

「じゃあどうしようもねぇな。親の負債はてめぇの負債だ。諦めて狭い村での言いなり人生を満喫しな」

「……っ!! ……ぅっ……クッソぉ……っ!」

「……相手の親もまとめてぶっ殺せばいいだろう。寝込みでも襲えばいい。何故そうしない」


 容赦なく放たれるベルトリウスの返しに打ちひしがれる少年は、続けてケランダットから強い口調で尋ねられた。

 腰を落として目の高さを同じ所に合わせてくれた青年とは違い、長身から一切の配慮なく冷めた視線を浴びせてくる壮年の男に、少年は身を縮こませて弱々しく答えた。


「それは……考えたことも、あるけど……でも人殺しなんかしたら、それこそ村で暮らせなくなるから……」

「じゃあ黙って言いなりになってろ。現状を変える覚悟もない奴が行きずりの人間に甘えるな」

「……っ」


 確かに少年は明確に助けを求めたりはしなかったものの、事情を問われた際には僅かに希望を寄せる表情をしていた。もしかすると、この二人がいじめっ子達をどうにか正してくれるのではないか……と。

 そんな淡い期待を打ち砕かれた少年は、改めてくしゃりと顔を歪め、大粒の涙をこぼして顔を伏せた。

 ベルトリウスはさも面白そうに歯を見せて笑うと、少年の肩を叩いて面を上げさせた。


「こいつの言うことは正しい。自分で行動も起こせない臆病者が、赤の他人に問題を解決してもらおうなんてそんな調子のいい話はねぇからな。……だが逆に言えば、自分で行動を起こしさえすれば、他人を頼ってもいいってことだ。俺にお前の覚悟を見せてみろ。このナイフを貸してやるから、今からあの三人を追いかけてぶっ刺してこい。誰も逃すことなく殺せたら、俺が人殺しの罪を代わりに背負ってやる。どうだ、やるか?」

「……ぇっ……えっ……?」

「おいっ、何を言い出すんだ」


 懐から小振りのナイフを取り出して、少年に持ち手部分を向けて差し出したベルトリウスに、ケランダットは思わず非難の声を上げた。


「単なる暇潰しだ。さっきのクソガキ共の悪絡みにムカついた俺らが、殺したことにすればいい。このガキも被害者で、上手く逃げ延びた目撃者として村に駆け込んで大人達に触れ回るんだ。どうせ俺達はボーロー森で死ぬと思われてるからな、追手なんか来ないだろ。来たとしても死んだガキ共の親ぐらいだろうし、そいつらもついでに殺せばいい」

「やめろ、どうして俺達がこんなガキの犯罪を肩代わりしなきゃならない。わざわざ面倒事を引き寄せるな」

「だーからぁー、単なる暇潰しだって! 俺は眠れないから夜明けまで暇なんだよ。何か事件でもあった方が時間の進みが早い。お前は気にせず寝てろ」

「これが気にせずにいられるか! 変に敵を増やして寝首を掻かれる危険を持ち込むなと言ってるんだ!」

「人が近付いてきたら気配で起きられるんだろ? 前に豪語してたじゃん。心配しなくても魔術師でもない平凡な人間だ、俺が討ち漏らすわけねぇよ」

「俺は何か役に立つわけでもないガキのために働いてやるのが気に食わねぇんだ! この先ずっと不幸な子供を見つける度に手を貸していくつもりか!? こんな意味のない行為はやめろ!」

「意味ならある。俺が楽しい」


 眼前のナイフを凝視して放心する少年をよそに、二人の舌戦ぜっせんは白熱した。

 ケランダットは”魂も集まるしな”とヘラリと笑うベルトリウス……ではなく、彼の背に隠れて力なく座り込んでいる少年を恐ろしい形相で睨み付けた。


 ベルトリウスは自分だけの”英雄”であるべきなのだ。このまま少年を助けてしまえば、きっとベルトリウスは少年の中でとても大きな存在として残ってしまうだろう。たとえ気まぐれから来る行動だったとしても、こんな取るに足らない何の才もない子供がベルトリウスの情けを受け取ることが許せなかった。それらは全て、自分が独占すべきものだからだ。



 ケランダットの怒りの矛先を目で辿り、少年を振り返ったベルトリウスは呆れたように声を掛けた。


「おい、まだ追っかけねぇのか? せっかく気分が乗ってきたんだ、早く走って背中にナイフ突き立ててこい」

「……でも……オレ……っ」

「このまま負けっぱなしの人生を我慢し続けるのか? こんな好機は二度と訪れないぞ。覚悟を決めて今までやられた分をやり返すか、日和ひよって一生足を曲げられる生活を送るかだ。さぁ、どうするんだ」


 ベルトリウスはそう言って、少年に無理矢理ナイフを握らせた。

 彼の笑みは異形の怪物のようにおぞましい闇をはらんでいた。頭上でギラギラと輝く西日が深い影を作り、男がどんな風に笑っているのか、逆光も合わさるお陰で少年にはよく見えていなかった。



