めでた始(し)
ぶろろろろろろっ!
降り立つと同時に、逃げ場はないと言わんばかりに背後で発進した軽トラの音が響く。
「おい、兄ちゃんついたぞ」
声と共に目隠しを取り払われると、昼の日差しと共に懐かし……くはない、古民家の黒門と庭が加賀見の眼前に広がっていた。
黒服の集団に拉致られ、目隠しをされた状態であれよあれよという間に連れてこられたので、驚きも何もない。
疑問があるとすれば……。
「てっきり、風の術とか何か瞬間移動で連れてこられると思ったんだが。もしくは、複数の烏に紐でブランコ状に引っ張ってもらって飛びながら移動するのかと」
「に、兄ちゃん、何を勘違いしてるのか知らないが、俺らはまっとうな人間だぜ」
引きつった笑みを浮かべる烏山と共に他の男たちもうなずくが、彼らの足元に映る影には鳥の翼のようなものが生えている。
指摘しようかと思っていると、通りの向こう側から充木がやってきた。
「裏切者……」
「久しぶりに会って第一声がそれは悲しくないか? 申し訳ないとは思うが」
だったら、人の自由を邪魔しないでほしいのだが。そう言おうとして、加賀見は口を止めた。
充木にしろ烏天狗たち(予想)にしろ、座敷童子の機嫌を直すだけなら、古民家の中に、問答無用放り込んでしまえばいい。
そうせず、こうして様子を見ているということは、理由がある。
数か月住んでいただけあって、加賀見は気づいていた。庭の奥の建物、母屋から、ただならぬ空気が漂っていることに。
「兄ちゃん、もっと当たり散らすかと思ったが冷静だな」
「あまり当たり散らしてもな。あの建物を見た瞬間、鳥肌が立ったしヤバイことはわかる。だから、俺を置き去りにしないんだろ?」
不測のことがあってはまずいと思って、残ってくれているのだろう。ならば、あまり感情的に当たり散らしすぎてもよくない、そう加賀見は捉えていた。
だが、充木も烏天狗の老人の反応は違った。
「いや、ガチな心霊スポットに立ち入るのは初めてだから職業柄経験しておこうと思って」
「好きと言っている奴を置き去りにしてたところを出戻るって、言わば修羅場ってことだろう? どう納めるのか見てみたくってな」
「おい、帰っていいか……?」
野次馬根性な神主と妖怪の言葉に加賀見は本気で帰りたくなった。もちろんできないわけだが。
◇
ぎぎ……、と玄関の引き戸を開けると、まだ寒くなる時期ではないというのに、冷気が流れこんできた。
慣れた家のはずが、様相が一変しており、雨戸によって締め切られた廊下はまったく日が差さず闇に閉ざされ、湿気のせいかカビと埃の匂いが鼻につく。
風も吹いていないのに、なぜかさやさやと衣擦れの音が聞こえ、その中にうめき声にも似た苦しそうな呼吸音が混ざる。
木製の床にはところどころ謎の黒い染みが点々と続き、漆喰の白い壁には手形と、引きずられるのを抵抗したかのように指の形に添って五本の線が伸びていた。
「……」
「兄ちゃん、扉閉めようとするなよ」
引き戸に力を込めようとしたところを老人に止められる。
「この空気感と一文の描写の長さは、明らかにホラー
「加賀見、何を訳のわからないこと言っているんだ? とっとと行くぞ」
「帰りてえ……」
ごねる加賀見に対し、老人と充木が無理やり押し出そうとしていると、鈴の音と共に、土間に向かって毬が転がってきた。
よく座敷童子が遊んでいたものだ。
毬を手に取り、加賀見が視線を廊下の先の曲がり角へ向ける。
その白い整った相貌の中で、落窪んだ眼窩のような、無感情な漆黒の目がこちらをじっと見つめていた。
全員が息をのみ、硬直する。
小柄な影は様子を伺うように、黒い眼差しでじいっと見つめた後、無言で廊下の先へと姿を消していった。
姿が消えた後で、思わず加賀見にしがみついていた充木が声をかける。
「あ、あれは座敷童子、だよな……。白い顔に浮かぶ黒々とした目は、一瞬ト〇オかと思った」
「……」
「お、おい、兄ちゃん大丈夫かい?」
反応しない加賀見に対し、顔の前で手を振りながら烏山が問いかける。
………………。
…………。
……。
三拍おいてからようやく気がつくと、口を開いた。
「じゃ、ジャパニーズホラーをリアルにルッキングして、ハートがブレイクしたんだけど」
「………兄ちゃん、死ぬほど怖かったのはわかるが日本語で話してくれねぇか、ワシ日本住まい長いし。そして、ブレイクしたなら、恋に落ちたってことになるぞ」
日本語で話せ、と言う割に烏山の指摘は非常に的確だった。
◇
そのあとも、古民家を進む三人(烏天狗の若衆は途中で脱落した)は様々な怪奇現象に遭遇した。
激しく戸板を叩く音、不意に壁に浮かびあがる苦悶の表情、突如屋敷中に響き渡る叫び声。
「こうも続くと気が滅入ってくるな」
「座敷童子の
お化け屋敷を歩いているかのような気を抜けない探索に、ほとほと充木と烏山は疲れきっていた。
対して、ずんずんと進んでいくのは加賀見だ。怪奇現象に遭遇する度に驚きはするものの、表情を険しくさせて先へと歩んでいく。
「加賀見、そろそろ一度休憩を」
「いらない」
ぴしゃりと言い返し、ぴたぴたと水滴の垂れる蛇口に手を伸ばす。
すると、いきなり勢いよく赤い水が噴き出し、上半身に激しくかかった。
「に、兄ちゃん……?」
上半身に血を浴びたかのような状況で固まる加賀見におそるおそる烏山が声をかける。
ぶちっと何かが切れる音が聞こえた気がした。
「おいこら、いい加減かくれんぼしてないで出てこい!」
唐突に加賀見が叫ぶと、微かに家全体が振動する。
タタタッと裸足で走る足音が響くと、そっちか、と加賀見が走り出した。
「加賀見、おい!」
おいていかれまいと加賀見の後に続くように充木と烏山も追いかける。
足音に続き、二階へと上がると、パタン、と襖が目の前で閉まった。
がたがたと強引に加賀見が開けようとするが襖が動く気配はない。
「居るのはわかってんだ、出てこい!」
叫ぶも、屋敷全体がかたかたと揺れるのみで、襖わずかな合間も開かない。頑なな襖の開かなさは座敷童子が、やだ! と拒んでいるかのようだ。
「わかった、そっちがその気なら……」
ふう、と息を吐きだし目を開くと、次の瞬間、加賀見は足を振り上げて勢いよく前方に前に突き出した。
ばごんっ!
いわゆるやくざキックで、襖を蹴破り中に入ると、長持ちの側で座敷童子が屈みこみ、ぶるぶると震えていた。
「まったく手を焼かせやがって」
「加賀見、それどう考えても悪役のセリフ……」
「黙っててくれ」
「はい」
やれやれと充木がため息をつく中、加賀見が座敷童子に近づくと、ぶんぶんと頭を振って拒絶した。
「近づくな、ってことか?」
問いかけると、涙目を浮かべ必死な表情で座敷童子がこくこく、とうなずく。
「それは、別れた方がいい、って言う俺や烏山の言葉を受けて、か?」
じわり、と涙を浮かべていた目から本格的に雫が零れていく。
「馬鹿野郎が。さっきからやっていた脅かすような音や声も、帰ってほしくてやってたんだな?」
「……」
「はあ、あのな、お前気づいてないかもしれないけど、屋敷の外大変なことになってんだぞ。災害が起きてたり、市の財政がやばくなってたり」
告げると、座敷童子が驚いて、そうなの? と首を傾げる。
「その様子だとやっぱり知らなかったんだな。まあ、だから後ろの二人に言われて戻ってきたんだよ。それに、あとで破滅が待ってるかもしれないからって、今のうちから別れるというのもよくよく考えたら変な話だし」
加賀見が恥ずかしそうに話す。
確かに、いつかは別れなければいけないだろう。その時に不幸はセットでついてくるかもしれないけど。
「生きてりゃ運の良し悪しが波うつなんて当たり前のことだ。環境の変化で性格が変わるのもある種当たり前のことだし。調子にのって破滅して不幸になるかもしれないけれど、そんなのはその時になったら考えればいいことだ」
だから、その、と気恥しそうに頬をかくと、加賀見は座敷童子の前で正座すると頭を下げた。
「黙って行って、悪かった」
頭を下げたまま、反応はない。
おそるおそる加賀見が顔をあげると、どん、と腹部に座敷童子が飛び込んでいた。
ばかばか、と言うように加賀見の身体をぽかぽかと叩く。
子どもが駄々をこねる様子に、苦笑すると、いつかの日のように、おかっぱ頭をやさしく撫でたのであった。
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