閑話.ある盗賊の苦悩

 その生き様を表すかのように薄暗い地下室の一角にて、タラハマは永遠の眠りについた仲間達を静かに見下ろしていた。


「最初はただの金ヅルかと思ったんだ……いつもみたいに、ぼったくってやろうとして……そしたら……」


 赤髭が俯きがちに語り出すと、周囲に立っていた部下達は口々に怨嗟を吐き始め、中には友の死や自身らの置かれた状況を嘆いて啜り泣く者もいた。

 タラハマは首の切れた大男……団長であるドッヂの変わり果てた姿を見て、出会った頃の彼との思い出が走馬灯のように駆け巡った。

 良い思い出も悪い思い出もある。このごろは仕事に関する何もかもを副団長である自分や部下任せにして遊び歩いていたが、二十代、三十代の若い頃は率先して儲け話を集めてくる活力に満ち溢れた男だった。だからこそ先代の団長から指名を受けて座を受け継いだというのに、その運も向上心と共に尽きてしまったかとタラハマの中には悲しみとは別に諦めに似た気持ちもあった。



 そうやって入れ込みの差はあれ、各人かくじんとの思い出を振り返りながら隣のベッド、また隣のベッドへと視線を移して元凶についての話を聞き続ける。


「今ムドーが相手してる。あと……しばらくの間、ここに泊まりに来るらしい」

「泊まるだって? ハッ……盗賊の隠れ家を宿屋扱いか。とことん舐めた野郎だ」

「……頼むから言う通りにしようぜ。俺達だって死にたくないんだ……」


 すっかり肩を落としてしまった赤髭を皮切りに、背後にいる他の部下達の意気消沈する溜息が続く。常にぎゃあぎゃあと喧嘩腰で騒ぎ立てる男共がまるでこの世の終わりみたいに俯く姿に、タラハマは”情けねぇ”と小さく呟くしかなかった。



 嘆くばかりの部下を残すと、タラハマは亡骸の眠る部屋を出てムドーとその相手の元へと向かった。

 酒場と雰囲気が似た、普段盗賊達が団らんして過ごす広間にわざと靴音を立てて登場すると、ちょうど正面のテーブルでこちらと対面するように顔を見せて座っていた金髪の男が、軽薄そうな笑みを浮かべて尋ねてきた。


「あんたが副団長?」


 緊張で通路から聞こえてくる足音に気付いていなかったのか、背を向けていたムドーが弾けたように振り向き、待ってましたと謂わんばかりにガタッと椅子を後ろに倒しながら勢いよく立ち上がった。


「ふっ……副団長ぉ〜〜!」

「……どうしたらこいつらを解放してくれる」

「おいおい挨拶もしてくれないのか、人としての最低の礼儀だぞ? ……まぁ、座れ。俺達きっと長い付き合いになる」


 促されるままムドーと席を替わると、タラハマは顎をしゃくって退散するよう金庫番に進めてやった。



 いざ対面した金髪の男……ベルトリウスという男は、仲間から聞いていた情報を元に組み上げた予想像よりも遥かに力弱そうだった。だが、彼が如何にして多くの部下の命を奪ったかも報告を受けていたタラハマは、決して目の前の相手に気を緩めはしなかった。

 鍛え上げた太い腕を胸の前で組み、威圧の意を込めて血管を浮き立ててみせる……が、ベルトリウスはその様子を子供騙しの虚勢だと嘲笑うかのように鼻を鳴らして一蹴すると、すでに中身が半分までに減っていたコップを手に揺らしながら語らいを始めた。


「そう肩を張るなよ。安心しろ、俺はどっかのお偉いさんや別の同業者の差し金でここを襲ったわけじゃねぇし、敵になりたいわけでもねぇ。そうだな……まずはあんたの人柄が知りたい。正直な気持ちで答えてほしいんだが、団員やかしらが死んで悲しんでるか?」


