四話 厄介ごとは多かれど向こうからやってくる

 とある大衆食堂で黒猫は遅めの朝食をとっていた。

 珈琲と魚のフライや肉をパンで挟んだものを注文。

 不機嫌そうな顔をしている。

 いつも不機嫌そうな顔をしてはいるが今日はいつも以上であった。


「ノワール、聞かれていたと思うか?」

 黒猫の影の中に隠れているが会話はいつでも可能だ。

 傍から見れば、子供が独り言を話している状況にしか見えない異様な光景に映るだろう。

 「おそらくな。余が迂闊ではあった。よもや聞かれていようとは。だが等価になったのだ。謝りはせぬぞ」

 それは先ほどまで泊まっていた酒場兼宿屋となっている娼館での出来事の話。

 黒猫は大きくため息をついた。


 「そうか。なら仕事の話をする。ここからどう動くべきか。率直な意見を聞きたい」

 そもそも、黒猫とノワールがこの港町にやってきたのは観光ではない。

 異常発生する、亡霊と瘴気の原因を突き止め解決に当たるためだ。

 昨日、手に入れた情報のうち有益そうなのは墓地の死体が盗まれたというものくらいだろう。その調査を行うための算段をつけようとしていた。


「死体が盗まれたという墓地の場所がわからぬし教会でとっとと聞いてそこに出向くべきであろうよ。教会は好かぬが致しかたあるまい」

「済まないが我慢してくれよ。」

 ノワールは妖精のたぐいだ。どうやら妖精と教会は相性が悪いらしくその場所にいるだけでむず痒くなるそうだ。これはノワールだけでなく全ての妖精に当てはまるという。

 それゆえに教会周りで妖精を見かけることは滅多になかった。

 見かけることがあるとしたら、よっぽどの事情かその妖精が変わり者か、そのどちらかだ。


 教会に行き、黒猫は女の死体が盗まれたという墓地の情報を得る。ついでに昨夜に行った墓地の浄化についての報告を行った。同様の香水臭い若い神父にも報告をした。愛想は悪かったが礼を言われたのだった。


 黒猫は教えられた墓地へと向かう。

 その墓地の一角。片隅にある墓に最近掘り起こされた形跡がいまだ残っている。

 だが、それだけだ。

 怪しげな何か。例えば、魔術師が行うような魔術や儀式の痕跡は一見無いように見える。


「ノワール、辺りを隈なく探索しろ。魔術の残り香一つ逃すな」

「承知した」

 黒猫の影が蠢き、狼を象った影が黒猫の影から離れた。

 そして、狼の影は形を変え墓地は巨大な影に包まれる。

 ノワールは狼である。

 狩りを行う者。

 獲物を見つけどこまでも追い詰める者としての誇りと矜持があった。

 ゆえに獲物を見つける為の探索なぞお手の物だ。


「見つけだぞ。辺りの木にひっそりと細工がしてあるな」

「どんな細工だ?」

「魔術円が書かれておる。余は魔術の専門家ではない。わからぬが死の臭いがしおるわ。ろくな魔術ではなかろう。禁術の類かもしれぬ」

「わかった。では、この魔術の使用者がまだこの町に留まっているか探せ」

 魔術とは魔術師と呼ばれるものが使う技術である。使い手によってや癖、魔力の匂いが個々で違う。ノワールはそれらを嗅ぎ取り判別が可能であった。


 ノワールは墓地だけでなく町を漆黒なる影で包み込む。

 これがヒトの目に見える事象であれば大騒ぎだろう。

 ノワールは妖精のたぐいだ。特別な目、あるいはそういった者たちを見るための道具を使用しなければ見ることは出来ない。

 ゆえに巨大な影にこの町が包まれていることを知るヒトはほぼいないだろう。

 

 「おらぬ。この町に魔術師はおるが同じ匂いがする者はおらんな。すでに離れた後であろうよ」

「助かるよ、戻れ。とりあえず、報告が先だな。現段階ではこれ以上の追跡は無理だ。龍脈の乱れを探って一旦、東部支部に戻る」

龍脈レイラインの乱れも探っておいてくれ」

「主殿は、注文が多いわ。だが承知したぞ」

「どうだ?乱れはあるか?」

「これは当たりかもしれんぞ。なにやら嫌な乱れがしおる」

 その時、ノワールはすんと一つの匂いを嗅ぎ取った。


 召喚魔術が発動発動された匂いだった。

 辺りの木々に刻まれた魔術円が光りだす。

 魔術円が刻まれた木々の中心に、一匹の巨大な魔獣が召喚された。

 その魔獣は、巨大なる獅子の姿、背には蝙蝠を連想させる翼が生えている。

 咆哮を上げ、魔獣は黒猫に襲い掛かった。


 黒猫は魔獣をなんとか躱し間合いをとり、虚空から杖を取りだした。

「これは当たりだな。こんな罠まで仕掛けているとは」

 ここで魔術の痕跡を探すものを消すための罠。防衛魔術の一種だろうか。探すものが現れた場合に刻んであった魔術円の一部が発動し魔獣を呼び出す。達人級の魔術師の仕業だろうという確信が黒猫に中に湧き上がる。


