ナディアの魔術
さて、明日はいよいよ王族へのご挨拶へ向かいます。
午前中みっちりと立ち居振舞いの 練習をして、何回もご挨拶のやり方を復習して、とりあえず付け焼き刃ではあるけれど先生から合格をもらえました。
そして午後。魔術のお勉強の時間です。
「ナディア様、ご機嫌麗しく! 本日も神々しくあられますね!」
「…………」
アゾート先生は今日もちょっと変ですね。
「アゾート先生、お元気そうで何よりです」
私は心の声を押し込めて貴族らしくにっこり笑って挨拶をした。
「それもこれもナディア様のおかげでございます! 昨日は大変申し訳ございませんでした。私が無茶をさせたせいで大変な騒ぎになったというのに、ナディア様は私を庇ってくださって……。その深いお心にこのアゾート、感服致しました。魔法を扱うその神秘性に留まらず、精霊王のようにお優しい心、もはや私は、ナディア様を崇めずにはいられません」
わーっ! もうやめてぇ!
「や、やめてください! 昨日のことはわたくしが悪かったのです、先生の言い付けを守れなかったのはわたくしなのですから。それに、先生のおかげで魔力の使い方もわかりましたし、先生には感謝しております。ですから……」
私が必死に私を崇めるアゾート先生を止めさせようとそう言うと、先生はさらに感動したようなキラキラした目で私を見た。
ああ、逆効果だった!
「せ、先生、昨日のことはもういいではありませんか。わたくし、早く魔術を使いこなせるようになりたいのです」
話題を変えようとそう言うと、アゾート先生は顔を引き締めてぐっと手に力を込めた。
「はい、畏まりました。このアゾート、微力ながらお手伝いさせて頂きます」
うーん、一ヶ月かかる魔力の扱いを結果的に一日で習得できたのはこの人のおかげなのは間違いないのだけれど、どうにもやり辛いのが問題だよね……。
「ナディア様、魔力の扱いはどうですか?」
「はい、先生のおっしゃる通り練習したら、ぐるぐると巡らせることができるようになりました」
屋敷全体を浄化する魔術を使ってから自分の魔力が動く感覚を掴めたので、昨日宿題を頂いたのだ。
それが『魔力をぐるぐると体を巡るように流してみること』だった。だいぶスムーズにできるようになりました。
「……できたのですか?」
「え? はい。それが課題でしたよね?」
やれと言ったのは先生なのに、なぜ驚くのか。
「……ええと、やってみてください、とだけ言ったつもりだったのですが……いえ、できたのなら、いいのです。では、この魔術具に魔力を流してみてください」
そう言ってアゾート先生は台座のついた手のひら大の水晶玉のようなものを取り出した。
「これに魔力を流せば良いのですか?」
「はい、これは魔力を視覚化できる魔術具なのです。流せたら、ぐるぐると渦を描くように回してみてください」
へえ、魔力が見えるようになるなんてすごい!
私はさっそくその魔術具を受け取って、魔力を流してみた。すると、キラキラした金色のモヤのようなものが水晶玉の中に現れた。
うわあ、綺麗!
「先生、これが魔力ですか!?」
少し感動してアゾート先生を見ると、なぜか先生は目を見開いて水晶玉を凝視していた。
「先生?」
「き、金色の魔力……?」
え? 確かに金色だけれど、なにかまずいの!?
私は焦って水晶とアゾート先生を交互に見た。
「昨日ナディア様を包んでいた光も金色のようだと思ってはいましたが……。魔力とは個人で異なる性質や属性があり、精霊にも属性による好みがあるようなのです。ですから、それにより得意な魔術は変わってきます。持っているのが火属性の魔力ならば火魔術、風属性ならば風魔術が得意で、珍しいところですと光属性ならば癒しの魔術、闇の属性ならば契約魔術を得意とします。つまり相性や魔力量にもよりますが魔獣を従魔にできたりするのですよ」
へー。光と闇は珍しいのか。そういえば、従魔を連れている魔術師はたまにしか見かけたことがないかもしれない。闇属性の魔術師は珍しいからだったんだね。
「自分がどんな魔術を得意とするかはこの水晶で見える色でわかるはず、なのですが……金色とは、見たことがない……」
アゾート先生は穴が開きそうなくらいじっと水晶を見つめて、諦めたように目を閉じた。
「ナディア様の素質は凡夫である私には測ることはできないようです。とりあえず魔力はあるのですから、水晶の中の魔力をぐるぐると回してみてください」
えぇ!? 諦めないでほしいんですけど! 私の得意な魔術ってなにー!?