 突拍子もない質問に、タラハマのこめかみの辺りが無意識にピクッと動いて反応した。


「……悲しみはない。怒りはあるがな。悪さをしてれば自分達に返ってくることもある。今回はそうだっただけだ」

「じゃあ、今残ってる仲間はなんで助けたいんだ? そいつらだって死んだら同じように納得できるはずだろ?」

「見える所で死にかけてるのと、見えない所で死んじまったのとじゃワケが違う。長くつるんできた奴らのために手を尽くしてやろうとするのが、そんなにおかしなことか?」

「なら、ここで俺があんたを”重荷”から解放してやったらどうする? 一人になっても悪さを続ける? それとも真っ当な世界で細々と新たな生活を始める? 特別にあんただけは見逃してやってもいいぞ、二度と目の前に現れないとも約束してやる」


 次の瞬間タラハマはガタッと大きな音を立ててテーブルに身を乗り出し、これが気弱な人間ならば恐怖で心臓が止まってしまいそうなくらい鋭い殺意に満ちた目付きで、直近に迫った紫の瞳の中にある黒い瞳孔を捕らえた。


「今更日の当たる場所には戻らねぇ。んなことになりゃあ、今まで買ってきた恨みの報復を受けて死ぬ前に、テメェの手足をもぎ取ってそのダラダラと意味のねぇ話を続ける口ん中にぶち込んでやる」


 年齢と、刻まれた苦労の証である顔中のシワ。目の下に沿うように残った、ミミズ腫れのように膨れて目立つ古い切り傷。加えて、額に浮き上がる大きな青筋……。

 ただでさえ強面な悪漢に息が掛かるほど間近で強圧されているのに、ベルトリウスは平然と口角を上げていた。


「……そうか……あんた……ふっ、くくっ! 悪者のくせにやけに仲間思いなんだなぁ? ふふっ……いやっ、いいことだ! 期待通り! あの団長さんよりあんたを選んで正解だったと思うよ! 俺はってのを選ぶのが上手いんだ! うははっ!」


 今の脅し返しのどこがツボに入ったのかは分からないが、ベルトリウスは近すぎるタラハマと距離を取るように上体を後ろに下げて背もたれに預けると、実に楽しそうに声を上げて笑い出した。

 タラハマの長所は、怒りが頂点に達しても直後に冷静さを取り戻せるところである。

 ヘラヘラと笑うベルトリウスを見たら普通は余計に怒り狂うだろう。仲間が殺されているのなら尚更に。だが、そんなふざけた反応のお陰でタラハマの思考は”生き残った仲間達をどう救うか?”という考えに切り替わり、ここで下手にベルトリウスを刺激してみすみす命を危険に晒す必要はないと心を落ち着かせることができた。


 倒れた椅子を立て直して座り込むと、タラハマは対面した時と同じように腕を組んで睨み付ける体勢を取った。

 ベルトリウスは改めて自らの口から正体を明かすと、何の仕掛けもない手のひらに茶色い液体を発生させ、近くの壁に繋がっていた小虫を一匹捕まえて液溜まりに投下した。すると、暴れる小虫の体が見る見るうちに溶けてゆき、あっとういう間に毛のように細い脚の一本も残さずに消えてしまった。


 目の前で実践されれば疑いようもない。小虫を溶かした茶色い液体が体の内側へ吸収されてゆく様を、タラハマは顔を強張らせながら見つめていた。

 ついでに先日ジョイ商会の拠点になっていた小さな村を壊滅させたという情報も暴露ばくろされると、流石にこれには反応を禁じ得なかったのか、タラハマは焦りを見せた。


「拠点潰しって、この前大騒ぎになってた事件だぞ!! お前がやったのか!?」

「色々あってな。そんなに話題になってたか?」

「話題どころじゃねぇ、ジョウイが犯人の首に賞金を掛けてんだぞっ。知らせが入ってすぐに険悪な関係だった大手同業者の仕業だと決め付けて、そこたら中の取引現場に邪魔しに行ったんだ。何の証拠も出ないからジョウイの評判はガタ落ち……へそを曲げて仕事の話も取り合ってくれねぇし、被害を受けたよその組織も犯人を探し出して連れて来いと相当トサカにきてる始末だ」

「わははっ、ジョウイ孤立してんのか! そりゃいい!」

「いいワケねぇだろっ!! あいつが倒れると付き合いのある盗賊団うちも影響を受けるし、第一テメェのせいだとバレたら一緒にいる俺らの立場も危ういんだぞ!!」


 タラハマが恐ろしい形相で一喝するも、くすんだ金髪は能天気に揺れていた。

 ベルトリウスは手にしていたコップを口元へと運び、ゆっくりと傾げた。飲み終わると親指の先で唇の酒のしずくをぬぐい取り、服の裾をこすって指を綺麗にしながら、高らかに響かせていた声量を抑えて呟くように言った。


