八話 魔導管理局局長は問いかける
夜の王都を二人が歩き出してどのくらいの時間が経っただろうか。
魔法使い黒猫と『宝を守護する欲深き竜』翡翠は観光気分で色々なものを見て回っている。
夜遅くまで観光客相手に客商売をしている土産物屋で怪しげなものを買ってみたり、酒屋で適当に酒を飲み食事をしたり。
閉まっているが適当に美術館や図書館など様々な場所に案内する。
だが、楽しい時間はいつまでも続かない。
少しずつ魔導管理局本部に近づいている。
「黒猫さま、今夜はとても楽しい夜ですね。こんな風にヒトが大勢いる街を歩くのは初めてなものでとても新鮮です」
まるで翡翠はまるで子供の用にはしゃいでいる。
表情はほとんど変わらないが、手振り身振りで楽しんでいるのがわかる。
「連れまわした甲斐ががある。他に行きたいところはあるか?」
「あります。しかし、またの機会にいたしましょう。どなたかをお待たせしているのでは?」
それはそうだ。
そもそも、魔導管理局本部に向かっている理由は魔導管理局局長アレイスターに翡翠と共にくるようにわざわざ黒猫の前に現れ言いつけてきたからだ。
だが、黒猫としてはあの男をいくらでも待たせてやろうと思っているので出来るだけ向かうのを遅くするつもりでいろいろと寄り道をしていたのだが。
こう言われてしまっては本部に向かうしかない。
「じゃあ、そろそろ向かうか」
二人は魔導管理局本部に向かう。
黒猫は翡翠の手を取り前に進んだ。
灯りがともされ仰々しい建物がより目立っている。
魔導管理局本部の最上階にある一室が局長室だ。
本来は魔道具の扉を使い簡単に最上階へ向かうことができる。
しかし、夜になると魔道具の稼働を止めているらしく、扉を使い最上階に向かうことが出来ないようになっているようだ。こうなると階段を使い上るしかないだろう。
管理局本部は古い建物ではあるが増築され15階の建物となっている。
階段を上り、二人は局長室に入った。
「二人とも、こんばんわ。よく来たね、歓迎しよう」
魔導管理局局長アレイスターはいつも通り恰好を付けている。
さて、そちらの幻想種のお嬢さんはなんとお呼びしたらいいのかな?」
「翡翠さんだ。俺が名前を付けた」
「翡翠とお呼びください」
『宝を守護する欲深き竜』翡翠が魔導管理局局長アレイスターに一礼をドレスの裾をつまみ一礼をする。
アレイスターは目を丸くしている。
まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔。
黒猫は自分の師のそのような顔を初めて見ることになった。
「親愛なる私の弟子よ。それがどういう意味なのかわかっているのかい?」
「わかっている。そのつもりだ」
「それならば構わない。後でサクラにも知らせておくよ。とても驚くと思うがね」
「フォローはしておいてくれ」
アレイスターは肩をすくめた。
「やれやれ。困った弟子だ。だが、手がかかるほうが可愛いとも言うかな」
「言わないだろう。可愛さ余って憎さ百倍のほうがよく聞く」
二人の笑い声が聞こえる。
冗談を言い合えるというのはそれなりに楽しいものだ。
「黒猫、そろそろ本題に入っていいかい?」
「構わない。俺も知りたいことがあるしな」
二人が知りたいこと。
それは『宝を守護する欲深き竜』翡翠のこと。
そもそも、魔導管理局局長アレイスターが二人を本部に呼んだ理由は知っておきたいことがあったからだ。
「これで会うのは二度目でしょうか。私は魔導管理局局長アレイスター。翡翠嬢、僭越ながら聞きしたいことがあるのですか。よろしいでしょうか」
魔導管理局局長アレイスターは翡翠に芝居ががった動作で深々と頭を下げる。
「よしてください。アレイスターさま。私はただの幻想種。そのような真似をされなくても大丈夫ですよ。そして、どのような質問にもお答えしましょう。それが私と黒猫さまの間で取り交わした約束ゆえに」
魔導管理局局長アレイスターは頭を上げ、翡翠を見つめ問いかける。
「それはありがたい。ではお聞きしましょう。私が聞きたいことは二つ。ます一つ、どうやってそのヒトの姿を手にいてたのか」
それは魔法使い黒猫も疑問に思っていたことだ。
幻想種の中には完全にとは言えないがヒトの姿になることがきる者もいる。しかしそれは生まれ持った力として備わっているものだ。しかし『宝を守護する欲深き竜』と呼ばれる幻想種はヒトの姿になることが出来るという記録が無かった。幻想種はヒトに影響されやすい。しかし、影響を受けただけでそう易々とヒトの姿を手に入れることは出来ないはずだ。
