13.爬虫類はもうこりごりだよ
一夜明け、朝日の
保存食、カナーから届いた安全な水、武器や押し入りに役立ちそうな小物などなど。飲食料類はベルトリウスには無用の荷であるが、人間であるマギソンのために用意しておく。
準備が整うと、後はマギソンが起床するのを待つだけだった。しかし、ああいった気怠そうな人種は総じて朝に弱く、無闇に声を掛けると目覚めが悪いだの体調が悪いだのと文句を言ってくるに違いないと決め付けていたベルトリウスは、彼が自力で起きてくるのを待った。
そして、その予想は当たっていた。
結局マギソンが体を引きずるようにして民家から出てきたのは昼近くだった。
「ははっ、顔死んでんじゃん。いい夢みれたか?」
「……」
「これ、一応準備しといたけど不充分だったら自分で足してくれ」
ベルトリウスは目の下に酷い青クマを作ったマギソンに睨まれながら、中身の詰まった麻袋を渡した。重い動きで縛り口を開けたマギソンは中を確認すると何も言わず
森に入ると、マギソンがまず寄る所があると言うので彼に先を歩かせた。
辿り着いたのはハエが群がる血の海……マギソンに
マギソンは手近な団員の軽鎧を外すと、ベルトリウスに手渡した。
「役に立つ。付けておけ」
「役に、ねぇ……まぁ、そうだな」
ベルトリウスはマギソンが言わんとしていることを察した。単に身を守るための鎧ではない。格好を揃えることで違和感を
一人は全身を防具で固めているのに、もう一人が丸腰の農民の身なりをしているというのは、はた目には少々おかしな組み合わせに映る。それにベルトリウスの人間離れした赤黒い皮膚は病気のようで目を引くし、着込んで隠すのに鎧は丁度よかった。
鎧を付け終わるとマギソンは後方を歩くようになった。目的地があるわけではないので前をゆくベルトリウスは適当に奥へ続く道を進んだ。
道中では大型の鳥を九羽、鹿を二頭、五メートル級の大熊を一頭、蛇に限っては二十七匹も仕留めていた。
「蛇だけ多すぎねぇか、この森」
「ここは蛇の森って言われるくらい地元じゃ有名な場所らしいからな」
「蛇の森ねぇ……爬虫類にゃいい思い出がないんだが……」
溜息交じりに呟きながら、足元に
倒した蛇の数は五十を超え、そろそろ森の中心部を抜けたぐらいかと推測していると、ある茂みを過ぎた先で、地面に何かを大きな物を引きずったような跡があるのを発見した。
独特のうねり方は先程から飽きるほどぶつ切りにしてきた蛇達の這いずり跡にそっくりだったが、目の前にできている地面のへこみは幅二メートルほどもあった。これが本当に蛇の生み出したものなら、跡を残した胴体の持ち主はまさしく化け物級の大きさをしていることになる。
後ろにいたマギソンを見ると、彼もまじまじと地面に視線を落としていた。
「これ、蛇だと思うか? とんでもなくデケェよな」
「蛇だしデケェとも思うが、問題なのはこの跡の先だな」
「……急に消えてんな。木に登ったか?」
マギソンの指摘通り、奇妙な跡はしばらく続いた先で途切れていた。この森の木々はどれもたくましく成長しているので、仮に規格外の大蛇が巻き付いて移動してもびくともしないだろう。
「どこにいるとか分かんねぇの? 気配を探る魔術とかさ」
「……言っただろう、俺の魔術は使えねぇもんばかりだ。まぁ、案外すぐ近くにいるかもな……蛇ってのは飛ぶ奴もいるらしい。頭にも気を張っておけ」
「飛ぶ? 蛇が? はは、まさ―― かぁ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ”ッ”!!??」
”ドシャアアアアッ!!”と、砂利のこすれる大きな音を立てて頭上から飛び掛かってきたその巨影に、軽口を叩いていたベルトリウスは瞬く間にさらわれてしまった。
マギソンは突然襲い掛かってきた相手の姿を見て驚いた。まさか本当に全長三十メートルほどもある大蛇が存在したとは……今までよくその大きさで噂にならず生きていたものである。
薄暗い木々の
大蛇はベルトリウスを捕らえる際に両肩に自前の毒牙を差し込んでいたため、不運にも関節部分に牙が入り込んで脱臼したベルトリウスは満足な抵抗ができなくなっていた。
だが、全くの
ベルトリウスは体中から毒をひねり出した。初めに
ちょうど大蛇が喉を上下させてベルトリウスを呑み込んだ辺りで、毒は一滴、二滴と腹内の肉壁に付着し、お返しと言わんばかりに
何とか耐えていた大蛇だが、時間の経過と共に
一度深呼吸し、新鮮な空気を肺いっぱいに詰めて味わう。そして気が付いた。
「あの野郎どこ行きやがった……」
そう、マギソンがいないのである。
恐らく大蛇がベルトリウスを飲み込んだ瞬間にこちらに勝機なしと判断し、一人で逃げたのだろう。別に助けてほしかったわけではないが、本当に協力の精神を持ち合わせていない男だ。
しかし、ベルトリウスはそんな彼の卑劣さを評価した。自分もマギソンの立場なら、きっと同じことをしたから……。
とにかく、今はマギソンとの合流を目指さなければならない。
後を追おうにも大蛇が派手に暴れてくれたお陰で靴跡は掻き消されてしまい、ベルトリウスはどうしたものかと首を傾げた。その時だった――。
『上手いことやったじゃない。
「うぉっ! エカノダ様!」
エカノダの声が頭の中に届いた。いつの間にか、例の念じることで会話ができるコバエが肩に止まっていたのだ。
ベルトリウスと共に地上へ送られて以来ずっと彼に引っ付いていたコバエだが、マギソンと対峙した際に浄化の光が
そんなちっぽけで声も上げられない魔物の苦労など気にも留めず、念じて会話するという行為に慣れないベルトリウスは通常の会話と同じように言葉を口に出しながら愚痴をこぼした。
「酷いんですよあの野郎。どこにいるか分かりませんか?」
『それを教えるために連絡したのよ。あれはお前が今向いている方向とは反対の道を進んでいるわ。追いなさい』
「どうも……じゃあまた」
双方必要最小限の簡潔なやり取りで済ますと、通信を終えたベルトリウスは浅い溜息を吐き、教えられた道を進み始めた。
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