「そうなりゃ荷物まとめてよその国に移りゃいい。遅かれ早かれガガラは終わる。俺がこの街に来たのはジョウイを殺すためだからな、ジョウイを殺したら次は街の人間だ。領主も殺して……いつかは国を狙う。タハボートを獲ったら次は別の国だ」

「……おめぇ、一体何者なんだ? 刺客じゃねぇってんなら、どうして国を狙う?」

「だからぁ、魔物だっつってんだろぉ? 目的については内緒。あんたら盗賊は俺の手助けをしてくれりゃいいんだよ。そうすりゃ仕込んだ毒を弾けさせることもない」


 真偽のほどは分からないが、このガガラを……ゆくゆくは国を乗っ取るという野望を吐露とろされたタラハマは、何という面倒事に巻き込まれたのだろうと柄にもなく頭を抱えたくなった。鼻先に拳を叩き込んで、この頭痛を誘発する声を今すぐ黙らせてやりたかった。


「とにかく、巻き添え食らいたくなかったら拠点を移せってことだ。俺が指示したら他国へ渡って地盤を固めてもらう。上手いこと金を生み出す案を考えとけよ」


 さといタラハマはベルトリウスの最後の一言でその思惑に気が付いた。彼は自分達を、侵攻のための資金調達源にするつもりなのだ。

 魔物でさえ活動資金が必要なのかと嘲笑がこみ上げてくるし、そんな尊大な計画が上手くいくかという気持ちしかないが、こちらに拒否権はない。


「……成功報酬をくれ。街を落としたら一人分の毒を取り除くとか、国を乗っ取れたら半数を解放してくれるとかな。そうすりゃ士気も上がる」

「なんで俺がわざわざ手駒を減らすような約束しなきゃいけないわけ? 使えねぇなら全員殺すだけだ。あんたらの代わりなんて道端にごまんといることだしな」

「俺達はすでに組織化されていて、統率も取れてる。腕っぷし自慢の馬鹿が集まってるし、金勘定に長けた表社会に紛れ込める奴もいる。行き倒れを拾って教育するのに一体どれだけの時間を無駄にするつもりだ? だが、俺達だって盗賊だ。ウマい汁をすすれなきゃ突っ走ることはできねぇ」


 詐欺師のように常にヘラヘラと笑っているので侮ってはいたが、気怠そうに答えるベルトリウスは本当にそうしてしまいそうな危うさを醸し出していた。

 間を開けずに盗賊団の価値を語るタラハマを、ベルトリウスは首を後ろに傾げてじっと見下ろして凝視していた。値踏みするような視線に屈辱から奥歯を噛み締めずにはいられなかったが、形成された上下関係のお陰で手を出すことはできなかった。


 無言の中で視線が交差すること数秒。

 ベルトリウスはニッと口角を上げて表情を和らげると、姿勢を正して座り直し、口を開いた。


「顔に似合わず口が回るのがいいな。なんでも拳で解決しようとしないところも評価できる。”餌”については考えとくよ、あんたは本当に立派な男だ」


 嫌味か茶化しか、はたまた両方か。

 ベルトリウスは明確な答えを出さないまま保留を選ぶと、立ち上がってタラハマの肩に軽く手を乗せて広間を去っていった。



―― 全員体のどっかを触られたから、あれが毒を仕込むために必要な行為なんだと思う…… ――



 ふと、先程聞いた赤髭の台詞が思い出される。これで自分も人質の仲間入りをしたわけだ。

 タラハマは机に肘をついて額に手をやり、一人になった広間でしばらく俯いたままでいた。




◇◇◇




 商会の頭であるジョウイから信頼があったタラハマは、付き添い役として城の敷地内に足を踏み入れることを許可されていた。敷地内といっても、そこは一応盗賊という身分。行き来できるのは焼却炉のある、すすにまみれた汚い裏庭だけだったが……。



 半蛇の少女を運び出した後、その日もいつも通り、唯一の許可場である裏庭に向かっていた。タラハマはジョウイと取引をした日はこうして焼却炉の前で彼の帰りを待たなければならなかった。分割して支払われる報酬の前払い分を、まずこの時に受け取るのだ。

