二話 たらふく食って情報収集

 黒猫くろねこと呼ばれる少年の姿をした魔法使いは怪しげな宿屋兼酒場となっている一階の酒場にに入るとまず辺りを見渡し、奥のカウンターに向かった。

 どうもこの店は、2階と3階が宿屋になっており、1階は酒場を営んでいるようだ。

 カウンターの向かい側に男の店員が一人。

 数人の女給はやけに露出をした派手な服を着ている。

 と黒猫は思ったが、杞憂だろうか。

 客も多く繁盛してるの店のようだ。酔いつぶれた客に酒を飲んでいる客、楽しそうに女給を口説こうとしている客もちらほら見かける。

 店に入ったとき、黒猫の姿を見て好奇な目を向けるものがいたが幸い絡んでくる者はいなかった。


 黒猫は酒場を好んでよく利用しているが、問題も多い。

 身なりが子供のため店員や客に冷やかされたりすることもある。

 店側に迷惑を招く可能性は高かった。


 黒猫はカウンターの席に座り、カウンター奥に見えるメニューを見た。

「坊ちゃん、注文はどうするよ?」

『坊ちゃん』と呼ばれる気恥ずかしさはあったが、悪態をつかれるより大分マシであろうか。先日行った別の町の酒場では店主に悪態をつかれ何も食べることもできなかったのだから。


「適当に飯と酒をくれ」

 黒猫はカウンターにいる店員に金を渡した。

「坊ちゃんよ。わかったがこれ多くないか?」

「迷惑料込みだ」

「ああ、そういうことか。わかったよ」

 店員は何か納得したようだった。


 そして、金を受け取ると黒猫に酒と簡単なつまみを出した後、料理を作りだした。

「ここの店主か?」

「雇われだけどなー」

 店員もとい雇われ店主はにこやかに言う。

「そうか」

 黒猫は酒を飲み、出されているつまみを食べた。


「坊ちゃん、その蜂蜜酒どうよ?祭りのために南部から取り寄せたとっておきなんだが」

「美味いな。この酒は前に飲んだことがある。確か、南部の辺境にある村。そこで酒造してる酒だったか」

「お、物知りだな。で、坊ちゃんはどうしてここに?観光ってわけじゃなさそうだ」

「仕事だ。一段落済ましてな。宿を探してた」


「こんな夜遅くまで仕事たぁ。ご苦労なこった。お前さん、もしかして魔法使いか?」

 黒猫は一瞬、怪訝な顔したが正体がバレて困るわけでない。

 隠してはいないし、こういうものはわかる奴にはわかるものだ。

 いつの時代も感の鋭い奴はいる。

「鋭いな。どうしてわかった」


 店主は得意そうな顔をして流暢に話し始めた。

「まずは姿格好だな。いかにもって感じだ。それに坊ちゃんの仕事ってあれだろ?墓地の大量の亡霊騒ぎ。あの溢れだしたやつの浄化だろ?ここな。教会の若い神父がちょくちょく飯を食いに来る。こないだ来たとき話してたんだよ。魔導管理局の魔法使いを呼んだって」

 黒猫は朝、訪れた教会で出会った人物の顔を思い浮かべる。

 あの戒律を破りそうないかにもな若い不良神父だろうか。やけに香水臭かったが。


「おしゃべりな神父だ。他に何か話していたか?」

「いや特には。他愛のない話だよ。ああ見えてあの神父は仕事熱心な奴なんだよ。浄化を部外者に委ねることを悔しがってた」

「そうか。なら今度訪れたときにもう大丈夫だ。あとは任せたと魔法使いが言っていたと伝えてくれ」

「それは坊ちゃん自身で伝えてくれよ」

「明日には発つ予定だ。伝えれんかもしれん」


「一応、来たときに伝えてやるけどアンタ自身で使えるべきだと思うがね」

「すまないな」

「良いってことよ。ほれ、待たせたが料理だ。酒もまだ飲むだろ?」


 店主は蜂蜜酒を継ぎ足し、いくつかの料理を出した。

「仔牛肉の包み焼きとトマトのスープ、あと色んな具材をピザ生地で包んで焼いたものでさ。こいつが最近好評なんだよ。屋台とかでも売られてるな」

「港町だから魚料理が出てくると思ったが。これはこれで美味いな」

「済まんね。あいにくともう魚料理は売り切れちまった」

「こんな遅くだからな。店主殿、スープをもう一杯くれないか?」

 黒猫は椀を店主に差し出す。


「いいぜ。こんだけたんまり金を貰ってるんだ。断れねぇよ」

 出された料理を食べ終えると、黒猫はさらに追加の酒とつまみを注文した。


 こういう店はいろいろな情報が集まるものだ。

「最近変わったことはないか?些細なことでもいい。事件とか不可思議なこと。とにかく何でも構わない。そういう情報が欲しい」

「情報量高いぜ?坊ちゃん」

 金を表す手振りを店主は黒猫に見せつけた。

「情報料は別料金で払う。いくらだ?」

 店主は目を丸くし驚いた顔をして笑った。


「お前さん、お人好しって言われないか?飯代だけで釣りがくるぜ。それくらいは答えてやるよ」

「助かる。何か変わったことがあったのか」

「あった。坊ちゃんはこの町の墓地がいくつあるか知ってるか?」

 店主はさっきと違う神妙な顔になる。


 これは何かが。店主をそうさせるだけの不気味なことがあったのだろうと黒猫は察した。

「確か、六か所はあると教会で聞いた」

「その一か所でな。死体が盗まれた」

「死体か。いつ頃の出来事だ?詳しく聞かせてくれ」

「盗まれたのはひと月ほど前で若い女の死体ってことしか俺は知らんが教会で詳しいことが聞けるはずだ」

 教会。黒猫が午前中に話を聞きに行った場所だ。そして、この町の墓地で亡霊と瘴気が大量に湧き出て対処に困ってると依頼をしてきた施設でもあった。今朝、行ったときはそんな話を聞かなかったのだが、亡霊騒ぎと墓荒らしを結びつけるのは難しいだろう。


 しかし、この亡霊騒ぎが東部で頻発し始めたのはひと月前ほどだ。

 偶然だろうか。ただ墓を荒らしただけでなく何者かが、何らかの儀式を行った可能性もありえた。その儀式が原因で亡霊と瘴気が湧きだした可能性はある。明日は、その死体が盗まれたという墓地を調査したほうがいいだろうと黒猫は考える。死体を使う儀式、誰か専門家を呼ぶべきだろうか。

 まずは行かないとことには始まらないだろうが。


「良いってことよ。それより坊ちゃんは魔法使いなんだよな?」

「そうだが。何か知りたいことでもあるのか?それか困っていることでも?」

「困ってることはねーよ。俺は今年で28になる。坊ちゃんは何歳なんだ?とふと思ってな。ほれ、魔法使いは見た目と年齢が一致しないだろ?」


 魔法使いは、魔法使いになった瞬間、体の成長のほどんどが止まる。ほぼ不老と言えた。

 大抵の魔法使いは20歳前後から50歳あたりの見た目をしている。

 そして300年以上の長い時を生きるのだ。

 魔法使いになるのが遅かった者もいるが大抵はわざと20代以上になってから魔法使いになるのがが近年の主流と言える。これはある程度の年齢の見た目のほうが社会的に信用を得やすいからだ。子供の見た目の者よりも大人の姿の者のほうが信用を得やすい。そういった事情から若い子供の姿の魔法使いとても少なかった。


「店主殿よりは歳を取っている。魔法使いになってだいたい100年といったところか」

 100年程度では比較的若い魔法使いであり、新人とされる。

「そりゃすげぇな。坊ちゃん、ちびすけなのにな」

「背が低い子供の姿なのは悩みだな」

 苦笑い交じりに黒猫は答えた。


 黒猫が魔法使いになったのが15歳の時だ。ただ、同世代の子供と比べても背丈も無く小さい姿で幼く見えた。13歳といって信用されるかすらどうか怪しい。

 彼は7歳の頃、親に捨てられ孤児院に預けられていたのを偶然、一人の魔法使いが彼の才能に目を付け引き取ったのが今から100年ぐらい前のことだ。

 それから幼い彼は魔法使いの元で育てられ15歳のとき魔法使いになった。

 本当はもう少し歳をとってから魔法使いになるはずだったのだが、ある事件が起き、彼は魔法使いになる道を選んだ。

 そして『退魔の魔法使い』として業界では有名になっていく。


 酒場の店主はふと思い出したように聞いてきた。

「それで魔法使いの坊ちゃんはこれからどうするんだ?宿探してるんだろ?」

「ああ、ここの宿は泊まれないと言われた。それでこの酒場で飯を食っている。あとは野宿になるだろうか」

「ここの宿。まだ泊まれはするはずだぜ?。坊ちゃん。金次第だけどな」

「どういうことだ?」

「説明するとな。ここ、本来は会員制の娼館なんだよ。その客が泊まる宿。高級店だ」

 酒場の雇われ店主がわざわざ悪い顔を作りでニヤリと笑う。

「本来は会員限定なんだが、俺が坊ちゃんを紹介してやるよ」

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