 この魔獣は犯人を捕らえた後の証拠になりえる。そして有益な手掛かりにもなるはずだ。

 ならば、ノワールの餌にするわけにはいかないだろう。

 黒猫自身で倒すしかない。


 魔獣の猛攻をなんとかいなして躱す。

 ギリギリの攻防が何度も繰り返されている。

 魔法を使う隙がない。本来魔法とは戦闘用に研鑽されているものではない。こういった状況で使うことはほとんどないものだ。

 しかし、数百年前に戦うための研鑽を行った魔法使い達がいる。

 黒猫の師匠はその一人だった。魔王と呼ばれる者が起こした大戦、人魔大戦において勇者と呼ばれる者と共に戦った魔法使いの一人。


「ノワール、契約深度強化。そのまま探っていてくれ」

「承知した」

 黒い狼ノワールは魔法使い黒猫と契約した使い魔ファミリアである。お互いの魂が深いところで繋がっているといえる。その繋がりからノワールの力の一部を黒猫に貸し与えることが可能だ。ノワールの力として身体能力の強化や、他にも黒い影の使役。用途は様々だ。

 黒猫の身体能力が比較的に向上し、魔獣をより素早くかわし距離をとる。

「変われや変われ銀の杖、姿変わって武器となれ」

 銀の杖は瞬く間に剣へ変わる。


 黒猫の師匠は魔法使いとしてたいそう変わっている。魔法使いとして使える手札は多いほうがいいだろうと剣技を教え込まれていた。

 アレイスターと呼ばれる魔法使いは黒猫の師匠であり魔法使いとしては異端児であった。自身のすべての弟子に剣技を教えている。


 剣技が魔獣に向かって放たれる。

 剣撃は颯のごとく。

 魔獣の四肢を切り裂いた。

 魔獣は倒れたものの、唸り声をあげまだ暴れている。

 黒猫はすかさずとどめを刺した。


「現場保存が必要だな」

 黒猫は小型の魔道具を取り出した。

 魔道具とは魔術師が研究、開発した道具だ。魔術が使えないヒト達でも魔術を使えるよう設計されている。火を起こす道具や大型ではあるが食糧を冷やして保存する道具。または車の動力に使われたりしている。そのほかにも千差万別な魔道具がある。黒猫が取り出した魔道具は通信機器であり一定の範囲ではあるが遠く離れていても同じ道具を持っているもの会話できるすぐれものであった。

 近年開発されたもので、数が少なく比較的高価ではあったが国に仕えている者の内、フィールドワークを主とする職員数名に配れていた。


 魔道具のダイヤルを回し通信したい相手に繋げた。

 通信相手は魔導管理局東部支部支部長である。

 東部支部支部長は男の魔術師だ。

 歳は40代半ばだろうか。

 黒猫は事情を話す。


 今回の亡霊騒ぎはどこかの魔術師が死体を使った魔術を使用したことによることが原因であること。この港町の墓地にその痕跡がいまだ残っており、魔獣の使役、召喚魔術の痕跡ががあることを包み隠さず話した。それらを伝えると東部支部局長から意外な言葉が出てきた。


「報告後苦労。直ちに専門家の魔術師を派遣しよう。それと、すまないが黒猫くんは直ちに本部に戻ってくれ。詳しいことは伺っていないが本部局長から直々に連絡があった。どうやら緊急の用件のようだ」

「緊急の用件か、わかった。応援の魔術師が派遣され次第本部に向かうとする」

 黒猫は通信を切った。

 今回の亡霊騒ぎの原因が魔術師となると魔法使いである黒猫ができることはここまでだろうか。ならば、本部に戻っても問題はない。

 だいたい緊急の用件で呼び出される場合なぞ悪いことに決まっている。

 世界の破滅でも訪れたか?

 ふと黒猫は笑った。

 あまりに荒唐無稽だ。勇者の真似事なぞ柄ではない。


「ノワール、どう思う?」

 黒猫の傍らに漆黒の艶やかな毛並みと持ち炎のような瞳を宿す狼がいる。

 狼は嗤う。

「余が知るか阿呆。ただ厄介ごとではあろうな。主殿は存分に悩めばよかろう」

「そうするか」

 ノワールの毛並みに黒猫の手が触れる。

 それから、1人と一匹は応援の魔術師達が到着後、墓地を後にした。








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