67.守り護られ、そういう関係
左腕の肘から下、右横腹をこぶし大、背中の腰肉を骨付近までごっそり。
次から次へと手合わせに向かって来る、オイパーゴスの獄徒との戦闘で食らい抜かれた部位である。
ベルトリウスは
「あれまぁ、ホンマに勝ち残るとは思わなんだ。キミ意外とやるんやねぇ」
「……そろそろ満足しただろ。いい加減終わらせてくれよ」
脂汗をかきながら、正直限界が来ていたベルトリウスは悟られないように怒気を強めて言った。
未だ頭上に位置するオイパーゴスと大ムカデは双方顔を見合わせると、谷底の空気が震えるほど大笑いし合ってからベルトリウスを見下ろした。
「そうやなぁ、ここらでオワリにしよっかぁ。……最後はワシらん中でいっちゃん強いやっちゃ。まぁ、頑張ってな」
考えてみれば、挑戦者というのは初めからベルトリウスの方だったのかもしれない。
オイパーゴスの言う”最後”とは勿論、隣にそびえる大ムカデを指していた。
どこまでもうねりゆく漆黒の
大ムカデがこちらの競技台へと渡ってくる前に全身に大量の毒をお見舞いしてみるも、他の獄徒に効かなかった技が随一と称される者に効くわけもなく。ベルトリウスは瞬きのうちに飛び掛かってきた大ムカデの顎肢に挟まれ、そのまま地面に押し付けられると後頭部を地にこすりつけられた。
変な方向に首が曲がり、
肉体の強化を受けたベルトリウスにとって、このように即死できない状況が一番困る事態であった。死が訪れるまでこの拷問じみた行為を延々と耐えなければならないからだ。
大ムカデは咀嚼しながら自身の体をブンブンと振り乱し、ベルトリウスの上体を削り続ける。ゴリゴリと頭蓋骨まで音を立てて削られ始めると、脳に大きな振動を与えられたベルトリウスは無意識のうちに白目を剥いて歯を折れるほど食いしばり、溢れ出る大量の涎と鼻水と涙を顔面から滝のように垂れ流した。
……我関せずといった風に観戦を続けていたオイパーゴスは小さく触手を揺らした。こうなってはあの人型の魔物も終わり。とすれば、彼に賭けていた己もまた、死はまぬがれなかった。
だが、オイパーゴスに後悔や悲しみの念は一切無い。終わりというのは誰にでも平等に訪れるものと心得ているからだ。
気心の知れた者の手で消滅するならば、むしろ喜びを感じるというもの……そう自身への
「ギィィ……ッ、…………ウ”ッ”!! ヴニ”ィ”ィ”ィ”ィ”ィ”ィ”ーーーーーーーーッ”ッ”!!!! イ”ィ”ィ”ィ”ィ”ーーーーーーーーッ”ッ”!!!! ギッ”ッ”!!!! ギッ”ッ”ヒヒィ”ィ”ーーーーーーーーッ”ッ”!!!!」
大ムカデは全身を鞭のようにしならせ、その強靭な肉体を崖に叩き付けて暴れ出した。そして側面から崩れ落ちる岩や砂埃のせいで辺りが霞み出す頃にはほとんど動けなくなり、あれよあれよという間に地に横たわってしまった。
明らかにおかしい大ムカデの様子を受け、オイパーゴスはベルトリウスがまた内側から攻撃をしているのだと思っていた。一見”
しかし、真実は違っていた。
ベルトリウスは確かに生きてはいたが、かろうじて息を繋いでいるだけで首から下は食われてしまっていて、とても反撃できる状態ではなかった。
では何故、大ムカデが呻きを上げて暴れているのか?
それはベルトリウスが胸ポケットに所持していた乾燥葉……
衣服ごと目の前の小さな肉にかぶり付いた大ムカデは、ポケットに仕舞われていたラトミスも共に摂取していた。
ラトミスは大ムカデの強酸性の消化液に溶けると、その毒素をもって捕食者の内肉を溶かし返すという報復に掛かったのだ。それはちょうどベルトリウスの毒を受けた際の弱小な魔物達と同じ反応で、本来ならば痺れも感じないはずの強靭な大ムカデの体が嘘のように泥状と化し朽ち始めた。
不意に訪れた激痛に大ムカデが身をよじると、ラトミスはさらに血管を一本ずつブチブチとねじ切るような、味わったことがないであろう感覚を無慈悲に与え続けた。
大ムカデは体の収縮機能に異変が起こり、気を紛らわすために暴れることも許されず、しまいには呼吸のための運動すらできなくなってしまった。
驚くほどの偶然が重なった結果である。
人間が特定の物質に対し過敏反応が出るのと同じで、大ムカデもラトミスとすこぶる相性が悪かったのだ。いやそれ以前に、仮にあの時ケランダットがベルトリウスにラトミスを手渡さず自分で保持する道を選んだり、大ムカデがベルトリウスを下層の熱湯に投げ捨てるか、単に巨体をもってして叩き潰したりという戦い方を選んでいればこんな結末には至らなかったわけであるからして……驚くというよりは恐ろしささえ感じる巡り合わせであった。
……さて、先に終わりを迎えた魔物達を下敷きに、じっと横たわる大ムカデ……その体の至る部分からは
「……フィ”ィ”ーーーー」
宙に留まっていたオイパーゴスはゆっくり下降して大ムカデに語り掛けたが、目の前の友からの返答はなかった。
代わりに口部で捕らえられているベルトリウスが微かに呻きを上げ、頭以外の全てを食らい付くされて尚生存しているとは、一体どれほどの悪業を背負えばこのような仕打ちを受けるのかとオイパーゴスは目を細めて見つめた。
オイパーゴスは挟み込まれた大ムカデの歯板からベルトリウスの頭を引っこ抜くと、脇に抱えて谷底を飛び立った。
谷底に残った腐臭漂う醜く
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