オムライス作り
土曜の夕方。正確に言うと午後5時57分。その時間になって俺の部屋のチャイムが鳴った。
俺はゆっくりとドアを開け放つ。ドアの前にいた少女、綾瀬愛里は、恐る恐るといった表情で挨拶をした。
「こ、こんばんは。今日はよろしくね」
「ああ、こちらこそよろしくな。てか、そんなに緊張しなくて良いんだぞ?」
どこかぎこちない愛里を見て、そう言う。
それを聞いた愛里は、少し照れたように「てへへ」と笑っていた。
「いや〜…。お恥ずかしい話、男子のお部屋にお邪魔するの初めてなんだよね…。だからなんか緊張しちゃってさ…って興味ないよね、こんな話。なんかごめんなさい、学君」
「いや、謝らなくて良い。慣れれば平気だろうしな。それじゃあ、早速作ろうか」
「うん、お邪魔します」
玄関からリビングへ移動した俺たちは、買っておいた食材の前にいる。
テーブルに並べられた食材は俺が買っておいたものだ。ちなみに経費は折半にした。愛里からは反対されたが、男として女性に多くお金を出させるのは申し訳ない。
「オムライスを作るんだったよな?」
「うん…。私に作れるかな?」
「自信を持っていれば大丈夫だ。大抵はなんとかなる」
「そうだよね…うん!頑張るぞー」
そう言って張り切る愛里。どうやら、やる気満々のようだ。まぁそれは良いんだけど、食材がここにあるのにどうやって作るのだろうか。
「愛里、とりあえずこの食材を一緒に運んでくれないか?」
「あ…ごめんねっ」
なんか先が思いやられるな…。
1時間半ほどの時間が経って、オムライスは完成した。一方のオムライスは至って普通のオムライス。もう一方のオムライスは…まぁまぁ良くはできている。初めてにしては、なかなか良いのではないだろうか。
「うぅ…うまくいかなかった…」
自分の作ったオムライスを見て項垂れる愛里。いや、よくできた方だと思うんだけどな…。所々破けたり焦げたりしているが、回数をこなせば修正できる程度の失敗だ。問題はないだろう。
「まぁ、初めからうまくいくことなんてない。見た目は回数をこなせばなんとかなるしな。あとは味だけだ」
俺はそう言いつつ、自分で作った方のオムライスを愛里へ押し付ける。
愛里は申し訳なさそうに断ってきた。
「い、いいよ…。こんなの学君に食べてもらうの申し訳ないし…。だから自分のは自分で食べるよ」
「いや、そう言うことじゃなくてな。食べ比べをして欲しいんだ」
「食べ…比べ?」
「ああそうだ。まぁとりあえず食ってみろ」
俺は自分が作ったオムライスとスプーンを、再度愛里へ押し付ける。それを渋々受け取った愛里は、ぎこちない手付きで、俺が作ったオムライスを一口食べた。
「お、おいしい…」
「そうか、まぁよかった。次は愛里が作ったオムライスだな」
今度は愛里が作ったオムライスを、愛里に押し付けた。愛里は恐る恐るといった様子で一口食べる。すると、強張っていた表情はすぐに素っ頓狂な表情へと変わっていった。
「あれ…?学君のまではいかないけど、普通においしい…。な、なんで?」
「だから言っただろ?あとは味だけって。見た目が悪くてもうまいもんはうまいんだよ。あとは作り方を覚えて何度も作っていけば、自然と上手くなっていくはずだ」
完璧に作ろうとすれば必ずボロが出る。なら完璧ではなく、そこそこを目指すべきだろう。それに、自分で食べるのなら見た目より味の方を重視すればいい。俺が教えることは、料理の手順や分量。それに加えて、失敗を恐れないことくらいだろう。
「完璧に作ろうとするのは、料理人やそれを目指す人たちくらいで充分だろ。俺たちみたいな一般人は、80%くらいを目指せばいい」
「そっか…うん。そうだね」
落ち込んでいた愛里は、何とか前を向けたようだ。
初めて人に何かを教えてみたのだが、なかなか難しいものだった。そういう意味では、俺も愛里のおかげで成長出来たのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます