第29話 訪問

ソフィアの要請により、俺に協力してくれる事になった米軍との会合の日。


「さ、入って入って。」


ソフィアは瞬一の背中を押しながら、半ば強制的に家に押し入れた。


「どうもこんにちは。天河瞬一です。」


ドアを開いた先、玄関で待ち構えていたのはソフィアの父ゴードミラスさんだった。


「こんにちは。ゴードミラス・プリンストンだ。よろしく。」


そう言って、手を差し出してくるゴードミラスさん。その巨大な体躯たいくはどこかいわおを思わせるようだった。

ゴードミラスさんもソフィアと同じく、日本語が上手だな。


「よろしくお願いします。」


すっげ―ゴツい腕、筋骨隆々って表現が良く似合う人だな。なんか金剛さんを思い出すな・・・・・・


「どうしたの?瞬一。」


握手をしただけで、黙りこくってしまった瞬一を心配そうに見つめるソフィア。


「あ、いやいや何でもない。」


必死に笑顔を取り繕い、冷静さを取り戻す。

先ほどまでは、瞬一の心中の怒りは渦を巻いていたが、今ではさざ波すら立っていない。

瞬一の感情操作は常識を逸脱いつだつしていた。


「それより、本題に入りましょう。」


強引に脱線した話を戻す。

いつもと様子が違う瞬一にソフィアは違和感を感じ、いぶかしげな視線を向けていたが、これ以上は何も追及してこなかった。


「そうだね。ソフィーお茶を淹れてきてくれないか。」


リビングへと案内されたが、廊下広すぎだろ。学校と同じかそれ以上だぞ。

高級そうなソファーに腰を下したゴードミラスさんは、ソフィアにお茶の用意を頼んでいた。多分、高級茶葉だろう。


「話し合いの前に聞きたいのだが、何故君は上司に内密でこちらに来たのかな?」


ソフィアがキッチンに行き、見えなくなったのを横目に確認してから、ゴードミラスさんは話しかけた来た。


「色々とありますが、大きな理由として2つ挙げられます。」


うん、こういった展開になるのを予想していた。から、まぁ、すらすらと言えるな。


「1つ目は、その情報源を敵幹部から手に入れたからです。」


俺が言った瞬間、ゴードミラスさんの眉がピクリと動く。

俺の爆弾発言を投下しても、ゴードミラスさんはあまり動じていないようだった。


「あれ、あまり驚かれないんですね。」

「いやいや、顔に出ていないだけで、内心は動揺しかしていないよ。」


軽く笑みを浮かべるが、その目は笑っていなかった。


「で、その情報は信用出来るのかい?」


さっきの表情とは打って変わって、真剣な表情になる。

心なしか、雰囲気も変わっていた。

目だけはさっきと一緒だったが。


「100%とは言い切れませんが、今のところ全て正確です。」


ゴードミラスさんの態度にも動じた様子は見せず、平然とした態度で言葉を返す。


とは、どういう意味かな?」


あーこの人は一筋縄ではいかないな。文の構成を変えないと。確実的証拠・確証から基づき、論理的に構築した文じゃないと。少し時間が欲しいところだが・・・・


「お父様、紅茶の準備が出来ました。」


偶然の産物か、ちょうどいいタイミングに紅茶が運ばれてきた。


「はいどうぞ。熱いから気をつけてね。」


ゴードミラスさんと俺の前にお茶を置くソフィア。

良い香りが湯気から伝わってくる。飲みたいのだが、タイミングが分からん。飲んでいいの?とゴードミラスさんを見ると、肩をすくめて了承の合図が出された。


「いただきます。」


この濃厚な甘味はキャラメル!しかもこの深みのある味わいは・・・


「アイリッシュ・ブレックファストか。」

「へぇ、よく知っているわね。まぁ、ソフィア製のアイリッシュ・ブレックファスト・フレーバー、キャラメリーゼだけど。」


胸を張って、自慢するソフィア。

なんか今日は、生き生きとしているな。


「キャラメリーゼか、俺の興味を引く名前だな。」

「甘いものなら、何でも惹かれるでしょうが。」


それもそうだなと内心で自覚する。

ちなみに、ゴードミラスさんの紅茶はミルク入りのアイリッシュ・ブレックファストだった。


「誰かアイルランド出身の人がいるのか?」

「え、何で分かったの?」


驚いたような顔を俺に向けるソフィア。


「いや、単純なことだよ。アイリッシュ・ブレックファスト・ティーは、元々はインド原産だが、主にアイルランドで好まれているからな。アイリッシュは『アイルランドの』って意味だし。」


へ?「何言ってんの、こいつ。」みたいな顔をしてこっちを見るソフィア。


「いや、全然単純じゃないよ。そんなの普通は知らないよ。」


そうか?剣誠なら知っていると思うぞ。あ、剣誠も俺も普通じゃないのか。

なんか悲しいな。


「お母様が、アイルランド出身だったの。だから小さい頃によく飲ませてもらった記憶があってね。」


少しだけ、ソフィアの声のトーンが下がる。

か。

それ以上は、何も言わなくても分かってしまった。多分、ソフィアのお母さんはもういないのだろう。


ありGo raibh がとう。maith agatとても美味しかったよ。」


気まずくなりそうな雰囲気を、早めに切る。


どういたTá fáilteしまして。 romhat.


俺がアイルランド語で言うと、ソフィアもアイルランド語で返す。


「じゃあ、話の続きといこうか。」


ずっと場の外に追いやられていたゴードミラスさんが口を開く。

あ、忘れてました。すみませんでした。

ソフィアは雰囲気を感じ取ったのか、カップを片していなくなってしまった。


「さっきの続きですが、今のところというのは、僕が手に入れた情報の中で、確認した範囲では全て正確だということです。」


さっきのティータイムとは違い、仕事モードに入る2人。


「手に入れた情報について詳しい聞かせてくれないか?出来ればそのいきさつも知りたいのだが。」

「少し長くなりますが、よろしいでしょうか?」


別にそんなの良いから話せって思っているだろうが、形式上言った方が良いだろう。


「ああ、別に構わない。」

「では、軽く事の顛末てんまつを説明します。・・・・⋯⋯」


ジェイル達に話したように、一部を要約しながらも全容を説明した。


「それはまた、とても大きな事が起こっていたんだね。」


今回は顔をそのままにする事が出来なかったのか、驚愕の表情を浮かべていた。


「ちなみに、手に入れた情報は日本支部と米国本部の場所・妹のいる場所・幹部の情報・敵の武装などですかね。」


この情報はハウザーが居なくなった後に、自宅で見つかった封筒に入っていたものだった。


ルナの雫ルナプトースィについては何か情報は無いのか?」


確かに、ハウザーは知らなそうだった。俺が今持っているのは、日本支部からの情報しかないな。


「これをどうぞ。詳しいことはこの中に入っています。」


小型のUSBメモリーを取り出して、ゴードミラスさんに渡す。

ゴードミラスさんは、静かにそれを受け取って、胸ポケットにしまった。


「さわりだけなら、君の口から聞きたい。」


そう言ってまた俺の方を、向き直る。まあ、そのぐらいは予想していたけど。


ルナの雫ルナプトースィは、簡単に言うと、肉体改変ドーピングです。あの中に含まれるDNACダナックと呼ばれる未知の物質が、脳のリミッター解除・筋力の増強・細胞の活性化による・身体能力の飛躍的上昇・五感の発達などの効果を得る代わりに、細胞の老化・破壊の犠牲を払わせます。」


摂取量とかの問題は、それほど検証出来ていなさそうだった。


「そうか、狂戦士バーサーカーを作り出す薬か。」


話の飲み込みが速いな。でも、協力が得られるのとは、別問題だけれど。


「まぁ、良いだろう。君の話に乗ってみようじゃないか。」


唐突に許可をくれるゴードミラスさん。瞬一は、一瞬何を言われたのかを理解していなかった。


「あ、ありがとうございます。」


マジか、最初の難関を乗り越えた。まぁ、まだまだ困難は続くと思うけど。


「詳細については今後話し合おう。」

「はい。分かりました。」


瞬一はもうすぐ帰ろうかと、支度をする。


「あ、そうだ。瞬一君。」


ゴードミラスさんの呼びかけに、瞬一の手が止まる。


「何でしょうか?」


振り返ろうとした瞬間、


「ソフィーの事、よろしく頼むよ。」


一拍置いて、


「はい?」


困惑する瞬一。敬語なんて忘れて、素っ頓狂な声を出していた。


「ソフィーと君は、相性が良さそうだからね。けど、ソフィーを悲しませたら・・・・・・分かっているね。」


無言の圧力って怖ぇー。なにこの人、さっきと違う意味でめっちゃ怖ぇー。


「えーっと、その、つまり何が言いたいのでしょうか?」


しどろもどろになりながらも、訥々とつとつと言葉を紡ぐ。


「ソフィーの婚約者に君はどうかい?っと言っているのだが。」


はい?何で、今日の話の流れからそうなった?全く意味が分からん。

瞬一が必死に脳内で情報整理をしていると、背後で物音がした。

振り返った先にいたのは・・・・・・・・ソフィアだった。


「お父様、今のお話は本当ですか?」


頬を桃色に染めながら、ソフィアが尋ねる。


「もちろん、本気さ。まぁ、提案しただけだから、受け入れるか受け入れないかは、瞬一君次第だけど。」


ソフィアとゴードミラスさんの両者から、視線が突き刺さる。

ちょっと待て、冷静に、冷静になれ。これを受けたらどうなる?・・・多分、苦労しないで裕福な生活を送れるはずだ。でも、ソフィアが俺の事をどう想っているかはともかく、俺には好きという感覚が無い。「これから付き合う内に分かるようになる」とか言われそうだけど、本当にそうだろうか?自分に恋愛なんて大層なものが出来るだろうか?感情の無いこの俺に。・・・・・・・・否、難しいだろう。


「すみませんが、私にはその大役が務まりません。」


きっぱりと、言い切った。

ゴードミラスさんは、少々驚いたような顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。

一方、ソフィアはうつむいていて、顔色がうかがえない。


「何故かね?学力・見た目・芸術面でも、優れていると思うが。」


確かに、ゴードミラスさんの発言は親バカだからじゃない。事実、ソフィアはその通りだった。

それでも、、


「確かに、ソフィアは魅力的です。俺にはもったいないくらいに。しかし、問題はそこではございません。俺自身が彼女を、ソフィーを幸せに出来る自身がありません。妹の事もありますし、職業柄からして、死と隣り合わせの日常です。」


つまり、幸せな家庭を築けるとは限らない。ということだ。


「今の私の状況からして、余裕がないのでしょう。一段落着いた後で、もう一度その話について考えてさせて下さい。」

「良いだろう。と言ったからな。」


うげっ、言質とられている。


「じゃ、また、お願いします。」


気まずくなりそうなので、早めに退散する。


「ああ、気をつけて。」


「彼は、篭絡ろうらくするには大変そうだな。多分、ライバルも多いだろう。」


瞬一が居なくなった後に、ゴードミラスがソフィアに声をかける。


「ええ、そうね。でも、問題ないわ。瞬一は私がもらうの。」


ソフィアは、蠱惑的こわくてきな笑みを浮かべて、いつまでも瞬一が帰っていった方角を眺めていた。

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