二人の少年
そして私は、一人で件の不穏な空気漂うお屋敷の前へとやってきた。
動きやすいようズボンスタイルで、顔が見えにくいよう帽子も被っている。完璧だ。
ちらりと、物陰から様子を窺う。
大きなお屋敷の周囲には、ぐんと聳えたつ大きな塀、その上部には侵入者を防ぐ刺々しい鉄柵が張り巡らされていた。
そして門前には、門を守るいかつい二人のおじさん。
門の奥には、ちらりと大きな番犬の姿も見えた。
こ、怖い。
貴族のお屋敷では衛兵を雇ったり番犬を置いたりすることは珍しいわけではないけれど、ここはかなり警戒態勢は厳しいところのようだ。
……でも、ちょっと物々しすぎない?
《ナディア、ここやだ~》
《もう行こ~》
精霊たちは、相変わらずこの場所が嫌いらしい。
《ねえみんな、どうしてこの場所が嫌なの?》
小声で問いかけてみる。
《へんなものがあるの~》
《もわってして、ずんってなるの》
《汚されちゃうんだよ!》
呪いは精霊を汚すものなのかな。
なんとかここの住人を目視できないか、と考えていると、タイミング良く屋敷のドアが開かれた。
「アンジェリカ、行きますよ」
「待ってくださいませ、お母様!」
二人の侍女を従えて、豪華なドレスに身を包んだ三十代くらいの女性と、ナディアより少し年上に見える、気の強そうな金髪の少女がごてごてした装いで門へ向かって歩いてきた。
うわあ、なんていうか……眩しい!
あんなに宝石を身につけて、重くないのかな? ドレスにも宝石をたくさんちりばめているようで、目がチカチカする。あんな装いで朝から一体どこへ行くんだろう。
私はあまり詳しくないけれど、お城の舞踏会に行くみたいな格好だな。
でも、舞踏会があるとしたら夜だよね? あれが普段着なのかなあ?
……大貴族って大変だね。
そんなことを考えていると、精霊たちが騒ぎだした。
《ナディア、ナディアー!》
《嫌な感じがするよ~》
《あの女の子から!》
「!」
私は思わず、アンジェリカと呼ばれていた少女を見つめた。
私には重そうな服装だということしかわからなかったけれど、あの子が呪いをかけたってこと?
「おい坊主、なにしてやがんだぁ?」
後ろから低い声がしてバッと振り返ると、いかつい四人の男たちにいつの間にか囲まれていた。
しまった!
私が自分の失態に気づいた時には遅かった。
屋敷から出てきた人たちに夢中になって、周囲の警戒を怠ってしまっていたのだ。
「ん? おめぇ、女か。嬢ちゃんが坊主みてぇな格好して、侯爵サマの屋敷を探索かァ? 俺らはな、そういう怪しい奴を、こらしめてやんなきゃならねぇのよ……てめぇ、何を企んでやがる」
リーダー風の男が、背中にある棒状の武器に手をまわし、ギロリと睨んできた。
……こ、怖い。
私は恐怖で震えそうになる身体を叱咤して、男をひたと見つめ、この状況を打破する方法を考えた。
大丈夫。親に捨てられて彷徨ってた時もこんな風に絡まれたことがあったけれど、精霊たちのおかげで逃げ切った。
こんな強そうな人たちじゃなかったけど……。
できれば魔術が使えるとバレるのは避けたいので、火や水、雷はナシね。
風を使って動きを速くするだけなら、ただのすばしっこい子供で済むかもしれない。
「え……」
私が色々と考えているのも構わず、もはや問答無用とばかりにブンと太い棒が振り下ろされる。
当たる……っ!
精霊に何かお願いする間もなく、私が衝撃を覚悟した時。
ドカッ!!
私を棍棒で殴ろうとしていた大男が、横から飛び蹴りをくらわせた少年に吹っ飛ばされた。
私は驚いて、その少年を見つめた。
見事な飛び蹴りを披露した少年は、涼しい顔でこちらを振り返った。
私よりいくつか年上と思われるその少年は、珍しい綺麗な銀色の髪に透き通った宝石のような紫の目をしていた。
彫刻のように整った顔立ちをしていて、吹っ飛ばした男を見下ろした伏し目にかかる睫毛がとても長い。
な、なんて美人な男の子なんだろう。
こんな綺麗な男の子は見たことがないのに、大男を飛び蹴りで吹っ飛ばすだなんて豪快すぎる。
「て、てめぇ、何モンだ!?」
残った三人のうちの一人が叫んだ。
少年は男の言葉を無視してちらりと私を見た。
じっと見られているような気がするけれど、何を言いたいのかわからなくて、困惑しながら見つめ返すことしかできない。
「くぉらル……てめぇ! 一人で飛び出すんじゃねー!」
そんなことを言いながら、少年がもう一人、木剣で男の首を殴りつけながら現れた。
先ほど「何モンだ!?」と叫んだ男は、あっけなく泡をふいて倒れた。
少年は二人とも同い年くらいのようだ。
こちらの少年もまた整った顔立ちをしていて、少し長めの鮮やかな赤毛を後ろで一つにしばり、快活そうな顔つきをしていた。
いかにも身体を動かすことが好きそうなので剣を使うことは驚かないけれど、一撃であんな大男を倒すなんて、この男の子もとても強いみたいだ。
「てめぇら……覚悟はできてんだろうな!?」
残った男二人が、スラリと剣を取り出した。
フン、と鼻で笑いながら少年二人は男たちと対峙し、私には何がなんだかわからないうちに大男二人を伸してしまった。
す、すごい……。
私には目で動きを追うことしかできなかったけれど、この二人がいつもこういう戦闘の訓練をしている、とても強い人たちなのだということはわかった。
二人が振り向いて私の方へ向かってこようとした時、最初に吹っ飛ばされたリーダー風の男が、飛び蹴りをした少年に何かを投げようとしているのが目の端に映った。
「ダメ!」
私はとっさに精霊に願った。
《あれを防いで!》
銀髪の少年に向かって投げられた短剣は、驚いて振り返った少年の目の前で、風の壁のようなものに当たり弾けて落ちた。
カランカラン、と音をたてて地面を滑り、短剣はゆっくりと動きを止めた。
少年二人は目を見開いてこちらを見つめ、大男は驚愕して青ざめていた。
信じられない、という目で三人から視線を向けられる。
明らかに貴族でないとわかる私が魔術を使うと、やっぱりこういう反応をするよね。
……よし、ここは逃げる!
この場さえ乗り切れば、きっとあれはどこかの貴族の子供のお忍びだったんだ、と思ってもらえるかもしれない。
「あの、助けてくれてありがとうございました! それじゃ!」
言い逃げして、私は全力で走った。
「えっ」
「待って!」
少年たちの声が追いかけてきたけれど、私は振り向かなかった。
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