第46話 魂の捜索
「今からコヂカちゃんにエコウの魔力を授けるわ。短い間だけだけど、野良の魂が見えるようにするの」
ヲネはそう言うと、コヂカの両手首を持った。
「わかった、お願い」
「魔力を持っている間だけ、コヂカちゃんの体はエコウに近づくわ。姿は誰からも見えないし、瞬時に行ったことがある場所へ移動できる。準備はいい?」
心の準備はできていたが、コヂカは少しだけ寂しくなって目を瞑った。これでもう、カナタとは永遠に会えないのだ。二人で見つけた丸石に思いを馳せ、カナタの笑顔を瞳の奥に刻み込む。そして、
「うん」
と力強くコヂカは頷く。するとキーンと冷たい音が鳴って、コヂカが目を開けるとシーグラスがえんじ色に発光を始めた。その光の束がヲネの体に移り、やがてコヂカの体内へ流れ込んでいく。
「これがエコウの力……」
新しいような古いような、懐かしいような新鮮なような匂いがした。空間はもちろん、時間の流れすら、存在しないかのようだ。枯れた草木。すりガラスの引っ搔き傷。飴玉のように短くなった鉛筆と丸い芯。間違えて撮ってしまった自撮り。消えたインスタのストーリー。浜辺に流れついた知らない国のポルノ雑誌。犬のような雲の形。雲のような犬の毛並み。意味のない、いらないものの羅列。忘れられたものたちの野辺送り。それを司っているのが、エコウ。
光に包まれたコヂカの目が、その明るさに慣れるまでそう時間はかからなかった。ゆっくりと息を吸いこむと、どことなく空気が暖かく感じられた。コヂカの体はえんじ色に輝き、机の上のシーグラスは消えている。
「ヲネのこと、ちゃんと見える?」
目の前に立っていたヲネは、心配そうな顔でコヂカを見つめていた。あまりのまぶしさにコヂカが目をくらませていた様子を気にしていたようだ。
「うん、はっきり見える」
コヂカの言葉にヲネは安心したようにほっと息をはいた。
「私の部屋だ。それから白いもやがたくさん」
コヂカは自分の部屋を漂っている、オーブのような白い輝く物体に驚愕した。いつも見慣れている部屋も、まるで異世界のようだ。
「野良魂よ。でもここにあるのは小さくて、ほとんどが生き物じゃない。忘れられてしまった意志や、ものへの愛着心が、輪廻から取り残されて舞っているのね」
「それでもなんて眩しいんだろう。クリヲネちゃんは普段、こんな景色を見ていたの?」
「うん。でもすぐに慣れるよ。それに人間や動物の魂はもっと眩しいから。生き物の魂は、思い入れのある場所とか、忘れられない存在の周りを漂っているわ」
ヲネに言われて、コヂカは早くシオンの魂を見つけなければならないと思った。とりあえず心当たりがあるのは学校だ。みんなでお弁当を食べていたクラス。シオンのいた席。ダンス部の部室と体育館。彼女の魂がいそうな場所から、しらみつぶしに探していくしかない。
「クリヲネちゃん、学校まで飛べる?」
「うん、できるよ。目を瞑って、その場所を思い浮かべてみて」
ヲネに言われた通りにコヂカが目を瞑ると、嗅ぎなれた部屋の匂いが、いつの間にか机の木とステンレスが混じった教室の香りに変わった。目を開くと、コヂカは一瞬にして教室の自分の席の前に立っていた。
「すごい! 本当に学校へ飛んじゃった」
コヂカはエコウの能力に感激しつつ、教室の野良魂の多さに驚いた。真っ暗な深夜の教室と、うるさく漂い続ける白い光が、不気味なコントラストを描いている。
「どう? シオンの魂はあった?」
ヲネの問いかけにコヂカは心を落ち着かせてシオンの感覚を探ってみた。しかしそれらしいものは見つからない。
「ううん。ここにはいないみたい」
カンナやマリの机の周りにも、ロッカーや用具箱のあたりにもシオンはいなかった。そもそも彼女は存在ごと消えてしまったため、席もクラス名簿にも名前すら載っていない。今ではここもシオンの居場所ではないようだ。コヂカは少し落胆しつつも、光の中にいるヲネに言った。
「体育館まで歩いて行ってもいい? もしかしたら廊下や階段に、シオンは居るかもしれない」
「ええ。行きましょ」
オーブが騒がしい教室を抜けて、コヂカとヲネは廊下を歩き出した。移動教室のたびにシオンと何度も歩いた廊下。購買部までの階段。挨拶を交わした下駄箱。ダンス部の練習で放課後きていた体育館。頭の中でシオンのことを思い描きながら、コヂカは何度も学校を探し回った。しかしいくつもの白い光の中に、あの美しい黒髪の友達は見当たらない。もしかするともう学校を離れ、別の場所に向かったのかもしれない。シオンが行きそうな場所。コヂカは彼女との記憶を探り、歩きまわりながら他に心当たりがある場所を考えていた。だがそうしている間にも、夜はゆっくりと明けはじめていた。
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