 ―― 気付いた時には、少年は立ち上がって駆け出していた。


 顔中を汚していた汗と涙が、風に乗って頬の側面へと流れてゆく。

 曲げられた足の痛みなんて感じる暇もない。

 浅く荒い呼吸が、己の鼓動を早くする。


 あの三人にはすぐに追いついた。森を少し離れただけで、彼らは走るのをやめていた。


 少年は無心でナイフを振り下ろした。

 振り向いた悪童達の驚愕の顔が、すぐに赤く染まった――。






 ベルトリウスは少年の奮闘を遠くから眺めていた。

 興奮に任せて主犯格の子供から狙うものだと思っていたが、少年が初めに片付けたのは、ゲックの両脇にいた足役の二人だった。

 ひと刺しすれば、どちらも汚い悲鳴を上げて倒れ込んだ。あとは自力で歩けないゲックを滅多刺しにして、地を這う両脇の子供達をもう一度刺して息の根を止める。


 少年は本能により、最も逃走率の低い順番で殺したのだ。

 あんな涙をこぼしていた弱々しい少年が、自分の言葉一つで劇的に変化してみせた。ベルトリウスは胸が満たされるのを感じながら、肩で息をする少年の元まで歩み寄った。


「ころしたっ……ころしたっ……オレがっ……」

「そうだ、お前が殺した。すっきりしただろ? 気に食わない奴をぶっ殺すこと以上に、スカッとするもんはねぇ」

「……―― ゔっ”!? オエ”ェ”ッ”……!!」


 血の海でへたり込んでブツブツと呟いていた少年は、ベルトリウスに喋り掛けられると嘔吐した。

 口元をぬぐう少年を何も言わず見下ろしていると、少年は血を流す三人を見つめて小さな声で言った。


「……ゲックの父親……オレの父さんと兄弟なんだ……昔っから性格のいいおじさんじゃなかったけど、次の村長に父さんが指名されてから、うちに嫌がらせしてきてっ……」

「……」

「村のみんなもみんなだっ、馬鹿みたいにゲックの親父の口車に乗って……っ!! みんなしてうちに仕事を押し付けてっ、じいちゃんが死ぬまではずっと仲良くしてたのにだよっ!? 父さんは”これは神様がもたらす試練だ”ってしか言わないしっ!! オレが怪我して帰っても”耐えろ”ってしか言わないしっ!!!! ……ずっとずっと父さんのこと恨んでたけどっ……でもっ……夜中に母さんと泣きながら話してるとこ見ちゃってっ……!! オ、オレっ、どうにか助けてあげられないかなってっ……!! ……だけど、こんなやり方じゃ、二人はかなしんじゃうかなっ……? オレ……ひとごろしになっちゃったよっ……ゔっ、ゔぅ”ぅ”……っ!!」


 ベルトリウスは少年の父親が集落にいたコーゼンであることを直感で気付いた。この少年もコーゼンも茶髪で、同じ家から出てきた同齢ほどの男も茶髪だった。老人達を集めてくれたあの男こそが、ゲックの父親だったのだろう。どうりで訪問の時に殺伐とした空気が流れていたわけだ。あれはいびりの最中だったのだ。


 親が親なら、子も子というべきか――。


「……家族のために手を汚した我が子を、愛おしく思わない親がどこにいる。こいつらは自業自得だ。いいことも悪いことも、いつか自分に返ってくるもんだ。もしお前の両親が今日の出来事を知ったとしても、二人はお前の行動を誇りに思うだろう」

「……っ!!」


 少年はベルトリウスを見上げた。

 相変わらず西日がまぶしく、彼の表情は逆光でよく見えなかったが……その紡がれる言葉の全てが、己の不安を余すことなくすくい取ってくれた。


「オレっ……ウラウルって言います! あなたの名前はっ……?」

「……ベルトリウスだ。直に村へ良くない連中が現れるだろうが、その時は俺の名を出して出来得る限りの協力をしろ。上手く立場を利用すれば、お前ら一家は本来収まるはずだった村長の座を掴み直せるかもな」

「あの……それは、どういう……?」

「賢く生きろってことだ。正直さは愚かさの象徴だ。よく覚えとけ」


 少年……ウラウルには、ベルトリウスの言わんとしていることが上手く理解できなかったが……ただ、”覚えておけ”と忠告されば、脳に刻み込んででも覚えておかなければならないと思った。


 彼は自分にとって、かけがえのない”英雄”なのだから……。



「ベルトリウスさん……この恩は絶対に忘れません!! あなたはオレのっ……オレたち家族の救世主ですっ!! 本当にありがとう!!」

「くくっ……殺人の手引きをした相手に感謝とは、ろくでもねぇガキだ……早く村へ戻りな。まだ完全に終わりじゃねぇんだ。あとはお前がどれだけ被害者ヅラできるかに懸かってる。そのナイフは返しとけよ、こいつはしか持ってちゃいけねぇ物だからな……」


 ウラウルは立ち上がり、ベルトリウスに血まみれのナイフを手渡した。

 薄く口角を上げた男の笑みは、罪なき少年には天の使いと見紛みまがうほどに燦然さんぜんきらめいて見えた。

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