44.横暴の穴蔵 ― 2

 はしごを降りると、奥には広々とした……部屋があった。

 そう、例えるなら”酒屋”だ。


 上の食堂に置いてあったのと同じテーブルと椅子に、上の一般客が口にしていたのと同じ料理……それらを前にして酒をあおる、人相の悪い男達……。

 上階の明るさや穏やかさとは一線を画す、ここはまさに盗賊のねぐらといった場所だった。


 部外者であるベルトリウスとケランダットは威圧的な面持ちで迎えられるが、自身らもならず者に分類される二人が、その程度でひるむはずがなかった。

 ベルトリウスは普段通り軽薄そうに口角を上げて盗賊達の顔を一人一人流し見し、ケランダットは手前で犬食いをしながらガンを飛ばしてくる丸刈まるがりの男を見下ろして立っていた。


 赤髭はベルトリウス達をはしご付近に放置して、足早に奥の個人席へと向かった。そこで帳面とにらめっこしていた細身の爬虫類顔の男に、何やら耳打ちをした。

 わざわざ一人用のテーブルを用意されているということは、組織内でも上の地位にいる者なのだろう。男はこちらに目をくれると、遠くからでも分かる大きな双眼でギョロギョロとを始め、己の元まで来るよう軽やかに手招きをした。


 ベルトリウスは行き道で挑発するように、下っ端らしき団員達の肩をポン、ポンと叩いて通り過ぎていった。

 個人席の男は二人と対面すると、如何にも営業用といった作り笑いで優しく語り掛けてきた。


「初めて見る顔だ。どうやってウチを知った?」

「俺も昔は盗みをやってたから同業者の探し方は分かる。で、金が欲しいんだ。宝石だ。買い取ってくれ」

「……いいだろう」


 ベルトリウスは後ろに立つケランダットに宝石を出すよう合図した。彼は面倒くさそうに腰のポーチに手を這わせ、生家からくすねてきた十個の宝石をテーブルの上に転がした。

 厚みはそれぞれの形によって違うが、どれも直径が三センチを超えた大粒であり、周囲のほのかな明かりを反射して内側から美しい輝きを放出する様には、自然の神秘を感じさせられる。


 宝石を目にした男は”へぇ……”と感心したような声を漏らし、自前の拡大鏡を手に早速査定に入った。


「……傷がない……質のいいモンばっかりじゃねぇか。どこの金持ちの家に入り込んだんだ?」

「あんたには関係ない」


 両者共、静かに腹の探り合いが行われる。

 カチャカチャと男の動作音だけが地下の冷たい空間に鳴り響く中、全ての宝石の査定が終了した。


「ひとつ五イズってとこだな」


 五イズ……予想の八十どころか安酒十数杯程度の価格に、ベルトリウスは思いきり顔をしかめて異議を唱えた。


「五? 宝石が? アホか。足元を見てるつもりか?」

「いいやぁ? これが相場さ。宝石を買う人間なんて貴族以外にはいないからなぁ、ウチは主に盗品を露店ろてんに出して売ってんだ。庶民を相手にして売りさばけない物じゃ、必然買い取りの値も下がるってもんさ。……金が欲しいんだろう? ウチは別に買い取らなくたって構わないんだぜ。別の盗品商のトコに持っていけば……おぉっと! こいつぁ独り言だが、この街で盗賊団はこ・こ・だ・け・だ! しかもウチは周辺の賊にも顔が利くときた! よそで売ろうったって、根回しをして買い取り拒否の”お願い”をだせる……つまりぃ〜? あんたらは今ウチで宝石を売っ払ってくしかないってことだ!」