 他用がなければ、その後は基本的には解散となるわけだが……パジオとのやり取りがどれだけ長引くか分からないジョウイを、終始焦げ臭い場所で待ち続けなければならないことにタラハマは毎度苛立ちを募らせていた。


 そびえ立つ離れの塔に月はすっぽり隠されてしまったが、暗闇に慣れているタラハマは明かりを持たずに大股でズカズカと進んでいった。無事焼却炉へと辿り着くと、前方からずりずりと地を這う音が聞こえる。

 よく目を凝らして見てみると、ちょうど目の前を通過しようと揺れている人型の影を発見した。


 先客に近付いて確認すると、そこには全身を赤に染め上げられ力なく横たわる人間と、その人間の腕を持って面倒くさそうに引きずりゆく二人の兵士の姿があった。

 驚いたのは、恐らく大量の血であろう液体をポタポタと垂れ流しているのが、あのベルトリウスだということだ。

 彼が死のうが知ったこっちゃない……心境的にはむしろ死んでほしいくらいだが、この時タラハマの脳内によぎったのは、毒の仕掛け人であるベルトリウスが死んでしまえば、自分や部下達に植え付けられた爆弾はどうなってしまうのかという不安だった。

 もし向こうの命の灯火ともしびが消えると同時に破裂するようなことがあれば……そう思い浮かんでしまっては、行動せずにはいられなかった。


「おい、そいつを寄越せ。後の始末は俺がやる」

「あぁ?」

「なんだおま―― ……あっ、あんたか……っ」


 横から声を掛けられた兵士達はタラハマの顔をはっきりと確認すると、困惑気味に足を止めた。

 いくら主人が取り仕切る黒い商売に加担しているとはいえ、使用人や兵士はそれでも表社会に生きる一般人であった。であり、大商会の頭や領主とその手の方で関わりのあるタラハマと付き合いたい者などいるわけがなく、ましてや恨みを買いたいはずもなかった。


 出合い頭の睨みですでに気圧けおされていた兵士達は大人しくベルトリウスから手を離すと、足元に置いてじりじりとおびえ腰で後退していった。

 タラハマは近くの手すりに掛かっていた大判のタオルを引っ掴むと、体がひしゃげたベルトリウスを覆い隠すようにぐるぐる巻きにし、一息吸って肩に担いだ。


「後で誰かに何か聞かれても、”自分達で上手く処理した”と伝えておけ」

「え、それって……何かあったらオレらの責任になるみたいな言い方じゃ……?」

「……最近うちで飼ってる犬が悪食あくじきでな。切り分けて出してやりゃあ何の肉だろうが喜んで食っちまうんだ。馬鹿犬のケツからひねり出たくなかったら他言するんじゃねぇぞ」

「ヒィッ……!!」

「わ、わかったよっ、早く行ってくれっ!」


 充分に脅しを掛けるとタラハマは一旦その場を離れ、別の場所で待機していた部下に背負っていた呻く荷を預けてから再度焼却炉へと戻った。

 今回も長いこと待つと、悪びれもせずに顔を出したジョウイから中身の詰まった重い袋を受け取り、仲間が待つ住処へと足早に戻った。



 ベルトリウスに得も言われぬ恐ろしさを感じたのは、この件が切っ掛けである。


 タオルを解いてまじまじと見てみると、胴が、背骨がひん曲がっているのだ。回復の望みがないことは誰の目にも明らかだった。

 しかし、息も絶え絶えの状態でベッドに寝かせられていたベルトリウスは時間の経過と共に血色が良くなり、翌日には何十回と繰り返していた吐血が止み、またその翌日には一人でベッドから起き上がって歩き出したのだ。

