小屋に住む男
ゆうき
第1話 庭に小屋立つ
ある朝、私が一晩友達とカラオケをして家に帰ってくると庭に小屋が建っていた。実際、それは小屋というよりも段ボールで出来た茶色の物体であったのだが。
私が恐る恐るその正体を確かめようとベランダから外に出た。すると、その物体はガサゴソと大きな音をたてて派手に揺れ始めたのだ。
そして黒いビニール袋で覆われた入口と思われる部分から、ぬっと何かが出てくるのに気づいた。
何、犬?猫?いやいや、違うこの大きさは人間?
え、まさか――――――異星人とか?
刹那そんな想像を頭に巡らせてしまった私は、思わずヒィと小さな叫び声を漏らすと一歩後ずさった。
しかし、長年手入れの怠った庭は酷く荒れていたので私は伸びきった雑草に足を取られてしまい、尻もちをついた。しまった、逃げそびれた、と狼狽した瞬間、前方から声が聞こえた。
「あれ?もしかして、大河原さんじゃない?」
すっかり逃げ損ねて蒼ざめている私の目の前に現れたのは、犬でも猫でも異星人でもなかった。
それは紛れもなく人間だった。ちなみに性別は男、地元の公立高校に通う私と同じ17歳。D組の窓際後ろから2番目の席に座っていて出席番号は確か6番だ。
―――――何でこんなにも詳しいかって?答えは簡単である。
段ボールの塊から現れたその男を、私はよく知っていたからだ。
彼の名前は榎本 淳平。
私と同じクラスの同級生―――――である。
*
「ねぇ、あいつ今日も何も食べないで寝てるよ」
私の向かいに座ってお弁当を食べていた真理が、教室の後ろの方を見ながら囁く。
目線の席はこの教室の一番後ろに座っている男子に向いている。
その男子は白いグッタグタのシャツを着て、だらしなく伸びきった髪で顔を覆い、不精ひげを薄らと生やしている。
――――このクラスになってから早3か月。
彼は昼休みというのに机の上に不貞寝した状態で、ピクリとも動かない。弁当を食べている姿を、これまで見たことが無い。
ちなみに彼は授業中でさえ、寝ている。起きていた試しがない。彼の後ろの席に座っている私が言うのだから確かである。
「しかも彼、午前の間ずっと寝てなかった?」
「あの存在が謎過ぎるんだけどー」
「てか、何?あの髪型、髭生えてるし。ありえないよねぇー」
口々に周りに座ってた女友達が次々に囁き始めた。
私は特に関心のなさそうな顔で、コンビニのパンを食べていた。
「まぁ確かに、榎本が誰かと喋ってるところ見たことないよね」
私もそう言って彼女たちに同意したのが今日のお昼休み。
それなのに今まさに私はその男と家の庭で対峙し、これから会話を交わそうとしている。人生とは本当に不思議なものである。
「え、え、え、榎本が何でウチの庭に……っ—――!?」
「あ、ここって大河原さんの家だったんだ」
あまりの衝撃に金魚のように口をパクパクさせている私に向って、彼は平然とした顔で周りを見回しながら言った。
「あんまり大きい家と庭だったから公共施設かと思っちゃったよ」
そしてヘラリと笑うと「じゃぁね」と呟きまたあの謎の小屋の中へ戻ろうとする。私は咄嗟に彼の伸びきった長い髪を引っつかみ小屋から引きずり出した。そして叫ぶ
「ちょ――…ちょっと待った!!!!」
「いだだだだだっ」
「煩い!!!ちょっと何なのよ、この粗大ゴミの山は!何でうちにこんなもの建ててんのよ!」
「粗大ゴミは失礼だよ。これはれっきとした俺の家だ」
そう言って私に抗議する榎本を私はそのまま引きずると、ベランダのデッキに投げ出して叫んだ。
「……家」
「そう、俺の家」
「ここ、私の、家の、庭なんだけど」
「うーん、そうみたいだね」
「そうみたいだね…――――じゃない!」
「どういう事なのよ、私が納得するまで説明してっ!!!」
私の怒り狂った様子を見て、榎本はポリポリと痒そうに頭をかくと面倒臭そうに事の経緯を説明しだした。
それは私の人生において考えられないような波乱の展開に満ちた彼の半生の話だった。
―――――事の始まりは中学3年生の秋、突然の不幸が彼を襲った。
父親が事業に失敗し榎本一家は、多額の借金を背負う事になった。ほとんど決まりかけていた私立の推薦入試を取りやめた彼は公立一本に絞り、猛勉強。その末、奇跡ともいえる合格を勝ち取り、春。
一家はとりあえず親戚の家にお世話になることが決まった、父親はどうにか再就職を果たした。
これでとりあえずのこの先の生活はどうにかなるだろうと思われた矢先―――
或る日、父親がその職場から金を盗み、逃亡。もう我慢できないと母親は、常に財布に入れて持ち歩いてた離婚届けを提出、そのまま行方を晦ます。一人取り残された彼は親戚の家を後にし、一人暮らしを始めることを決めたのだった。
が、しかし……
「こないだ、凄い大雨だったでしょ?俺の部屋浸水しちゃって。まぁ、敷金・礼金0円、家賃1万五千の部屋だったから当たり前なんだけど。だから、今これが俺の家ってわけ」
そう言って自慢げに榎本は後ろに建っているボロ小屋を指さした。ヒラヒラと風に吹かれて、入口に垂れ下がったビニール袋が揺れていた。
「だからって何でうちの庭なのよ。公園とかに住めばいいじゃん」
「勿論、そうしてたさ。けれど行く先々で追い出されたり、好奇な眼で見られたりね。今の世の中はホームレスには生き辛い」
「で、茂みに隠れてて外からは見えない広くて人気がない、この庭に目をつけたってこと?」
私が口の端をヒクヒクさせながらそう言うと、彼は「ご名答」と言ってまたヘラリと笑った。
そして急に真剣な顔になると、バッと土下座をして私に訴えてきたのだ。
「お願いします!この庭に住ませて下さい!金がたまったらすぐに出て行くからっ!迷惑はかけません!こんな快適な場所は他に無いんだよぅ!」
こんなにもアッサリ同級生の女子に土下座する男。こいつにはプライドが無いのかっ……とも思い一瞬腹ただしく感じたのだが、それだけ彼も必死なのだという事に私は気づく。
父は大企業の海外事業部の部長。母親は弁護士の私。
生きていてこの方、お金が無くなって困るという経験をした事がない。親の金で日々のうのうと暮らしている私が彼に言えることなんて何もないのだ。
「……わかった」
私がそう呟くと榎本はバッと顔を上げてガッツポーズをする。
そのあまりの喜び様に私は思わず吹き出してしまった。
「どうせ、この家に住んでるのは私だけだから……ただし!」
ビシッと私は彼を指さすと眉をひそめて言った。
「―――絶対に他の人にうちの庭に住んでるとか言わないで。わかった?」
こんな事実が知られたら、私まで変人扱いされるのが目に見えている。
そんなのはまっぴらごめんだ。
「了解!」
彼は学校の様子では想像できない程、陽気に敬礼するとニカッと笑ったのだった。
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