梅雨

長月 音色

恋雨

しとしとと降り注ぐ雨粒

蒸し暑い日々が続く毎日

窓の外には傘の大群が動いている

急いでいる人、悠著に歩いている人、水溜まりでバシャバシャとはしゃいでいる子供達

ああ、このまま何も考えずに窓の外を眺めていたいものだがそうもいかない…

タンタンとチョークの音が鳴り響く教室の端で黄昏ながら目の前のノートから視線を外している私

そして、少しうとうとし始めた頃…油断している私に矢を放つように教師が

「一ノ瀬!このベクトルの答えは?」

不意をつかれた自分は少しうろたえながら

「す、すみません!現実逃避していました」

と発した瞬間、周りがわっと吹き上がった。

耳を真っ赤にして顔をうつ伏せながら座った私を、前の席の親友の『未来』が少し心配そうに眉を寄せてコソッと言った。

「も〜なにしてんのよ。この先生一度狙ったらまたすぐに当てるって知ってるでしょ?」

「なんか蒸し暑くてボーッとしちゃってた」

「ふふっ、またいつものシンキングタイムね!バカ。」

「え!?そういう『未来』こそ…」

と二人の会話を遮るようにまた先生が

「『一ノ瀬』『前川』!!人の話をいい加減聞きなさい!全く仲がいいのは構わんが休み時間にしなさい。次からはお前らに質問攻めだな」

と同時にまた教室が笑いで包まれた。

そして私達は顔を見合わせて少し恥ずかしがりながらニカッとしていた。

チャイムが鳴り、拘束の時間が少し和らぎ、せっせとふろしきを取り出す。

そして、ガタゴトと机を向かい合わせにしてふろしきの結び目を解き、お弁当をパカッと開ける。

空腹のあまり未来が来る前に卵焼きを一口先に食べたのは秘密。

そして、お茶を買ってきた彼女が怪しそうに私を見つめる…

「何か先に食べたでしょ??口を開けなさい!」

「食べてないうょ…あっ」

卵焼きを口に含んだまま話したので失態を犯してしまった

「もう!その食い意地も何とかしなさい!昨日焼いたクッキーあげないんだから」

「え!ごめんごめん!!次からは待つよ💧」

とか言いつつ未来はしっかり後でクッキーをくれるに決まっているのだ。

冷静で賢く、優しく、気配りも上手で、可愛く…一途だ。

けれど、一途に関しては私も負けてはいないと思う。最も、私の場合は一生叶わないだろう…

「ところで未来、あの人とはどうなの??」

「え〜あの人と〜??」

少し照れくさそうに笑みを浮かべる

「だって昨日部活帰りに一緒に帰ったって言ってたじゃない」

「それがね、他愛のない話をして素っ気なく帰っちゃった。」

「ええ〜あの鈍感男!今度会ったらタダじゃおかないわ!」

とか言いつつも、ホッとしている自分がいる。

「いいのよ私が意気地無しだから…それよりも『美雪』はどうなの?」

話の主導権を握られてしまった

「私…??」

「うん、だってこの前ずっと想い続けてる人がいるって言ってたじゃない」

「えっと…その人とは絶対結ばれないからいいの」

だって、私が好きなのはー…

「なんでなんで??そんな事ないよ!相手は彼女がもういるとか…?」

「まあ、そんなとこ。」

早くこの会話を終わらせたい。

私は俯き、未来の話を半ば半分に聞き、辛いことから逃げようと卵を箸でずっと切ろうとしている。

その様子を察したのか未来はもうこの恋愛話をせず別の話題に変え、私の顔色を伺っていた。

……そう、私が想う人は未来。

これを聞いた人がどう思うのかは分からない。

私は自分の中で恐らく勝手に『変』と解釈している。だってそうでしょ?

道中で女同士でずっと手を繋ぐなんてしてたら異様な目で見られるに決まっている。

でも、肌に触れたいし、一緒に恋人っぽいデートをしたい、好きって伝えたい…

なんでこんな簡単な事が出来ずに、私の毎日を狂わせていくの…??

意気地無し。でも言うな。

そう私に言い聞かせてもう何回目だろう?

今日一日の学校が終わり、部活動の後の帰り道、私はふと未来を見かけた。

「(今日もあの男の子と一緒に帰るって言ってたけな…野球部の好青年で笑顔が素敵な子…)」

この前まで帰り道の未来の隣の席は私が独占してたのにな。

なんだか少し悔しい。

それは、叶うはずがないから。

彼にも、彼女にも、世の中にも…

たまに思う、LGBTが当たり前の国で生まれたならと。

中学生の頃に習った時は何とも思わず、ずっと友達と話してしっかりと聞いてはいなかったが今思えば深い…

ああ、苦しい。

せめて告白してフラれるだけならいいのに…

関係が崩れることが怖くて仕方無い


そして、未来達と会わないように遠回りで家路に急ぎ食事をせっせと済まし、スマホで彼女とやり取りをする。

「(明日の時間割なんだっけと…)」

カタカタと打ちながら画面を見つめる

そして、ピコンっと返信の音が鳴る度にすぐ駆けつけ、スマホに釘付けになり、宿題の手が止まる。

未来の返信に一喜一憂して、ベッドの上で足をバタバタさせている自分に嫌気がさす時もあるが、仕方がない。

「(未来に会いたい。明日伝えたい事がありま…)」

けれどもこの手は文字を削除するボタンをピコピコと押し、また同じ言葉を打っては消し打っては消しを続ける。

「(実はずっとずっと未来の事が好きです。…)なんてね。」

我ながら馬鹿な事をしていると思いながらもう時計の針は12時を回っていた。

そして、また同じ操作で削除ボタンを押そうとした瞬間に部屋の扉が一気にバンッと開き、

「美雪!!一体何時だと思ってるの!早く寝なさい!」

とお母さんが眉間にシワを寄せて般若の如く怒りながら入ってきた。

その音と迫力に肩をあげ、びっくりした私の指が送信ボタンを押してしまった。

しまった…やってしまった…

ヤバいヤバいという感情と見ないでと願い先が見えなくなってしまった恐怖心が私を支配し、指が震えて取り消しがパッと押せない。

お母さんが扉を閉め、寝室に向かったと同時に2文字でスマホに『既読』という漢字が浮かんだ。

完全に私の思考は停止した。

もう明日からは顔も合わせられない。

朝もお昼も……二人の時間を壊してしまった。

もう…元には戻らないのだ…

最も私の夢であり、引き起こしたくなかった出来事が今起きているのだ。

次に私の脳が稼働しだして考えたのが

「冗談だよ!好きな人と帰ってばっかりだから嫉妬しちゃった」と軽く流す作戦だ。

けれど、未来もだてに私と長年一緒にいる訳では無い。

私が面白半分でこんな事をするはずがない。

恐らく向こうもこういう日が来る事を知っていたのではないだろうか。

自分に向けられている心が恋心だと気づきたくはなかったのでは無いだろうか。

など思考を巡らせ、挙句の果てには涙がぶわっと込み上げてきた。

あぁ、神様。

どうか明日を乗り切れますように

未来と話せますように。どうかどうか…

そして思いを巡らす内に、朝になっていた。

クマができ、少しげっそりとした私を見るなり主犯の母は心配そうにしていた。そして、あえて何があったのかは聞かないでくれていた。

学校を休んでこれ以上親に不安はかけられないと思い、せっせと制服に着替え、大量のキーホルダーがついてるいるカバンを手に取る。

「(これ、未来とお揃いで買ったやつ。あ、これは未来とUFOキャッチャーで取って大喜びしたっけなぁ……)」

また込み上げそうになる涙腺をグッと口に力を入れ、目を大きく開き、堪えた。

そして家を出ていつもの未来との待ち合わせ場所に行くと案の定、彼女はいなかった。

毎日私より先に待っている彼女が来ない日はスマホで連絡をくれるのだが、今日は来ていない。

学校までの足取りでため息を何十回ついたのか分からない。

そしてチャイムと同時に始まる朝礼でも、前の席に未来の姿は無かった。

罪悪感と悲痛感に侵され続けていく私の心は限界に達していた。

いっそ早退しよう、そう思った時…

ガラリと教室のドアが開いた。

そこには私と同じようにクマができ少しげっそりとした親友がいた。

先生が「なんだ、前川。お前が遅刻なんて珍しいな」と言い早く席に着くように促す。

私は視線を下にやり、強ばった表情と固まった体で心臓だけがバクバクと猛スピードで駆け上がっていくのを感じた。

綺麗な手で椅子を引き、いつものように前を向いて座る親友。

ああ、このサラサラの髪も姿勢の良い座り方も大好きだった。

ジメジメしている教室。

また窓の外を眺め始めた私。

黄昏ではない、今を忘れようと必死になっているのだ。

だが、私の忘れようとする気持ちをぐっと引き戻したのは未来だった。

後ろに四つ折りに畳んだ手紙を回してきた。手に汗を握りながらそっと開けると、『放課後一緒に帰ろうね。』と書いていた。

この時、決心した。

自分にもう嘘はつかないと。

未来は戸惑いながらも本気で真正面から向かおうとしてくれている。

運命の放課後、未来と私は傘をさし、雨中歩いた。

降り続く音が急に重く聞こえてきた。

しばらくの無言の後、

私は傘で顔を隠しながら

「未来、言いたい事があるの。」

「…うん、知ってる。」

と言い、震える私の声を少し安定させてくれた。

そして私は顔を出し、手に力を入れ

「ずっとね、ずっと未来の事見てきた。いつからか分からないけれどこれは友達としてじゃなく好きってこと。」

真っ直ぐな目で彼女の瞳を見つめた

「うん、うん……ありがとう。辛かったでしょ?私の気になる人の話を笑顔で聞いてアドバイスもしてくれて。

私ね、少し気づいていたのかもしれない、美雪の気持ち。でも知らない方がいいと思ったの、酷いでしょう?」

「いや、優しいよ。未来は。誰よりも知ってるもの」

「ありがとう。もし私の今の恋が叶わなくなったら美雪に恋心が向かうかもしれない。ずるいけれど、今は親友の席を独占させてくれる?」

「うん。じゃあ私は恋人の席を狙いに行くからね!!」

「勿論。あぁ、本当に嫌な天気ね…でも見て。あの雲の隙間から日が差してきてる」

「本当だ!」

そして、嫌な雨が止み、傘を閉じて一緒にまた歩き出した。

今、私が家へ帰ると扉を開け、笑顔で迎えに来てくれる未来がいます。

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梅雨 長月 音色 @mameshibapatororu

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