第35話 カヅキの提案
放課後の西日のオレンジ色が、冬に近づくにつれ濃くなっていった。コヂカは重い足取りで生徒会室に向かいながら、その様子に焦りを感じていた。今日は特に会議があるわけではないのだが、一人で生徒会室に行って、もう一度生徒から集められた意見を見返してみようと思っていた。一人でも多くの意見を聞き入れたい。
コヂカが生徒会室に着くと、中から明かりが漏れていた。誰かが既にいるらしい。念のため、会室前の目安箱を見てみたが、中身は空っぽだった。コヂカはがたがたと、立て付けの悪い会室の扉を開ける。
「海野会長、お疲れ様です」
会計の席に座ったカヅキが、部屋に入ってきたコヂカを見るなり言った。机の上には大量の書類の束と、青や黄色の色鮮やかなフォルダが山のように積まれている。
「おつかれさま、来てたんだ」
てっきり今日は誰もいないと思っていたコヂカは、思わぬ形でカヅキを二人っきりになってしまった。以前のコヂカだったら、嬉しくて仕方なかっただろう。
「はい。各部活の活動実績と内容を考えて、部室の割り当てを考えていました」
カヅキは少し疲れた表情でそう言った。たしか一年生は6限目までの授業だったので、カヅキは一時間ほど、この書類の束と格闘していたことになる。
「7限目の間、ずっと作業してたの?」
「はい、暇だったので」
カヅキが頭をかきながら笑う。コヂカはそれを見て、素直に嬉しくなった。悩み抜いていた問題を、カヅキが解決に向けて動いてくれている。
「ごめんね、一人で作業させちゃって」
「これくらい全然大丈夫です。会長のお役に、少しでも立ちたいんです」
「ありがとう、私も手伝うね」
コヂカはそう言うと、会長席ではなくカヅキの隣のシホの席に座った。書類の山は副会長の彼女の机の上にまで及んでいる。
「投書と近年の活動実績を見返して、僕の考えを話します。旧校舎に囲碁部の部室があるのですが、もう長い間使っていません。彼らってほぼ帰宅部同然になっていて、囲碁ができる部員もほとんどいないみたいなんです」
「えっ、そうなの?」
「はい、友達に囲碁部の奴がいて、そいつから直接聞きました」
「そうなんだ、知らなかった」
「その囲碁部の隣には、吹奏楽部の部室があります。吹奏楽部は今年部員が増えて、楽器をしまうスペースがほしいと目安箱に意見が寄せられていました。なので、囲碁部の部室を空けてもらって吹奏楽部の部室にするのはどうでしょうか?」
「うん、いいと思う」
カヅキの論理的な所見にコヂカは感心した。自分よりもはるかに頭が回る後輩だ。
「それから校庭のグラウンド整備の問題ですが、今は気づいた時に各部が行うようにしているそうです。しかしそれでは、一部の部活ばかりグラウンド整備をさせられてしまい不公平ではないか、との意見が野球部や陸上部から多く寄せられたので、各部の活動状況と部員数を考えて、こちらで整備の分担を考えてみました。一応まだ仮なので、こちらをベースに各部の部長たちと話し合って決めたいと思ってます」
カヅキの見せてくれた表には、グラウンドの整備の日割と担当の箇所がまとめられていた。野球、サッカー、陸上、ラクビー、それにハンドボール。それぞれの部活が、いつどこを整備すればいいのか詳細に書かれている。これならグラウンド整備でもめることもなさそうだ。
「カヅキくんはすごいね。これ一人で考えたの?」
「さすがにそれは無理ですよ。昨日の夜、ユリカ先輩にLINEで相談したんです」
「そうなんだ……」
「はい。あとは体育館なんですけど、いつどこの部活が使うかで結構揉めているらしいんですよね。どうしてもグラウンドと違って狭いので、一度に2部活までしか使えなくて」
「そっか。体育館だけでも、バスケ、バレー、バドミントン、体操、ダンス、フットサル。6部活もあるもんね」
「男女別の部もあるんで、実際はもっと多くなります。これも一応、仮の割り当て表を作ってみました」
先ほどと同じように綺麗にまとめられた表を見て、コヂカは唇を噛んだ。カンナのいるダンス部が週に一度しか割り当てられていない。何も言わないコヂカを見て、カヅキが続ける。
「男子バスケ部が全国レベルなので、練習日を増やしてみました。コートを二つ使いたいらしくて、バスケ部の練習の時は、体育館を独占するような形になっています。まだ仮なんで、これも部長たちと話し合って決めるつもりです」
「うん、いいんじゃないかな。嫌な思いをする部がないように、しっかり話し合わなきゃだね」
コヂカは頷きながらそう言った。2人はその日、夕方まで学校に残って目安箱の意見をまとめる作業に没頭していた。
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