第21話 投票の結果
A4のコピー用紙に、みっちりと書き込まれた演説原稿を持って、コヂカは体育館のステージ袖にいた。ユリカに立候補届を出したあの日から、コヂカはこの日のために努力を重ねてきた。ユリカやヲネと何度も練った演説の原稿。部屋にこもり、繰り返し練習したスピーチ。大丈夫、私ならやれる。そう意気込んだコヂカが見つめる先に、カヅキの姿があった。同じように原稿を手に持って、小さく内容を復唱している。するとコヂカに気づいたのか、カヅキは原稿から顔を上げて言った。
「緊張してきました」
「私も」
「こういう演説の時、聴衆を八の字に回し見るといいらしいですよ」
「そうなの?」
「はい、聞いている人は目線が合ったってなるみたいです」
「そうなんだ。やってみようかな」
「あとはイメージトレーニングですね、目を瞑って実際の場面を想像するとか」
「イメージトレーニング……」
コヂカは胸に手を当てて目を瞑った。すると隣にいたシグレが声をかけてきた。
「今日はお互いのベストを尽くしましょう」
コヂカは咄嗟に目を開いて答えた。
「あ、うん。頑張ろう」
シグレにしては潔いなとコヂカは思った。ただその上がった口角から、彼女が勝ちを確信していることが伺える。続けてシグレはカヅキにも激励の言葉をかける。
「堀田くんも頑張って」
「はい、頑張ります」
「よーゆーって感じね」
傍らにいるヲネがそう呟いた。確かにシグレからしたら、この選挙は余裕と思っているのだろう。けれども、生徒たちの、特に二年生からの彼女の評判は決していいものではない。それを踏まえれば、コヂカが勝てる見込みは十分にある。
「何かあったらヲネに言ってね。助けてあげる」
コヂカはヲネを見て頷いた。しかし、もちろん彼女の手を借りるつもりはなかった。この時のコヂカにはシグレに勝てる絶対の自信があったのだ。しばらくすると選挙管理委員の女子が候補者全員を呼びに来た。
「そろそろ時間ですので、立候補者の方はステージで着席するようにお願いします」
☆☆☆
会場いっぱいの拍手がコヂカを包んでいた。やりきった。スピーチを終えて深々と頭を下げ、自分の席に戻ると、コヂカはひとまず安堵した。だがまだ終わりではない。この後にカヅキたち他の候補者の演説と、投票が控えている。コヂカはステージ上でヲネの姿を探したが、彼女はどこかへ消えていた。
直前にあったシグレの演説も素晴らしく、会場は湧いていた。部費が公平に分配されていないのではないか? 部室が正しい目的で使われていないのではないか? シグレの公約は今の学校や生徒会の問題点を的確に捉え、具体的な解決策を提案していた。これまでのコヂカだったら、その雰囲気に飲まれ、しどろもどろになっていただろう。
しかし今日は違った。コヂカはそんな会場の雰囲気に飲まれることなく、練習以上の最高のスピーチをした。コヂカが訴えたことは、生徒の意見に耳を傾けること、ただそれだけだった。目安箱を生徒会室に設置し、匿名で誰からも意見を募る。ありがちな手法だが、この学校にはこれまでなかった制度だ。
「それでは続いて会計に立候補した、堀田カヅキさん。よろしくお願いします」
選挙管理委員にマイクが切り替わりカヅキの名前が呼ばれた。コヂカがカヅキを見つめると、彼は頷きながら目を合わせてくれた。
☆☆☆
投票が終わると集計のために10分間の休憩に入る。コヂカはトイレに行くために席を立ち、ステージ袖から体育館の外に出た。
トイレから戻ったコヂカは、誰もいない体育館裏の壁際に、退屈そうにもたれかかっているヲネを見つけた。彼女は目を合わせることなく、コヂカを呼び止める。
「ヲネ、先に投票箱を見てきちゃった。結果を知りたい?」
冷たく、まるで感情など微塵もないかのようにヲネは言った。コヂカは少し迷ったが、
「……いい」
と返す。するとヲネは
「本当にいいの? コヂカちゃん負けちゃうけど」
と眉を曇らせた。
「え? 私が、負ける?」
「うん、僅かな差だけどね」
予想外の結果だった。もちろんシグレのスピーチが素晴らしかったのはわかっている。でも、なんで? 口が開いたまま何も言わないコヂカに、間髪入れずヲネは続けた。
「どうしよっか?」
ヲネの思惑は深く考えなくても分かった。シグレの票を何票か消し、なかったことにする。魔法で存在ごと消すのだから、総投票数との差異はもちろんない。深く澄んだ瞳で、ヲネは無邪気にコヂカを見つめていた。
「何を迷っているの? この前と同じで、誰も気づかないし、誰も嫌な思いをしないよ。」
「だけど、これって……」
ズル、不正。コヂカは声に出さぬまま、頭の中で相反する二つの思いをまとめた。正々堂々と勝負した結果、コヂカはシグレに負けた。いや、現時点では負けている。このままだとコヂカのやりたかったことも、カヅキとの生徒会活動も、全部泡となって消えてしまうし、ユリカとカヅキの恋仲を別った意味もなくなってしまう。でも魔法を使って票の存在を消すということは、真面目にスピーチを聞いて投票した生徒たちや、シグレやカヅキたち他の立候補者を裏切る行為になる。どうすればいいんだろう。するとヲネが、頭を抱えるコヂカに、少し声を荒らげて言い放った。
「どうしてコヂカちゃんは、ヲネの力を使ってくれないの?!」
「え?」
コヂカはハッとして顔を上げた。ヲネと出会ってまだ間もないが、彼女のこんな姿は初めてだった。
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