人妖魔国伝

東雲一

1. 屈辱

 人間は、自分も含めて、わがままな生き物だと思う。他の生き物と違って、知性がある分、さらなる刺激や快楽を求めてしまう。欲望は果てしなく膨らみ、際限がない。


 限りある資源の中で、人々の膨らんだ欲望を満たし続けるのは、不可能に近いのではないだろうか。人間は己自信で首をしめて、自滅してしまう日が来るに違いない。


 毎度のことながら、「それは今じゃない。未来のどこかの時点で起こることなのだから、関係ない」と言い訳をして、何もなすこともせず、ただいつものように平然と平和な日々を享受して終わりだった。


 未来に災厄が引き起こされることなど知ったことではない。それが、今の私たちが原因で引き起こされるものであったとしても。そんなご都合主義者の自分が、心のなかにいると思うと、自分で自分を殴ってやりたいくらい、反吐が出る思いがした。


 僕は、机に肘をつき、町のなかを走る車や工場から空にまっすぐ伸びる煙を見ながら、そんなことを考えていた。


 人になど生まれずに、あの青空を自由に羽ばたく小鳥にでも、なっていた方が良かったかな。


 途端に、小鳥は、鷲に襲われ、息を引き取った。


 前言撤回。なるなら、小鳥ではなく、鷲の方に、なりたい。


 僕は、最近、起こった出来事を思い出し、苛立ちが、沸き上がってきて、思わず、拳を強く握った。


 同級生が複数に囲まれていじめられているのを、放課後、見つけてしまった。そのまま見なかったことにして、帰ろうかとも思ったが、いじめられている同級生が今にも、泣き出しそうな顔をしていたから、つい面倒事に首を突っ込んでしまった。


 今思えば、正義のヒーローになったつまりで、いじめられっ子を救い出そうとしていたのだと思う。だけど、現実は小説のなかのようには、当然、いかなかった。


 ぼこぼこにされた。いくら、彼らを説得しても、聞き入れてはもらえず、逆に彼らの逆鱗に触れてしまった。ただ彼らが言葉を理解できない愚か者だったのかもしれないが、暴力の前では、言葉は意味をなさない。そんな世界の残酷な現実を突きつけられた気分だった。


「弱い奴がたてついた罰だ」

「ほら、どうした?俺たちを止めてみろ」

「何も守れないじゃないか、この偽善者が」


 自分の意に沿わない人間を、排除しようとする本能に支配されて、何度も、彼らは辛辣な言葉を浴びせながら、僕の身体を、殴る蹴るなどの暴力を繰り返した。


 言葉で分からないのであれば、力で分からせてやる。


 もう疲れてしまった。僕では言葉だけで、彼らを止めることはできなかった。怒りに支配された自分自身もまた、止めることはできなかった。


 僕は、拳を握り、顔面に向かって思いっきり殴りかかった。こうでもしなければ、彼らに与えられた屈辱をはらすことなど当然出来るわけがないと思えたからだった。


 そこに、担任の先生が姿を現した。やっと、来てくれた。このいじめっ子たちに、早く、制裁を与えてほしい。それほど罪深きことをやったのだ。罰を受けて当然の奴等だ。


 だけど、先生が言った言葉は、僕が予想だにしなかった言葉だったーー。



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