掌編小説・『木』
夢美瑠瑠
掌編小説・『木』
掌編小説・『木』
私は山毛欅(ブナ)の巨木です。もう長い事この場所に根を下ろしていて、幾星霜を経て成長して、今では辺りを払う偉容を誇っています。私たちの森があるところは、熱帯性の多雨湿潤な気候の土地で、長い間鬱蒼と繁茂してきた濃密な緑のジャングルです。世界一の流域面積の大河が流れていて、ユニークな生物がたくさん棲息している、南米の別天地なのです。何千年も地球上に豊富な酸素を供給してきて、砂漠化が叫ばれる地球にとっては、一種のオアシス?で、貴重な、温暖化問題に拮抗する森林資源の宝庫なのです。
私たちは動けませんが、テレパシーはあって、素早く考えることは伝えていけるのです。
「燎原の火の如く」という例えがありますが、そういう感じに、何か事件があると森の隅々にまで、たちまち伝播されて、共有されます。
そうして!緊急的で切羽詰まった危険信号がある時から鳴らされ始めました。
「森を燃やしている奴がいる!それも政治的な意図で、完全な悪意だ!許せないことだが、だれも止めてくれるやつはいない。どうしたらいいのだろう…」
私たちは皆怯え切って、事態を憂慮しました。「山火事」というのが、私たちにとっては最も恐ろしい災厄なのです。何千年でも生きられる潜在的な強い生命力があっても、そんなことは一回の山火事で文字通りに灰燼に帰します。
「どうしたらいいのだろう?」
皆で額を寄せ合う感じに考えてみたけれど、山火事に対抗できる植物などは、もとよりありません。もう、恐ろしい「火焔」という化け物に食い尽くされるのを待つしかない、そういう感じになってしまいました…
その時です。
どこからか、厳かな、美しい声が響いてきました。
「私はガイアの女神…地球の守り神です。いつも地球の生態系のバランスを守ってくれている植物の皆さん、本当にありがとう。この火事は、愚かな人間たちが起こした忌まわしい災禍です。私にしても、もうあなたたちの樹木としての身体的生命は守れません。ですが…」
追い詰められた植物たちは固唾を飲んで次の言葉を待った。
「でも全くの絶望ということではないのです。もうこの森は守れない。だから、せめてあなたたちみんなの、精神体、アストラル体を、私の力で安全な場所にまとめて避難させて、また新しい森を作ってもらおうと思います。地球は今病気なのです。地球の病気を癒すためには、貴方たちの力が必要です。人間は愚かですが、あなたたちには自然とともにあるが故の叡智があります。私はこうしてあちこちで植物たちの精神的な生命を救って、地球を愚かな人間から守ろうとしているのです。植物の精たちが集う豊饒で生命力の極めて強い、新しい森、そういうものを、意識の高い人間たちと作ろうとしているのです。まだ秘密ですが、中央アジアのどこかに、そういう植物たちの新たな楽園、そういうものが作られつつあります…
さあ、いらっしゃい。大丈夫、私は正しいものたちを絶対に守る存在です…」
何という奇跡のような救済でしょう!やはり神様はいるのです。
そうすれば、私たちもその新天地へ行って、新たな生を生き直すのだな…
もともと環境とか運命に従順で、そうして決してへこたれない、楽観主義者の、私たち樹木はすぐ話をすべて飲み込んで、“ガイアの女神”の大いなる抱擁の中に身を委ねました…
…次の瞬間、地獄の業火が襲来したかのように、全てを焼き尽くす忌まわしい猛火が、「ゴーッ」と、凄まじい雄叫びをあげて、巨大な山毛欅の、営々と長年にわたって築き上げてきた幹や枝や葉を全て、焼き尽くした。
山毛欅は倒壊した。
しかし山毛欅の樹木らしい清らかな魂は、新たな希望の新天地へと、既に旅立っていた…
<了>
掌編小説・『木』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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