第9話 次なる作戦
「やっぱりそうだったか。」
翌朝、臣吾からの電話を受けた直樹は一言そう言った。
「心当たりは?」
「いや、スマホもチェックしたんだが、何も出てこなかった。」
臣吾は憔悴しきっていた。
さすがに隠し切れないレベルの憔悴を、仕事がうまくいっていないのだと言い訳をしたが、苦しい言い訳に違いはなかった。
もういっそ、美月を問い詰めた方が楽であるような気さえする。
「なるほどな。GPSは?」
「GPS?」
「そう。GPSだ。美月ちゃん、普段の移動は車なんだろ?車にGPSをしかけて、行き先を把握しておけば何かわかるはずだ。」
なるほど、と臣吾は思わず声を漏らす。
一人では絶対に思いつかないような手段だった。
「最近じゃ通販でそんなに高くなく買える。それで、怪しいところにでも入れば、出てくるところの写真をきっちり撮ってやればいいさ。」
直樹の提案は、もっともだし合理的に思えた。
「なるほどな。ありがとう。仕事行ってくるけど、また相談させてもらうわ。」
そういって臣吾は電話を切る。
ため息をつきながら、駐車場に停めていた車から降り、職場へ向かった。足取りは重い。
臣吾がわざわざ市役所のほど近くで契約しているこの月極駐車場から直樹に電話をかけたのは、話を誰にも聞かれたくなかったという気持ちと、職場まで少し歩くことで気持ちを切り替えるためだった。
しかし、気持ちは全く切り替えることができないまま、臣吾は職場へとたどり着いた。
「おはようございます…。」
意気消沈している臣吾にまず声をかけてきたのは、同じ係の後輩である田中だった。
「どうしたんすか原田さん。いつもの元気がないっすよ、娘さんの自慢聞かせてくださいよお。」
へらへらと笑う田中の言葉に、臣吾は返すこともできず薄笑いを浮かべて何とかやり過ごすことにした。
その娘が問題なんだよ。
デスクにつき、書類を整理しながら臣吾は頭を抱えた。大好きな娘は、自分の血をひかない、赤の他人であったのだ。
それでは自分は、何を頼りに生きていけばよいのか…。
臣吾はもう一度大きなため息をつく。
あまり頭を使う仕事がなくてよかった、と臣吾は頭の片隅で考えながら事務処理をただひたすらに処理していた。
もともとグレーの多い職場だが、今日は特に周囲が灰色に見えるのは、気持ちの問題であろう。
昼休憩にはさっそく小型GPSを購入した。届け先は近所のコンビニにしておく。こうすれば、美月に見つかることなくGPSを手に入れることができるはずだった。
絶対に復讐してやる、という気持ちと、どうしようもない脱力感が臣吾を交互に襲ってきた。
「原田さん、今日やっぱり元気なさすぎっすよ。」
そう言って臣吾の机の上に田中はコーヒーを置いて行った。
課長も、体調が悪いなら早退してもいいぞ、と声をかけてくれる。
優しい周囲をもってしても、臣吾の心は晴れなかった。
探偵に頼むにはやはり金が足りない、というのも臣吾にはもどかしかった。自分で動くにはおそらく限界がある。
しかし、三年前にローンで購入したばかりのマイホームの支払いのせいで、自由にできる金などなかった。それでもいい、と先月までは思っていた。
自由になる金がなくても、それに代えがたいような素晴らしいものが自分の手の内にあるのだと、家に帰って美月とひなの顔を見ると、満たされた気持ちになっていた。
こんな結果になるなんてなあ、と自嘲気味に臣吾は笑う。
何もおかしくなんてないのに。心が、少しずつ壊れていく音に臣吾は気付くことはできなかった。
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