69.ご・め・ん・な・さい!


 クリーパーが地中を移動する中、腹の中ではオイパーゴスが文字通り目をらんらんと輝かせて、自前の羽を慌ただしくはためかせていた。


「ねぇ見てッ、ワシこれ今飛んでんのにキミと同じ速さで並んで落ちてっとるッ!! ねぇッ、コレってどういう仕組みなんかなァッ!?」

「少しの間でいいから黙っててくれねぇかなぁ……」


 ベルトリウスはわざと見せつけるように大きめの溜息を吐いた。場所が変わろうと不毛な問答は続く。今後オイパーゴスが興味のある分野に口を出し始めたら素早くその場を退散しようと、ベルトリウスは独特の鳴き声を聞き流しながら固く誓った。




 領地へ到着すると、クリーパーは体内の二匹の魔物をペッと吐き出して即刻その場を去ってしまった。


「あぁーーッ、行かんといてやーーッ!! ちょっと一緒におハナシしてこぉーーッ!?」

「どうせそのうち嫌ってほど会えんだ。先にエカノダ様ん所に挨拶に行くぞ」

「キョホホ……ワシは好物は最初に食べる派やのに……――ンッ? アレ何ィッ!?」


 そう言ってオイパーゴスは巨大な花が咲いた、玉虫色に輝く城を指差した。

 次から次へとよく目移りする奴だとうんざりしながら、ベルトリウスは簡単に説明してやった。


「あれが俺らの根城。最初に倒した管理者の体を使って建てた……らしい。建設中出掛けてたから俺もよく知らねぇけど」

「フムゥ……巨大な魔物の亡骸は朽ちずに残った場合、新たに誕生した魔物やヨソから流れ着いた魔物がそのむくろに住み着くことはままある話やが……コレ、明らかに手を加えて作っとんねやな? 人間クサイ造形てすぐ分かんねん」

「分かった分かった! もう目ぇつむってくれ! 俺が手ぇ引っ張って誘導してやるから、もう余計なもんに興味持たないでくれ!」

「エエやないかぁ! そっちがムリヤリ連れて来たんやから、ちっとは好きにさしてぇーなぁー!」

「てめぇだってノリノリで着いてきたんだろうが!? チッ、案外ムカつく奴とこがある野郎だな…………ん?」


 鼻息荒いオイパーゴスに対抗するように悪態を吐いていると、薄暗い城の入り口の奥から細い影がこちらへ向かってきた。

 エカノダだ。

 ベルトリウスは僅かに口角を上げ、同じように彼女を見つけて口をつぐんだオイパーゴスに背を向けて歩み出した。


「エカノダ様……」


 ベルトリウスは優しく微笑みながら語り掛けた。対峙するエカノダの方は目をそらし、どこか居心地悪そうに腕を組んで口をキツく結んでいる。

 まるで喧嘩した後の恋人同士のようだった。こういう場合は、どちらかが先に折れれば良いのだ。ただ仲を取り戻したいだけならば、喧嘩の原因には触れず、ただ一言を口にすればいい……。


 エカノダは一度、二度、とベルトリウスを盗み見るように揺れる視線を交じわすと、消え入るような声で呟いた。


「ベルトリウス……ごめ――」

「俺が悪かったです」


 エカノダが絞り出すように放った声は、謝罪の形をとる寸前にベルトリウスによって掻き消された。

 エカノダは目を見開き、先程から視界の端にしか映していなかったベルトリウスを中心に捉えた。


「あの時は調子に乗って言い過ぎちゃいました。すみません、反省してます。余所で使えそうな魔物を見つけたんで、それで俺のことを許してください。お願いします」


 有無を言わせず淡々たんたんと言葉を並べるベルトリウスは、着実にエカノダとの距離を縮めていった。エカノダは尚のこと渋い表情を取り、数センチ目線の高いベルトリウスを見上げて口ごもらせた。