 運ばれてきたばかりの姿を見た者は、誰もがその尋常ならざる再生力に恐れおののいた。そして言った。

 ”あれは確かに、人の皮を被った魔物である”……と。




 回復したベルトリウスとテーブルを挟んで向かい合うと、タラハマは落ち着かなそうに酒の入ったコップを片手で握り締めた。


「まぁ、死んだら死んだでよかったんだけどな。一応助けてくれた礼は言っとくよ、ありがとさん」

「死んでもいいって……そしたら俺らの体ん中にある毒はどうなる? 無くなるのか? それとも……破裂すんのか?」

「さぁ? 多分大丈夫なんじゃないか?」

「チッ……くそが! 適当言いやがって!」


 先の見えない恐怖と怒りを怒鳴って誤魔化すと、ベルトリウスはタラハマの荒れ具合を楽しみながら衝撃的な告白をしてきた。


「あんたって本当に期待通りの器だな。俺がどうしてあんたに毒を仕掛けないでいるか分かるか?」

「……なんだって? 仕掛けてないのか? この前……肩に手を置いた時に、俺にも毒を埋め込んだんだろ?」

「ははっ! いやいや、あんたには毒を打ち込んでないよ! だってあんた一人を特別にしといた方が面白いだろ? あんた団員と仲がいいみたいだからさぁ、ちょっと意地悪したくなっちまったんだよ」


 てっきり自分も毒を仕込まれているのだと勘違いしていたタラハマは、混乱した頭で呆然とベルトリウスを見つめた。悪さをする子供のように無邪気に笑う目の前の男が、何を言っているのか全く理解できなかった。


「賊ってのは根っこの腐った奴ばっかだからな。自分達はいつ死ぬか分からねぇ状況にあるのに上に立つあんただけが無事だったなんて知られてみろ? 奴らはきっと不公平だと腹を立てるに違いないぜ。あんたがどれだけ奴らのために献身的に働いてやっても、奴らは恩知らずなことにあんたを憎みだす。あんたは自尊心を殺して俺に従っているだけなのに、それが奴らの目には”安全地帯から手を貸して媚びを売ってる保身野郎”と映っちまうのさ。あぁ……かわいそうになぁ、タラハマぁ。そんなクズ共のために、どうしてあんたが苦労する必要があるんだ?」


 ベルトリウスの演技がかった哀れみの台詞が、タラハマの神経を逆撫でする。


 どうして苦労する必要があるかだって?

 ”家”だからだ。悪人だって居場所が欲しい。自分を拾ってくれたコリッツァー盗賊団を自分の代で終わらせたくないからだ。

 団員は”家族”……裏切りは許さないが、”家族”でいるならば深い献身を捧げてやる。

 こんな当たり前のことが何故分からないのか? それこそがお前が”家族”に手を出す”部外者”である証拠なのだ……。



「無視しないでくれよ……なぁ、お互いの気持ちがぶつかり合った時、あんたはどうすんのかな? 仲間を見捨てる? それとも変わらず汗水流して助けてやろうとする? やっぱり俺が気分次第で毒を弾けさせちまったら? ……あんたが死ぬのが先か、部下が全滅するのが先か……ぶはっ!! 考えただけでも笑けてくるよ!! 今のあんたの顔とかさぁっ、そうやって人の歪んだ表情を見てると、俺ぁ最っ高に気分が良くなるんだっ!! あはっ、あははははぁっ!!」


 恨みがましそうに目をかっ開いて充血じゅうけつさせるタラハマを見て、ベルトリウスは煽るように腹を抱えて大笑いした。太く大きな手に握り締められていたコップはミシミシと窮屈そうな音を立ててはいたが、既の所で割れるに至らなかった。


 ベルトリウスは笑顔で祝福の言葉を送った。


「格上げおめでとう、タラハマ。可愛い部下のために一生懸命働いてやれよ?」


 地下は暗く、俯くタラハマの顔を普通なら窺うことはできなかったが……魔物であるベルトリウスはしっかりとその瞬間の表情を覗きとると、とても晴れやかな気分になった。






 あれだけ酷い揶揄を受けても、タラハマは指示されれば文句なく働いた。

 懇意にしていたジョウイを文字通り切り捨て、ベルトリウスに差し出しては商会を乗っ取る手助けをした。そして裏競売にムドーら盗賊団員を派遣し、自身も領主と魔術師の残骸処理に進んで参加した。


 団員達は自ら毒におかされながらも、その憂慮を決して表に出さないタラハマを以前より強く慕い始めていた。ドッヂよりも良い気質の持ち主なのに副団長に甘んじていたと不遇の時代を嘆く者も現れ、いよいよ神聖視されだすとタラハマの夜酒は人知れず増えていった。

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