 わざとらしく抑揚を付けて説明をする男に合わせ、後ろの仲間達もゲラゲラと品のない声ではやし立てる。


 はたから見れば拒否できる空気感ではない。悪漢に囲まれれば誰だって己が身を案じて、大損こいても提示された内容で首を縦に振るものなのだが……今回は相手が悪かった。


「お前ら本当にここら辺で顔が利くほどの、デカい盗賊団なのか?」

「あぁ? オメェ……状況が理解できねぇお馬鹿さんなのか? 素直に従えば痛い目見ずに済んだものを……文句を言うなら仕方ねぇ。ここで永遠に眠ってもらうぜ」


 男は不気味に笑んだ……が、赤髭が連れてきた客人は一切取り乱す様子を見せなかった。


 金髪の青年……ベルトリウスは、後方で品のない声を上げる団員の方を振り向くと、睨みを利かせる彼らにおくすることなく、とある質問を投げ掛けた。


「この団で一番の新入りはどいつだ?」

「おい、話聞いてたかあんちゃん。あんまりしつけぇと酷い方法で――」

「い・い・か・ら、どいつか教えろ。ドンパチ殺り合うのはもう変わらねぇんだからよ」


 ベルトリウスの強硬な態度に査定をした男は苛立ったように眉を寄せたが、それよりも大きな反応を見せたのは、最寄りの別卓に座っていた体格の良い若い団員だった。

 彼は自身の前にあったテーブルを両手で”バンッ!!”と強く叩くと、物々しい雰囲気をまき散らして立ち上がった。


「いい加減にしろよテメェさっきから舐めやがって!! そんなに死にてぇなら望み通りツラ変形させてサッサと埋めたらぁっ!!」

「立ち上がったってことはあんたか?」

「うるせぇ!! だったらなん―― ……グッ!? ォ”ッ”!? ォ”ブォ”、オ”ッ……!」


 弁舌を振るうベルトリウスに向かって殴り掛かろうとした若い男は、駆け出しだ数歩目で急に呻きを上げて足をもつれさせ、そのまま床に倒れ込んでしまった。

 彼は不運にも先程ベルトリウスに肩を叩かれたうちの一人であり……つまりは例の如く、体内に仕込まれた毒を破裂させられたのだ。


 謎の激痛に抵抗するすべもなく、若い男はうつ伏せの状態でジュワジュワと肉が溶かされる音を響かせながら、血を流して動かなくなってしまった。

 他の盗賊達は弾けたように席から立ち上がり、一斉にベルトリウスらから距離を取った。

 部外者の二人が何かを仕掛けたのは明白だった。この場で涼しい顔をしているのは、ベルトリウスとケランダットの二人だけだったからだ。


 がっしりと筋肉をつけた厚みのある仲間の遺体が、どんどんと液体に変わってゆく様を見て怯えていた盗賊達の間から、次々と悲鳴が上がりだしたのは直のことだった。


「な、なんだアレッ!? 体が溶けてってんじゃねーかぁ!?」

「―― うわっづ!? いっ、いででででぇぇぇぇ!!?? かおっ、顔が溶けてくっ!!!! 誰かぁっ、とってくれぇぇぇーーーーッ!!!!」

「うぉっ!? バカッ、近寄んな!!」

「ヴゥ”ゥゥッ……もう、だめ……ッ……」

「クソッ……誰かっ!! とにかくあいつらを殺せぇっ!!」


 ベルトリウスはさらに追い打ちをかけるかのように、数名の毒を弾けさせた。

 侵蝕され、仲間に助けを求める者……早々に諦めて死の到来を待つ者……案外的を射た解決法を導き出す者……皆様々な混乱っぷりを見せてくれる。


 毒の使用により肌を変色させたベルトリウスは、慌てふためく一同を楽しそうに観察していた。


「どこの人間も、こういう時の騒ぎ方は一緒だな」


 はしごを登って上階へ逃亡されるのを防ぐべく、下りてきた穴には事前に毒の玉を浮かべておいた。如何にも怪しげな茶色い水の塊が空中で通せんぼしているにもかかわらず、無理矢理突っ切ろうと試みた者もいたが、毒の玉に触れた瞬間に大きな叫び声と共に落下する様子を目撃すれば、後に続く者は現れなかった。

 勇敢にも短剣を手に、直接ベルトリウスへ立ち向かった団員もいた。走行中、軌道上に発生させられた毒の玉へと回避が間に合わずに突っ込んでしまい、自滅してしまったので無駄死に終わったのだが……。




 ―― 己が巣でおごり高ぶっていた査定の男は、人外の能力の前に為すすべなく、呆然と惨劇を眺めているしかなかった。自身も椅子から立ち上がって逃げだしたかったのだが、そうはさせまいと一瞬たりともこちらから目を離さずに凝視を続けるケランダットの圧に押され、身動きが取れないでいた。

 背後に控える赤髭と共に、仲間のしかばねが出来上がるのを黙って見守るしかなく……気付けば二十人ほどいた団員は半分以下まで減り、生き残った者は皆、毒の魔の手から逃れようと壁にピッタリと体を張り付かせていた。


「おい、お前らはここの領主と繋がりがあるのか?」

「あぇっ!? あー……それなりに、取引は……?」


 突然に話し掛けられた査定の男は、声を裏返して答えた。


「今度の取引の場に俺を同行させろ。下っ端に紛れ込ませてくれりゃあいい」

「いやっ、それはちょっと……!?」

「拒否するなら生かしておく必要はないな。全員ここで殺す」

「わっ、ちがっ……! お、俺じゃ決めらんねぇんだよっ!! 俺ぁただの会計役だからっ、団長と副団長に聞かなきゃダメだっ!!」

「はぁ……なんだお前も下っ端かよ……で? その団長と副団長は今どこにいるんだ?」

「だ、団長は飯食いに行くって言ってから、何日も帰ってきてない……副団長は街の外に、取引に出掛けてる……」

「ふーん……なるほどぉ……」


 首を傾げて考え込むベルトリウスを見上げ、査定の男は非常に焦っていた。

 男は留守の多い団長、副団長の代わりに、いつもこの薄暗い地下で馬鹿共の面倒を見ていた。その辺の暴力一辺倒いっぺんとうの奴らに比べ、勘定管理や目利きに長けているから金庫番を預けられていた。上から”信頼された人間”なのだ。そういう自負があるからこそ、仲間を売るような行為を強要されるのは屈辱的であった。

 盗賊と言えど、”矜持”があるのだ。……命には変えられないが。



 男の心中など欠片も気に留めず、ベルトリウスはいたずらを思い付いた子供のように、意地の悪い笑みを見せた。


「あんた名前は?」

「……む、ムドー……」

「よし! ムドーくん、今日から君が団長だ!」

「ハァ!?」


 テーブル越しにガシッと両肩を掴まれた査定の男……ムドーは、驚きのあまり体を仰け反らせて、せわしなく瞬きを繰り返した。

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