翡翠はチラッと黒猫を見た後、アレイスターのほうを向く。
「お話しましょう。私はこの姿を得たのは数年前の事です。突然のことで私自身大変驚きました。」
「ほう。偶然、その姿を得たと?」
「はい。得るつもりはなかったのですが得てしまい、私自身いろいろ変わってしまった。竜とヒト、二つの魂が混ざり合いよくわからない者へと変貌してしまいました」
「興味深い話ではある。一体、翡翠嬢は何をしたのか」
魔導管理局局長アレイスターは嗤う。好奇心がどんなことよりも勝っている。
だからこそ知りたいのだろうか。
「アレイスターさまはだいたいの理解はしているのでありませんか?」
「ある程度は理解しているとも。ただ、推測の域を出ていない。だからこそ貴女に語って欲しいのだよ」
欲望を抱えたまるで獣のような瞳が翡翠を写す。
「いいでしょう。私は一人の女を喰い殺したのです」
「ヒトを喰い殺した」
黒猫は少し驚き、アレイスターを見る。
『宝を守護する欲深き竜』と呼ばれる幻想種はそもそもヒトと争い宝を守っている竜だ。ヒトを喰い殺したという経験があってもおかしくは無い。
しかし、ヒトを喰ったぐらいでヒトの姿を得ることが出来るのか。
そんな話を一度も黒猫は聞いたことが無かった。
くすりと嗤い、アレイスターは流暢に語りだす。
「とても珍しい事例だよ。万が一、もしくはもっと可能性の低いことかな。私は幻想種の専門家ではない。だから、聞いた話になってしまうがね。幻想種がヒトを喰った場合、まれに同調し喰ったヒトの記憶の一部を得ることがある。そして、その似姿を得ることもあるという話だ。詳しい原理はわからないが翡翠嬢が言った通り魂が混ざり合るのかもしれない」
「その場合、元の幻想種はどうなるんだ?ヒトの記憶を一部受け継ぐのだろう?」
「さぁ?なんせ前例が少なすぎて記録が殆どないからね。ただ、やはり翡翠嬢みたいに困惑してしまうのではないか?それに翡翠嬢はヒトの姿を得てとても苦労したはずだ」
その言葉を聞いて黒猫は顔をしかめた。
「苦労?どういうことだ?」
「なるほど。流石の愛しい私の弟子でも考え付かないこともあるか」
何か納得したアレイスターは愛しい弟子の頭を軽く撫でまわす。
「何の真似だ」
「フフン。なんというかキミにもまだ未熟な部分があるということを再認識したまでのことだよ。少し安心するね」
安心とはいったい何のことだろうか。魔導管理局局長アレイスターという男は、すべての弟子を愛しい弟子と呼ぶ。子供扱いに近いと黒猫は認識している。彼自身弟子を馬鹿にする気はない。それでも、どれだけ長い年月が経っても坊や扱いを喜ぶ弟子は少ないだろう。
不機嫌そうに黒猫は師匠の手を払いのけた。
「それで、師匠。苦労とはどういうことだ?」
「それなのだが、ヒトの姿になることが出来る幻想種はその力を生まれ持った能力として持っているだろう?そして大抵はヒトと異能の姿を自由に変えることが出来る。しかし、翡翠嬢は生まれたときは竜の姿だけだ。急にヒトの姿を得たら、コントロールが難しいはず。ヒトの姿から竜の姿に戻るだけでも苦労すると思うよ?」
盲点だ。
ヒントはあったはずなのに。
翡翠の表情が人形のようなのはヒトの姿に慣れておらず表情を作るのは難しいのではないかと推測していた。
同じなのだ。
それなら今こうして歩くことが出来るのも。器用に手を使うことが出来るのも後天的に学んだのだろうか。
そんなことを考え、黒猫は翡翠のほうを見た。
翡翠は黒猫の考えを察したようだ。
「ええ。苦労しました。突然、ヒトの姿になって竜の姿に戻る方法を身につけたり、二本足で歩けるように訓練したり、手の使い方を覚えたりと。今では苦手ですがお箸を使うこともできますね」
そして翡翠は、本題に入る。
「今の体に慣れたのはごく最近です。それから王都に向かいました。向かった理由はただ一つ。魔法使いさまのお力で叶えて欲しい願いがあるからなのです」
「私は、この似姿の女の素性を知っておきたい。そして、彼女の想い人にこれを返したいのです」
翡翠はどこからか指輪を取りだし、黒猫とアレイスターに見せるのだった。
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