ほおずきの花言葉

豊晴

ほおずきとは、ナス科ホオズキ属の植物。またはその果実。

「知っとぉ?ほおずきって昔は堕胎剤やったんやって。

 浅草でさ、ほおずき市がひらかれるのって、やっぱり妊娠した吉原のお姉さんにプレゼントするためやったんかなぁ」

 安藤はそう言いながらほおずきの赤い身を形のいい爪で弾いた。

 

「違うよ、観世音菩薩の縁日に功徳日ってのがあるんだってさ」

 気だるげな顔を安藤が持ち上げる。「へぇ?功徳日?なにそれ?」


「その日に参拝すると、126年分の徳が得られるという特別な日のことだってさ。その日にほおずきを売る市ができたのが始まりらしいよ」

「なんなんそれ、ズルして徳得て何がいいとね」

「江戸時代もやっぱり、コスパ重視だったってことなんじゃないの?」

 焦点の合わない目をその赤い実に向ける。

「なんやろなぁ、てっきり純粋に綺麗な植木を花魁のお姉さんにプレゼントするためやと思っとたとに」


 安藤は最近地元の福岡から東京に引っ越してきたばかりという。アパレルで働いているが、単身上京の為、東京では友達がなかなかできなかった。

 そこでお酒を飲みながら所謂如何わしいことをするお店に自分の欲望を吐き出すために遊びに来たのが昨日。

 そこで出会った初対面の人、つまり僕と意気投合した。

 お店を出た後も僕の家のある浅草までやってきたということだ。

「可愛いものには毒があるっちゅう話なんやろう、なぁ」


 僕が住んでるアパートの前にはそこそこ大きめのほおずきの植木がある。話に聞くと、隣に住んでいる大家さんの趣味らしい。

 一目でほおずきと気がつく人は少ない。そして安藤はその少数派だったらしい。

 僕が部屋の鍵を開けている間に「ほおずきやん、夏やなぁ」と言いながら実をもぎってた。


「可愛いものには毒があったとして。安藤も可愛いけど、毒あるの?」

 安藤の腰を触りながら尋ねる。

 一見さんと遊ぶことはあっても部屋に連れて帰ってくるまでは正直初めてだった。

 ほら、ストーカーとか怖いじゃん?

 危機管理がしっかりしているはずなのに気がついたら安藤には家に誘っていた。

 毒に当たったとしか思えない。

「うちぃ?毒ねぇ、あるんやっか。知らんけど。毒あったらどすると?」

「毒を食らわば皿まで、かな」


 なんなんそれ、と笑いながら赤い実を投げてくる。

「うちが毒あったらどんな毒なんやろか」

 なんでもないことのようにつぶやく。


 20も半ばになって、親戚一人友達一人いない東京にやってくる人間はだいたい訳ありだ。勝手なイメージかもしれない。多分、地元にいられなくなったか、地元が住める場所じゃなくなったか。

 どっちかだと思う。


 詳しくは聞くつもりはない。

 いくら気が合ったとしても深入りしてはいけない。


 七夕も過ぎた。

 それなのに梅雨前線は日本を覆っているし、夜は少し長めの丈の洋服を来ないと寒い。

「うちもう帰るは。これから仕事やし」

「送っていこうか?」

「いややし。ついてくんなし。ストーカー怖いし」

 さっき全く僕が考えたことと同じことを安藤は堂々と口に出して言う。

 

 着痩せするタイプの腰。まっすぐ伸びた背筋。

 一見すると女子高生のような細い線の体。

 そして、ためらいもなくドアを閉めるその姿はどう考えても男前としか言いようがない。

 

 僕は欲望に忠実にあるようにしている。

 欲望に忠実でありたいために恋人を作りたいという気持ちが全くない。

 可愛い子やかっこいい子を見かけたらそのまま味見だけしたくなる。

 そういう人間が恋人を作ったら悲惨だと自分でも思っている。

 

 あの東京ではあまり聞かない訛りを耳元でささやかれるのは悪くはなかった。

 独占欲なんてむき出しにしてしまえば、相手からの独占欲にも応えないといけなくなってしまう。

 それがめんどくさいというか、正直だるい。

 相手のことに深入りしない。

 あの訛りなんて興味ない。

 考えれば考えるほどドツボにはまっていくのはわかっている。

 ただ、あの訛りがもう一度聞きたいだけ。


「なしたん。また会ったねぇ、そげんうちに会いたかったん?」

 安藤と知り合ったバーで一人酒を飲んでいたら幻聴が聞こえた。

 酒を飲んで飲まれて。最近こりごりだ。

「そんなん酔っ払って、うちのこと今日満足しきると?」

 くすくす笑い声が耳元で聞こえる。

 言わせんな。

 安藤のその細い腕は僕のことを満足させるためにあるものだろう。

「うち、そういう欲深い人すかんとやけど」

 すかんってどういう意味だっけ。重たい頭を持ち上げたら、

「あ?安藤?」

 そこにいたのは幻覚ではなかった。


「どうしているの?」

「うち、楽しいことすいとるし、別にいっちゃろ」

 掴まれた腕を払いながら白い目でこっちを見る。

「別にうち、あんたに会いに来たわけやなし、満足させて貰えんみたいやし、よそいくは」

「満足できたら俺のところくるの?」

 焦る。余裕なふりして引き止める。

 それに対し、安藤は挑戦的にこちらを睨み返してくる。

「なんなん、さっきから、うちの毒に侵されたん?」

「かもしれない、毒は皿まで食べないといけないから」

「それ、意味違うやん」

 やっと笑った。


 女のような見た目をして男のような態度をとって、やっぱり女のように笑う。


 結局僕は安藤のまっすぐな背筋をまた見ることができた。

 それを指先でなぞりながら聞く。

「お前の毒って結局なんなの?」

「どんなに愛してもうちからは愛されんってことやないやっか」

 夜中と打って変わって日中の安藤は気だるげだ。

 返事するのもめんどくさいといった風に僕の投げかけを返す。

「なにそれ、何かのポリシー?」

 全てが投げやりに見えてきて笑えてくる。

「うちの人生の話やし。うちの人生もう終わって毒に侵されとっと」

 本気の質問には投げやりな返事。

 明後日方向に投げた質問には明明後日の方向で返してくる。


「まぁ、その毒はいい毒じゃないの?俺、しつこくされるの嫌いだし」

「はぁ?なにいっとん。それ自分のことやん」

 たしかに。この訛りに僕はやられた。

「安藤が乗ってる皿の毒が変なんだよ。皿まで食べてしまったから、変な効果が出たんだよ」


「それは、あれやろ、きちんと実が赤かったからやろ。花魁のところから126年かけて真っ赤に染めたけんな」


 目が覚めると、足元には昨日行ったほおずき市で買った鉢が割れていた。

 真っ赤なその実は花言葉通り僕に不思議な夢を見せてくれた。

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ほおずきの花言葉 豊晴 @min2zemi

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