第39話 二日目の会議
「これからは体育館の部活に関しても、大会成績と部員数で割り当てを決めたいと思います。割り当ては半年ごとに生徒会と先生方で監査を行い、更新をします。ですので、成績が上がったり、部員数が増えた部活には練習時間と場所を確保できるチャンスがあります。監査の基準は下記の書類を参照してください」
コヂカがそう言い終えると、部長たちは手元に置かれた書類をパラパラとめくった。顔をしかめる部長。難しそうに頭を抱えた部長。コヂカがコの字型の机を見回しただけでも、部長の反応は様々だった。今日も話し合いは結構長引きそうだな、とコヂカは机の上で腕を組みながら思った。しかし、この前と違って憂鬱ではない。仮に意見が割れたとしても、本音でぶつかりあって、折り合いの付く結論を見つけ出せばいい。コヂカは自信を持って、会長席に座っていた。
「それでは質疑応答にうつります。質問のある方は挙手をしてください」
シホがそう言うと、何人かの部長が早速手を挙げた。急遽行われた部長会議にも関わらず、運動部の部長は全員出席している様子をみると、今回の「体育館割り当て問題」は相当関心が高いのだろう。一人の部長が当てられて、カヅキが質問に答える。準備していた回答とはいえ、カヅキは一言ひとこと丁寧に返答していった。ここまで真剣に学校のことを考えているカヅキの思いを、無下にしなくて本当によかったとコヂカは思った。本音で語り合えたからこそ、生徒会内で信頼関係を築けたのかもしれない。
☆☆☆
シグレに言われた翌日、コヂカは生徒会のメンバーともう一度話し合うことにした。シホをはじめ、役員たちが続々と放課後の生徒会室に現れる中、カヅキだけが遅れてやってきた。普段、遅刻なんてしないカヅキが遅れたのは、コヂカとの話し合いに気が進まなかったからに違いない。それでも、仏頂面ながら会計の席について、「遅れてすみません」と小さく頭を下げた。
全員が席に着くと、コヂカは一呼吸おいて話を切り出した。
「一昨日の部長会議がうまくいかなかったのは、すべて私の責任。本当にごめんなさい」。
「海野さん……」
突然の謝罪にシホは驚いた様子だった。コヂカは顔をあげて話を続けた。
「私が曖昧な態度をとったことで、生徒会のみんなを混乱させてしまい、部長会議も台無しにしてしまった。やっぱり、誰からも不満を持たれずに改革をしようとしていた、私の考えが甘かったんだと思う。生徒会である以上、もちろん要望は誰からも平等に聞くべきだけど、どの要望を叶えるかはきちんと基準を決めて、優先順位をつけなきゃいけない。そこを私はわかっていなかった」
「海野さんだけの責任じゃないよ。私も3年生なのに、後輩の子たちにいろいろ聞いてばかりだったし」
となりに座っていたシホが、コヂカを気遣うように申し訳そうな口ぶりで言った。コヂカは、
「神崎さん、ありがとう」
と言ってシホの方をみてから、残りの生徒会のメンバー全員を見回した。今まで目も合わせてくれなかったカヅキが、やっといつも通りにコヂカを見てくれた。そして俯きながらも、
「僕も自分だけで動こうとしてました。すみません」
と口を開いた。
「全然いいよ。カヅキくんがいなかったら、そもそも部長たちからの要望はまとまらなかったわけだし。とりあえず、生徒会内で意見が割れて部長たちが混乱するといけないから、もう一度部長会議を開く前に、生徒会としての意見を固めておきましょう」
「そうですね」
コヂカの提案にカヅキは表情を緩めて同意した。それから、どことなく気まずかった生徒会の雰囲気が少しずつ軽くなっていった。生徒会内で割れていた意見が、一度膨らんだあと、そぎ落とされて、一つのまとまった結論に近づいていく。カヅキがアイデアを出し、シホたちが反対意見や問題点を指摘して、最終的にコヂカが形にした。男子バスケ部の要望を受け入れつつも、他の部活にもチャンスがあるように監査の制度を入れた。完璧ではないかもしれないが、最善を尽くした結論が出せたと思う。生徒会内での会議を終えたコヂカは、安堵感と達成感に包まれていた。
☆☆☆
「無事に終わりましたね」
二度目の部長会議を終えて、議事録をまとめていたコヂカにカヅキが言った。彼はコヂカの横で書類を片付けている。
「うん、みんな納得はしてくれたようでよかった」
コヂカは部長たちがいなくなった教室を見て言った。コの字型の机を後輩の役員が忙しく普段の並びに戻している。手元にまとめた議事録は、自分でもびっくりするくらい分厚かった。
「先に書類を持って、生徒会室に戻ってますね」
そう言ったカヅキにコヂカは束になった議事録を渡す。
「じゃあ、これもお願い」
「うわっ、すごい分厚いですね。わかりました」
カヅキは苦笑いをしながら両手に書類を抱えると、他の後輩たちと一緒に教室を出ていった。その足取りは達成感に満ちている。教室にはコヂカと、窓の戸締りを確認していたシホだけが残った。
「さて、私たちも帰ろうか」
「あっ、うん」
2人は教室の鍵を閉め、生徒会室に向って歩いた。生徒たちはもうほとんど帰ってしまって、廊下は閑散としている。今日も随分と話し合ったな。コヂカは窓越しに、夕日に映る観音様をみて思った。隣にいたシホも同じ景色を見ているようだった。
「綺麗……」
突然、シホが言った。コヂカに言ったわけではなく、思わず声にでてしまったようだ。彼女の瞳には夕映えの雲がガラス細工のように写っている。
「今日は天気もよかったから夕日も綺麗だね」
「あっ、うん。私、学校から夕焼け見るのって初めてで」
「え? そうなの?」
コヂカがびっくりした声を上げると、シホは恥ずかしそうに顔をかいた。
「変だよね。私、部活もやっていないし、文化祭もほとんど参加させてもらえなかったから、この時間まで学校に残ったことなんてなくて。自信もないし、引っ込み思案で、ついこの前までこのまま何もしないで高校生活も終わるんだろうなあって考えてた。でも本当はそれがすごく嫌で、生徒会に入って、自分を変えたいなって思ったの」
そうしてシホは満足げに続けた。
「海野さん。私、生徒会に入ってよかったよ。海野さんのおかげで私は変われた」
「そんな私のおかげだなんて大げさだよ……。こちらこそ、生徒会に入ってくれてありがとう」
コヂカは少し照れ臭そうに笑って、シホにそう返した。窓から差し込んでくる夕日が2人の影を作る。
「あのね、神崎さん。下の名前で呼んでもいい?」
「えっ。呼ばれたことないけど、呼んでくれるなら、嬉しいな」
シホは突然の言葉に驚いた様子だったが、まんざらでもない表情をする。そして少し緊張したように続けた。
「じゃあ私も……。でも呼び捨ては恥ずかしいから、コヂカちゃんで」
「やった。これからもよろしくね、シホ」
「うん、よろしくね、コヂカちゃん」
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