不満を抱えながらも先生の言うとおりぐるぐると魔力を回してみる。孤児院で使っていた洗濯用の水入れに水を入れて手でぐるぐると回すイメージで渦を描くように魔力を動かしていく。ぐるんぐるんと、だんだん早く魔力が回り始めた。うん、こんなものかな?
「アゾート先生、どうですか?」
「…………」
あれ? 反応がない。
「アゾート先生?」
「……おかしいな。これは魔術学園で三ヶ月かけて習得することではなかっただろうか。それを、たった一晩の練習で? 私でも一週間はかかったはずだが、私の記憶違いか? ……いや、これが現実なのだ、受け止めろアゾート。このお方は魔法が使えるだけに留まらず、天才と言われてきた私よりも魔術のセンスもお持ちなのだ」
天を仰いでぶつぶつと独り言のように何事かを呟いているけれど、声が小さくてよく聞こえない。
「どうしたのですか?」
「……いえ、私は、まだナディア様を見くびっていたようです。では、魔力量を調節できそうですので、今日こそは自分自身にイメージを絞って浄化の魔術をかけてみてください」
任せてください! 昨日ちゃんと復習したので、もうバッチリですよ!
「わかりました!」
私は落ち着いて目を閉じて、呪文を唱える。
《
《
《
《
ぶわりと私を爽やかな風が通りすぎた。
少しだけ魔力を消費した感じがして、入浴した直後みたいにすごくさっぱりしている。
うん、大成功だね!
……あれ? アゾート先生の目が点になっている。
「…………ナディア様、今のは?」
「え? 浄化の魔術ですけれど?」
「いえ、はい、それは、お見事でした。しかし、私が言いたいのは、呪文です。その事前呪文は、昨日私が教えたものと違いますよね?」
アゾート先生は、ぎぎぎ、と音がしそうなくらいぎこちない動きで呪文の違いを指摘した。
あっ、言うのを忘れてた!
昨日教わった事前呪文はこうだった。
《
《
《
《
でもこれ、長すぎるんだもん。
「あの呪文は長いので、ちょっと省略してみました」
「……省略?」
だって、メノウが言うところによると、『魔力をあげる』という約束があるかないかが魔法と魔術の違いなのだから、あんなに長ったらしい文言でなくてもいいのではと思ったのだ。案の定省略してもきちんと魔術は発動した。昨日はこの呪文でたくさん練習したので、これが当たり前みたいに使ってしまったのだ。
「これではダメでしょうか? ちゃんと魔術になっていると思うのですけれど」
せっかく短くできたのに、長く戻すのは嫌だなぁ。
「これは……他の人も使える呪文なのでしょうか?」
アゾート先生が必死に作ったような笑顔で聞いてきた。
「わかりませんけれど、使えるのではないでしょうか? 昨日わたくしが考えたものですから、まだ他に誰も使っていないのです」
「で、では、私が試してみてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです!」
やっぱり短い方がいいもんね。みんな事前呪文はこれにするといいと思う。
まだぎこちないアゾート先生が短縮版の事前呪文を試したところ、問題なくアゾート先生の胸に光は灯った。
良かった! 他の人も使えるみたいだ。
「…………」
「アゾート先生?」
なぜかアゾート先生が全く動かなくなってしまった。
「……ちょっと、私の一存では決めかねる事案です。これが魔術として認められるのかどうか……、魔術師団で会議にかける必要があるでしょう」
魔術師団で会議!?
「そ、そんな大げさな。ちょっと呪文を省略しただけですよ?」
「いえ、これは魔術の歴史的大事件です。長い間“こうだ”と決められていたものを変えるなど、並大抵のことではありません。様々な検証を行い、これで誰でも魔術が使えるとなればどれほど魔術を前進させたことになるのか想像もつきません。さすがはナディア様、魔術を覚えて二日目で、こんな偉業を成し遂げられるとは……!」
「…………」
ど、どうしよう。何だか大事になってしまったみたい。
……でもそういうことなら、あれも言っておいた方がいいのかなぁ?
実は、さらに呪文を短くできないかと試してみたところ、なんと、《
……でも、メノウは精霊たちは常に私の声に耳を傾けていると言っていたから、さすがにこの一言で精霊が認識してくれるのは私だけなのかもしれない。それに、たった一言だと例え胸が光ってもこれが魔術であることが伝わりにくいかなと思って、もう少しきちんと唱えることにしたのだ。
でも、今のアゾート先生の様子を見ていると、何となく言わない方がいい気がするな。うん、私も長めの短縮版を使うつもりだし、言わなくてもいいか!
……うーん、魔術の定義って難しいね。
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