束の間の休息

 俺の祈りが届いたのかは知らないが、それからというもの、新たな試験が出されるということはなかった。


 日々、平穏な生活が訪れている。


 やっと、俺が過ごしたかった学校生活を堪能することができる。

 そう思っていたのだが、実際に送ってみるとなんだか物足りない。


 俺はその原因に気がついてしまった。実は俺、ちゃんとした友達がいねぇんだわ…。


 関わって来た人間はそれなりにいる。しかし、カフェに行ったり、映画を見たりする友達は全くいなかった。


 南は誘えば来てくれそうだが、そうすると周囲にあらぬ疑いをかけられかねない。


 気軽に誘える男子友達でも作っておけば良かったな。まぁ後は、友達グループとかな…。



 ま、今更悔やんでも仕方がない!というわけで、俺は1人で映画館に来ていた。


 今までのことから考えると、自分の趣味に当てる時間を確保することは容易ではないだろう。したがって、今回の1ヶ月の猶予は大変貴重なものなのだ。



「さて…、何を見ようか…」


 趣味とは言っても最近の映画情報に疎い俺は、どの映画を見ればいいのか、皆目見当がつかなかった。


「これはこれは、珍しいお方をはっけ〜ん!やっほー桜井くんっ」


 長時間考えあぐねていると、不意に背後から声をかけられた。この声は…清水か。そう思い振り返ると、そこには複数人のクラスメイトがいた。


「清水…と、南に…村田、それと咲に愛花か。どうしたんだ?」


 本当は、なんだこのメンツは?と村田に聞いてやりたかった。

 なぜ男1人に女子が4人なんだ?まぁ決して羨ましいわけじゃない。…そんなことは絶対にない。


「どうしたんだ?じゃないし。何でそこでウロウロしてんの?不審者みたいだった」


 南がそんなことを言うので、咲と愛花に目線で「そうか?」と問いかけてみる。

 どうやら俺の聞きたいことが伝わったのか、濁した言い方で咲が答えた。


「いや、うーん。まぁ…そう、だね」

「見ていて吐き気がしましたっ」


 ちなみに最後のは愛花である。こいつ…もはや隠す気ねぇだろ、これ。


「へぇ。清水さんと七海さんは知ってたけど、石橋さんや桐崎さんも、桜井くんと仲が良いんだね」


 そう言ったのは村田だ。

 なんだかんだでこいつとは一回も喋ったことがない。そもそも関わったことすらない。

 それでも村田の視線が俺に向いているので、俺に話しかけているのだろう。


「そうだな。咲と仲良くなったから、その友達の南と愛花とも仲良くなったんだ。清水とは、席が隣だからな」


「そうなんだね。あのさ、僕も友達になれないかな?」


 村田に俺と友達になるメリットはあるのだろうか。何か裏があるのではないだろうか。

 ついついそんなことを考えてしまう。

 普通の高校生活を送りたいと言っておきながら、俺の思考は既に普通ではない。

 そんな俺に嫌気がさしながらも、村田の質問へ返事を返した。


「わかった。よろしくな、村田」


「ありがとう。よろしくね、桜井くん」


 初めての男友達。どう作れば良いのかわからなかったが、こんなにも簡単に作れてしまうとは…。

 村田経由で、他の奴とも仲良くなれるかもしれない。

 そんな淡い期待を胸に抱いている俺に、突然咲が話を振ってきた。


「それで?桜井くんは何を見るつもりだったの?」


「実は何を見るか決めていなくてな。考え中だったんだ。そっちは何をするつもりだったんだ?」


 他の奴らが答えない中、俺のその問いには愛花が答えてくれた。いつになく積極的に答えるな…。こいつって、案外に良い奴なのか?


「私たちもこれから映画を見るところだったんですよ。他にもメンバーがいて、カラオケ組と映画組で分かれているんです。今日はクラスの皆さんで親睦会を開いているんですが…。あ、もしかして〜知らされていませんでしたかぁ?」


 揶揄うような口調で俺に訪ねてくる。愛花から聞いた情報は、俺の耳には届いていない。


「…知らないんだが…。そう、なのか」


 やっぱり、愛花ちゃんひどい!こいつが積極的だったのはそういうことね。他の奴らが言いにくそうだったのはそういうことだったのね!!

 いや、普通に傷ついたわ。これは素で傷つくやつだわ…。


 俺の気の沈みように焦ったのか、慌てて南が弁解をしている。


「そ、それはさ。ほら、まな…桜井ってこの間の祝勝会に来なかったじゃん?だ、だから誘われるのとか、迷惑かなぁって…。それで…」


「…大丈夫だ、わかってる。別に気にしてないから、安心しろ」


 その慌てようが演技ということはないだろう。

 と言うより、南が俺に嘘を言うことはまずないだろう。


 俺の言葉を聞き、安堵のため息を吐く南。それを見ていた村田が、俺にある提案をしてきた。


「なら、一緒に映画を見ないかい?まだ決まってないなら、それでも良いだろう?」


 なんてできな人なの?もしかして、イケメン?あ、イケメンだったわ。なんかもう…このイケメンずるくね…。


「他の奴らが良いなら俺は良いぞ」


「大丈夫だよね?」


 俺の言葉を受けて、周りにいた女子4人に確認をとる田村。全員の承諾を得て、俺は初めて友達と映画を見ることになった。


 そして、チケット売り場に向かう俺達。しかし清水が一向に動く気配がしない。


 俺は不思議に思い、清水に話しかけた。


「どうしたんだ?具合でも悪いのか?」


「名前…」


 いつも元気な清水からは想像できない、とても小さい声でそう呟く。


 俺はその言葉の意味を図りかねたため、清水にその意味を尋ねた。


「名前?名前がどうかしたのか?」


 俺の問いに、清水は頬を少しだけ染めながら答える。


「私も…名前呼びがいい。咲ちゃんとか、南ちゃんとか愛花ちゃんみたいに…。だめ、かな?」


「…ああ。別に、いいぞ」


 俺は戸惑いながらも、なんとかそう返した。


 俺の解答に満足したのか、清水は突然他のみんなの元へ走り出す。


「学〜!早くいこー」


 振り返りながらそう叫ぶ新名。そこには先程までの暗い顔は一切見えない。


「本当によくわからないものだな、女心ってのは…」


 俺はそんなことを呟き、待っている皆の元へ歩みを進めた。

 






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