「お前……怒ってないの? 私は……お前を殺そうとして……」

「怒る? 俺が? エカノダ様が俺にキレることはあっても、逆は許されないでしょう? それが上下関係ってもんです。それがあなたの特権です。この先ずっと俺達の立ち位置が変わらないのであれば、”あなたが悪い”なんて状況は訪れませんよ。安心してください」


 ベルトリウスは諭すとも責めるとも受け取れる言い方でエカノダの間近まで迫った。

 これは荒療治あらりょうじだった。エカノダにはもっと上の立場というものに慣れてもらわねばならない。身内に優しいのは結構だが、それで足を掬われるならば、手放す必要があるのだから……。


 ベルトリウスは続けてエカノダの細く伸びた手をそっと取ると、己の褐色の指を絡めて包み込んだ。そして自身の口元に引き寄せ、至極しごく自然な動作で小さく唇を落とした。呆気に取られるエカノダを余所に、じっとりと熱を込めた瞳であざとく首を傾げ、美しく映える彼女の真紅の双眼を射抜いて言った。



「ご存知の通り俺は尽くす男です。俺はあなたのことが好きですから、どんなめいでも成し遂げますとも。だから……ずっと俺の心を掴んどいてくださいね?」



 包み込んだ色白の手を指先で弄ぶようにさすると、エカノダは心底恨めしそうにベルトリウスを睨み返した。

 彼女はこの囁きに恋愛的な意味が含まれていないことを理解していた。不敵に笑む眼前の配下は、”お前が俺より弱い立場になれば取って代わるぞ”、とこちらを脅迫しているのだ。

 エカノダは出会った頃の力関係が崩れ始めてきたことに危機感を覚えていた。

 この男は己と同じ人間性を持ち合わせていない。友人のように親しげな態度を取ってくるが、決して心を許してはいけない者だと――。


「……お前、全然反省していないじゃない。獄徒のくせに管理者を脅すなんて生意気なことをして」

「脅しじゃありませんよ! これは愛の告白です! 俺がどれだけあなたに入れ込んでいるか知っててほしいだけ……エカノダ様だって俺のことを拾い直してくれるぐらいには気に入ってくれてるんでしょう? 相思相愛ですね!」

「ふんっ、薄ら寒い…………もういいわ。今回のことは”許す”、から……この件はこれでおしまい」

「ええ、ありがとうございます」

「……もうっ、いつまで馴れ馴れしく手を取ってるつもりなのっ? いい加減、後ろにいる魔物の紹介をしなさい! 誰なのそいつ!」


 いつまでも手を離さないベルトリウスに焦れったくなったエカノダは、取られた手を振り払って背後に佇むオイパーゴスに注目を向けた。

 寸劇中に茶々を入れず大人しく控えていたオイパーゴスは、やっと己の番が来たかと右手をヒラヒラと振って挨拶をした。


「ドーモー。ワシ、管理者やっとるオイパーゴス言うモンですわ。面白そうな話聞かされてキミに下ることにしたんや。仲良ぅしてな」

「管理者? ……ベルトリウス、お前一体どこで何をしていたの?」


 てっきり野良の魔物を拾ってきたのだと思い込んでいたエカノダは、現役の管理者を勝手に領地に招いたベルトリウスに対して怒りを露わにした。のほほんと緊張感のない空気を纏っていようが管理者は管理者……ベルトリウスとの会話に気を取られて放置していた自分が言うのもなんだが、いつ襲ってくるか分からぬ者を五体満足で拘束もせずに連れ帰ってくる無神経さにまた気が立っていた。

 エカノダのかんばしくない反応を受けて、ベルトリウスとオイパーゴスは互いに目を見合わせ、困ったように笑いながら明るく答えた。


「んな怖い顔で睨まないでください。これでも命懸けで勧誘してきた魔物ですから色々と使えるはずです。かなり友好的な奴ですし」

「ソソッ! ワシの再生能力と、知りうる限りの知識を嬢ちゃんに分けたる! 一緒におもしぃことしようや!」

「……まずは誓約せいやくを結んでからよ。管理者ならこの意味が分かるでしょう?」

「ホイホイ、何でもやってチョーダイ!」


 未だ警戒心剥き出しのエカノダは、まずオイパーゴスに両手を頭上に掲げさせて無抵抗の姿勢を取らせてから、自分の目線上にあるでっぷりとした腹部に手を添えた。そして、いつぞやにケランダットに施したように、ぐるりと胴を一周する傷を生み出した。

 管理者にはこうして”隷属れいぞく”の能力が備わっている。印を刻まれた者は強制的に手駒となり、刻んだ者の生命を脅かす一切の行為を封じられるというものだ。ただし発動には複数の条件があり、中でも対象の”敗北感”……つまり、印を刻まれる方が明確に己を格下だと認識している必要があるので、誰でも彼でも配下にできるという万能なものではなかった。


 オイパーゴスは腹に刻まれた印を撫でた。

 隷属の印だけはどの管理者にも与えられている能力だが、そもそも何故この力が別の管理者にも備わっているという情報が共有されているのだろうか? どうして管理者だけが生まれ落ちた瞬間にこの世界の前提を知り得ているのか……どうして皆当たり前のように身に付いていた知識を受け入れているのか……オイパーゴスはそれが不思議でならなかった。

 死さえ恐れないオイパーゴスが唯一恐怖に感じるものがある。それがこの、謎が謎として扱われないまま流される世界の不自然さだ。

 誰も興味を示さない……そこに興味をそそられると同時に、触れてはいけないと原初的な感情を揺さぶられる。まるで絶対的な存在に自身の歩む道を操作されているような気分だった。それぞれの生物達が自由に道を選択して生きているように見えて、実は誰かが組み上げた箱庭を歩かされているような……そんな気が……。


 黙りこくったオイパーゴスを不審に思いながらも、エカノダはひと呼吸置いて尋ねた。


「それで、お前の能力は何?」

「……ン? あぁ……ワシは魂を元にして対象の肉体を再構築させることができんねん。キミは死んだ魔物を生き返らせることができるんやって? アァ〜〜、ワクワクッ……! ぜひその瞬間に立ち会いたいなァ? 試しに誰かに犠牲になってもろて実演してもらえん?」

「肉体を再構築……? そう……じゃあ、助けてやれるのね……」


 エカノダは独り盛り上がるオイパーゴスを無視し、自身の口元に手を当てて呟いた。すぐにベルトリウスの方へ振り返ると、仕草をそのままに、実に言い辛そうに口を開いた。


「あの男……ケランダットだけれど、ちょっと懲らしめすぎたというか……言い合いになって腕を使えないくらいに痛め付けちゃったの。今はイヴリーチと一緒に地上にいると思うのだけれど……」

「あぁ、あいつ最近余計に怒りっぽいですもんね。どうせつまんないことで突っ掛かってきたんでしょう? 薬やめた反動ですよ。いちいち気にする必要ありません」

「……私を非難しないの? お前、あの男と仲が良かったのに……」

「仲が良かったぁ? ははっ、どこをどう見たらそう思えるんですか! ありゃ使えそうだから横に置いといただけですよ! 別にいないならいないで他を――」


 ベルトリウスがつい盗賊時代の仲間にするような調子で言葉を返すと、エカノダは不愉快だと謂わんばかりに顔をしかめた。

 自分で傷付けておきながら後悔する程度には愛着を持っているとは……とことん呆れる女だと苦笑いしながら、ベルトリウスは釈明に努めた。


「あー……今のは嘘! ってことでぇ、俺ぁオイパーゴスを連れて様子を見てきますからぁ……」

「……地上に行ったら服を着なさいよ。見苦しいったらありゃしない」

「……あ」


 大ムカデに首から下を食われたことを失念していたベルトリウスは、エカノダに指摘されて初めて自分が素っ裸であったことに気が付いた。

 さっき格好つけてエカノダの手にキスをしていたのも今思えばかなり滑稽だったなと今度は自分に苦笑いしながら、誤魔化すようにクリーパーの名を呼んだ。

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