第31輪 声 援 出 発

 奥の部屋を出て、ギルド内を通って出口に向かう私たちに、声がかかる。


「クリスティーナ、旅に出るっつうのは本当か?」


「アビスさん。ええ、本当よ。あたしは魔王を倒す旅に出る」


 ティーナに声をかけてきたのは、どうやらギルドのメンバーらしい。


「そうか。寂しくなるなあ。だが、なんだか今のお前は顔つきが昨日までとは変わった気がするぜ。最近、元気がないように見えてたからな」


「え?」


「気づかないとでも思ったか? こちとらお前がガキの頃から見てるんだ。…………オーナーがお前を勝手に剣士に仕立て上げた時期からか。だが、俺みたいなおやじがお前の悩みを聞いてあげられるか不安でよ…………声をかけてやれなかった、すまねえ」


 アビスというギルドメンバーは、ティーナに頭を下げる。


「だが、どうやらもう、その心配は無くなったみてえだな」


 アビスの目線が私たち3人に向けられる。


「ティーナはね、魔王を倒してアイドルになるんだよ!」


 ミーニャはそう言ってアビスの前に出る。


「ちょ、ちょっとミーニャ……!」


 ティーナは恥ずかしそうに目を逸らす。


「! そうか、クリスティーナはアイドルになりたかったのか! それで…………。最近お前が歌ったり踊ったりしてるところを見なかったから、てっきりもう子どもの頃の夢はあきらめたのかとばかり…………。だが、そうじゃなかったんだな!」


 アビスは立ち上がると、ギルド中に届くような大きな声で叫ぶ。


「おいみんな! クリスティーナが魔王をぶっ倒して、アイドルになるってよ! 盛大に送り出してやろうぜ!」


 一瞬の間の後、ギルド中から歓声が沸く。


「まじかよ! 応援してるぜクリスティーナ!」


「気をつけて行って来いよ!」


「ファン1号は俺だな!」


「いや俺だろ!」


 その光景に、ティーナは驚いた顔をする。


「…………どうして」


「どうしてもなにも、みんなお前の家族みたいなもんだ。家族が夢を追いかけるってんだから、嬉しいに決まってんだろ。みんな、お前の歌って踊る姿が大好きだったからな…………まあ、お世辞にも上手いとは言えないがな!」


 そう言ってアビスは笑う。


「どうやら、ファンはもうたくさんいたらしいな」


 キリヤはティーナに笑いかける。


「そっか、あたしを応援してくれる人は、こんなにいたんだ…………」


 ティーナはこぼれそうになる涙を手で拭って、笑顔を作る。


「みんな! きっとここに帰ってきて、あたしのデビューライブするから! だから、それまで期待して待っててね!」


 ティーナの言葉に、ギルドの人たちは思い思いの返答をして、ギルド中に応援の歓声が響き渡る。


「…………それじゃあ、行ってくるわ」


「クリスティーナ、ひとつだけ言っておきたいことがある」


「? なに、アビスさん?」


「オーナーのことだが、オーナーもオーナーでお前を気にかけてるんだ。だからどうか、嫌わないでくれるか?」


「え?」


「オーナーには、お前に言わないようにと言われてるんだがな、オーナーは実は昔、剣士として冒険していた時があったんだ」


「パパが?」


「だが、オーナーは剣の才能には恵まれなかった。いくら努力してもそれは実を結ぶことは無かった。それで、挫折してこのギルドの跡を継いだんだ」


「……………………」


「オーナーは、自分と同じ苦しみを娘のお前に味わわせまいとして、あんなことをしたんだと俺は思ってる。不器用すぎるがな」


「でも、娘の夢を応援してあげないなんて……!」


 私は思わず思ったことを口に出す。


「ああ。だが、俺は知ってる。クリスティーナを剣士にして国から渡された金は、ずっと使わずに貯め続けているとな。まるで、いつかのために取っておいているような…………」


 アビスはティーナの方を見る。


「内心きっとオーナーもお前を応援してる。それだけ、頭に置いておいてくれ、クリスティーナ」


 ティーナは、口元が緩まるのを堪えるように、目を閉じて胸を張る。


「ま、どのみちパパにはアイドルとしてのあたしを認めさせるつもりだし、やることは変わらないわ! 行くわよみんな!」


 ティーナはそう言うと、スタスタと出口に歩いていく。


「クリスティーナ…………」


 アビスは安心した顔でクリスティーナを見送る。


 私とキリヤとミーニャは顔を見合わせて笑い合い、止まらない声援の中、ティーナの後を追いかけるのだった。

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